上客
音楽は聞くものある
故にこのピアノが鳴る間はお店の回転率が非常に悪くなる
だがこれはこれでまた別の形となってみかえりが来たりする。ピアノの演奏を聞き興味を持った人間に対してコレは一種の宣伝効果を表す
アズの顔たちは良い。上品なイケメンな上にクールキャラを作ってはいるが少し天然も入っている。それが女性客からすればウケが良いものとなる
ギャップ萌えというヤツである
この時間の間にキリュウは少し休憩を入れている
自分にコーヒーを入れてそれを飲みながらアズの演奏を聴いている
キリュウの評判は至って悪くは無い
女性、男性問わずによく話し相手となっている
近所付き合いに似た関係者も多いが、商売上で仲良くなった人も多い
野性味溢れるその外観からは考えられないほどの器用な技や突飛的な発想を料理で見せつけられて脱帽した者が多い
この食材を、次はこの食材を使って何か作ってはくれ。とねだられ
それを片っ端から応える度に店の宣伝をしてくれている
それとはまた別に冒険者といった者たちとの付き合いも多い
自由組合…所謂ギルドという組織がこの国に存在する
身分など必要なく誰でもこの組織に入れるのが最大の利点であろう
自分の実力の位に合わせての依頼を受注しその依頼内容をクリアすることで報酬を貰える
そういった腕っ節がモノを言う人達がどうして客としてやって来るのかという疑問だが
キリュウはこの店にギルドに置かれているクエストをメニューにして提示している
勿論、同じ依頼に対し別々の冒険者が受注してしまう、というトラブルなど無いように手は打ってある
そういう面もありこの店では冒険者の客も多い
………………………………………
ピアノの演奏も一次終了し、カウンター側に用意された専用の椅子にアズは腰をかけた
「はい、お疲れ。」
アズお気に入りの紅茶を入れて前に置くキリュウは養いの言葉をかける
「今日も貴方のピアノは素晴らしいですね」
「おお、バートン氏来ていたのか!」
少々嬉しそうにバートンに向き直るアズ
アズにとってもバートンとは特別な存在らしい
「バートン氏 少々痩せたのではないか?ちゃんと食べないといかんぞ。キリュウ バートン氏に体力のつく肉料理を!」
「何様だテメーは」
ガン!とオボンの平らな部分で軽く頭を叩く
「バートンさんには俺の試作を堪能してもらってるんだ。ちょっとは大人しくしとくんだな。ただでさえお前にツッコミを入れるたびに後ろの女性客の視線が俺に刺さるんだ」
顎でアズの後ろを指す。アズが視線を後ろに向けると若い女性客の殆どがアズの頭を叩いたキリュウの事を睨んでいた
小声でコソコソとキリュウの悪口を言っているが、二人の聴覚は既に特別なまでに強化されている、故に彼女らが何を言っているのかは二人には筒抜けだ
「なんだ?キリュウや私の顔に何か付いているか?」
ちょっと睨み気味で凄ぶるアズにキリュウを睨んでいた女性客は気まずそうに代金だけ置いて去って行った
「おいおい…お前お客さん相手に何してんだよ」
去って行ったお客の席を片付けながらキリュウはため息まじりに店が不評になったらどうすると嘆く
「ふふふ、いつも女の敵で大変ねキリュウちゃん」
「笑い事じゃあないですよ。顔面の善し悪しで正論を決められたらたまったもんじゃないですよ」
店に残っている常連のおばあさんは笑いながらキリュウを軽くからかう
見た感じはバートンよりも歳をくっている
「大丈夫よ。キリュウちゃんはアズくんに負けないぐらいかっこいいから。それにね、良い女っていうのは男のちゃんとしたところに惚れてくれるものよ」
「何ですかおばあちゃん?コーヒーですか?コーヒーのお代わりですか?別に褒めなくてもお代わりは自由ですよ」
食器を流し台に置くとポットに入っているコーヒーをおばあさんのコップに注ぎに行く
キリュウとアズはこのおばあさんの名前を知らない
常連さんなのだが名前を聞いても答えてくれずにいる
バートンと同じ時期ぐらいに店に来るようになりキリュウとはよく話す仲だ
第三者から見たら大きくなった孫に甘えたいお婆ちゃんの様なものだ
「そういう事でしたら是非ウチの娘などは如何でしょうか キリュウさん?見た感じ貴方とはさして歳も変わらないですし、自分で言うのもなんですが出来た娘ですよ!美人ですし!こういうお店しているといずれ人手というモノが必要ですし是非にでも…」
笑顔で本気で勧めて来るバートン
キリュウはそのバートンの好意に苦笑いしながらやんわりと断りを入れようとする。しかし…
「あらあら、ちょっと待って。そういう話はまず私の孫娘に会ってから考えない?元気が良くて良い子なの。仕事もちゃんと出来るし…何よりキリュウちゃんの事も気に入ってたわ」
バートンの言い始めたお見合に対して今度はおばあさんまで参加して来た
これは不味い。キリュウは直感でそれが感じ取れたのだ
このままではこういった話が永遠と続いて泥沼になってしまう
いくらこの商売に慣れてきたキリュウといえどもお見合いの話といった経験は皆無である
どう切り返せば丸く収まるのかなんて分かったもんじゃない
「え〜〜と…。あのですね…。」
若干汗を流し、目が泳ぐ。どこかに助け舟は無いのかと必死に時間を稼ぐ
だが、店に残っている人達は揃って目をキリュウから背けるのだ
唯一目が合うのはアズだが
(アレは論外だ。役に立たない…!)
戦力外として除外される
このやり取りは次のお客さんラッシュが来るまで続いたという