15.始動。
20XX年、日本。
全国に、ある放送が流れた。
それはいつだってやっている、陳腐なバラエティーだった。その日の企画名は、
『天才家族、現る!?』
と言うものだった。どうにも軽い題名だったのだが、その中身は日本を震撼させるものだった。
父、母、長男、次男。
その家族の構成はとても単純だが、まず両親の肩書きがすごい。
父は天才実業家。
あらゆる方面に手を出し、その全てを成功に収めると言う営業面において比類なき天才。若い頃は、剣道でインターハイ優勝という輝かしい成績を残している。
母は天才歌手。
女性とは思えない程の力強さに、驚くべきはその表現力。声を自由自在に操り、人を惹きつける事において右に出るものはいないと言われるほど。
そんな至宝とも呼べる二人の子供。
この二人が、ただただ異常だった。
兄。
当時、齢10歳にして、
最高到達点2m40cm。
50m走7.2秒。
剣道において、小学生4年でありながら全小優勝。
弟。
当時、齢8歳にして、
数検1級。
歌唱のコンクールにてグランプリ受賞。
四ヶ国語を理解。
この二人は完全に性能がぶっ飛んだ兄弟として番組に登場した。
顔までは公開されなかったが、その実績と会話の声だけで、日本全国の人間は「才能」というものを、まざまざと見せつけられた。
だが、その家族にある日亀裂が走った。ちょうど弟が兄と同じ歳になった年のことである。
この家はもちろん裕福な家庭ではあったが、普通の家庭で育てるという方針のため、金持ちたる贅沢は、極力しなかった。
まず、その事に対して兄が母に食って掛かった。持っているものを使わない事に対しておかしいだろうと、怒鳴り散らした。
母は言い負かされた。何を、どう言われたのか分からないが。ただ、その場に泣き崩れた。
その次、父が兄を叱った。父は殴り合って負けた。ボコボコにされ、赤子のように転がされた。
その惨状を見ていた弟は、思った。こうなりたくない、と。そんな惨めな両親は勿論のこと、兄に対しても。
ああも傲慢で、自分の才を振り回すような奴にはなりたくない。そんな兄に負けたくないと、そう思った。
しかしその次の日、唐突に習っていた合気道を辞めさせられた。
親が同じ競技では兄には勝てないだろう、と配慮して習わせた合気道。
合気道自体楽しかったので、続けたい、と。弟はねだってみた。
すると親は、弟を説得した。
懇切丁寧に、一つの競技に縛られることはない、お前はもっと色々な事を学ぶべきだと。
だけど、弟は分かった。天才には分かった。その瞳の奥にある考えが。その瞳が物語っていた。
自分をこれ以上成長させたくないのだ、と。あの兄のようにしたくないのだと。
弟は、その提案を素直に受け入れた。駄々もこねずに。
それは、あの兄が傲慢なら、自分はああならないように謙虚でいよう、という考えから生まれた行動であった。
そして、その時から両親が、弟を子供扱いする事が増えた。
確かに弟はドジな所はあったり、抜けていたりはしていたが、それにしても余りにも露骨な態度だった。
弟は親を軽蔑した。子供の成長より自分の尊厳を優先する、傲慢な両親だと。兄と同じだと。
彼らを、世間はこう評した。
実業の父、表現の母、身体の兄、頭脳の弟。
しかし、彼らのことをよく知っている者たちはこう評した。
負けた両親、過ぎた兄、足らずの弟。
自分の無力感に、子の才能に負けた両親。
圧倒的な身体の才と、人を使う才能。
欠点のないように生まれ、そのまま自分の才に溺れた兄。
人外の脳に、歌、絵などの感覚的な表現の才能。されどミスも多い、子供の作った積み木の塔の様な脆い才能の弟。
彼らはその喧嘩後、仲直りした。普通に会話を交わすし、その後には大きな喧嘩だって無かった。
だが、心の奥底で皆何か思うものがあった。しこりがあった。それを、弟は分かってしまったと言うだけ。
そんな一家の弟が、ある日姿を消した。その時弟は授業中だった筈だった。
彼は何処へ行ったのか……
/////
ああ
なんか楽
あれだっけ
死ぬ時ってすごい量の
快楽物質とか出るんだっけ
ああ確かに
いいかもしれないな
これまでに比べれば
というかなんで意地はってたんだ
早く死ねばよかった
もっと早く死ねばな
もっと早く楽になれたのに
随分と怠けてしまっていた
そうだ
この際
最後なのだから
さっさと死ねるように
どうにかやってみようか
最後くらい
自分の力で何かしよう
そう思い、体を走るエネルギーに触れる。
それ自体がなんなのかはもう覚えていない。
そもそも知らないのか。それすらも覚えてないが、とにかくその大きなエネルギーにボンヤリとした意思で触れてみる。
体を駆け巡る奔流を操ろうと、抗ってみる。
上手くいかない。
というか、死ぬ元凶がこれなら抗う必要なかったな。
そう、寧ろ受け入れるくらいの勢いで。
コツを掴むのがが早いなんて、よく言われたものだ。このくらい朝飯前。
ボンヤリした意識の中で、死ぬ寸前にそんな事を思っていた。
なんだか分からないけど、身体中に何かが這い回っている感覚があったから、それを受け入れようとした。
すると、
――パキャッ
何か音がした。
と同時に、途端に湧き上がる全能感。
意識がギュンッ、と一気に加速し、形作られていく。
ボンヤリとしていた意識が、ハッキリと、ピントが合うように戻っていく。
――違うだろう
昇り道一本とか言ってたじゃないか
アイツに後悔させると誓ったじゃないか
かぐやたちも待っているじゃないか
早く――
―――戻るぞ、俺
/////
目を、開く。
これまでの人生の中で、こんなことがあっただろうかという程、気分が清々しい。
視界が明瞭になり、体も気だるくない。
体を起こす過程で、体も驚くほど軽い事に気づく。
自分の肌を見ると、乙女の柔肌のように繊細で、白い。
ふと長い前髪が顔にかかる。
あ――白い。
自分でも惚れ惚れするような、綺麗な髪。
それだけじゃない。心も、憑き物が取れたように軽い。
久々に、爽快感を感じた。
その後の事はよく覚えていない。
ただ、なぜだか公爵がやってきて、「凄い!」とかなんとか喚いていた事は覚えている。
どうにかして周囲には隠さねば、とかなんとか。
興奮して随分と色々喋ってくれた。
多分、話からして、これからも無くなるまであの肉が出され続けるんだろう。
じゃあ、その肉が尽きたらここを出よう。
あの肉で、最後のピースが手に入った。
あとは他のピースを手に入れて、嵌めるだけ。
もう百頑張り。やってやるわ。
/////
私は、諦めない。きっと、まだ生きてる。ルイがそんな簡単に死ぬもんか。
そうして、そう考えて――3年が経った。
3年だ。
その間、私は一人で足掻いた。無駄だと、コウに止められても足掻いた。
だけど……
「全く、奴隷なんて汚らわしい……!」
「気持ち悪い……」
「ひっ……! 近寄らないでっ」
奴隷は……なんなの?
なんでそんな風に扱うの?
私が……私が、おかしいの?
毎日動く気力が、著しく落ちていく。毎日ポロポロと涙が溢れる。
自分の座っている中庭の地面に、涙の跡がじんわりと残る。
もう、二十歳になった。
大人になった。
普通だったら、ルイとの約束を果たしている頃。
「なんで……私だけ……?」
自分が苦しむのが耐えられなくなってきた。けど、そんな時はいつも――
「……私は、ルイの事が大好き」
そう呟くと、やはりほんのりと口の中に甘みが広がる。
でも少し虚しい。
私はルイを助けたかっただけ。ルイと一緒の時間を過ごしたかっただけ。
そんな私が――
――彼を助けられない、と知った今、どうすればいいの?
ルイが死んでしまった事を、何年も掛けて、どうしようもなく知ってしまった私は、どうすればいいの?
調べれば調べるほど現実を突きつけられて……
『待っている』
不意に、コウが言った言葉を思い出した。
『待っている』そう言っていた。
――つらい。
もう、ルイには二度と会えない。
そんな風に考えてしまう。
もしかしたらと、一度くらい拠り所を求めても、良いよね? と。
そう、一度だけ。
それだけ。
ふと顔を上げると目の前にコウがいた。
あれ、いつの間に、
とか思う前に、体が勝手に前に進み始めた。
そして私は、朦朧とした意識の中。
ふらふらと、覚束ない足取りで何かを探るように、
コウに、抱きついた。
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