龍になってみました!
龍化ができていない。そう聞いた曾祖母ちゃんらしき龍は何かを察したのか踵を返して宮殿の奥へと引っ込んでしまった。
『さて、まずは龍化して本来の姿にならねばのう』
「龍化?」
『うむ、ワシら龍は生まれるときに母親が人化している時間が長いと人間の姿で生まれることもあるのじゃ。その際には龍化といって龍に変身することができるように儀式を施すのじゃよ』
へー、龍も人間の姿で産まれることがあるのか・・・。
『龍化できんと此処では暮らせないからのう』
曽祖父ちゃんはそういうと宮殿の窓からのぞく景色をちらりと見てから呟いた。ここは龍か特殊な訓練を積んだものしか存在することができない極地。人間の姿では恐らく数日と生きては居られまい。子供となればなおさらである。ましてや故郷ははるか天空。龍化して飛行しなければ登山したとして何ヶ月かかるかわからない高さの山の上だ。保護者同伴でなければ下山など夢のまた夢である。
『準備するわよ~!』
そんな声と共に曾祖母ちゃんは両手に宝石を抱えて宮殿の奥から舞い戻ってきた。宝石っていうか、人間からすると宝岩だがな。頭の上に降って来たら軽く死ねそうな大きさの宝石を抱えて曾祖母ちゃんはエントランス中央に俺を移動させる。どうやら此処になにか仕掛けがあるようだが・・・?
『龍化の儀式はいつもこのエントランスで行われるわ、部屋によっては人間サイズに作られてる部屋もあるからねぇ』
宮殿には個人用の部屋が多く、龍が何人か詰めると手狭になることが多いらしい。しかしながら医療行為や儀式には当然同伴がいるのでそういったことはすべてこの広いエントランスで行うそうだ。
『さて、これからこの子の龍の力を引き出して本来の姿を顕現するわよ。気を引き締めて頂戴!』
赤、青、緑の宝石を三箇所に並べ、円を描いた魔法陣の中に俺が立つとさらに曽祖父ちゃんと曾祖母ちゃん、もう一人の龍が三箇所に陣取りヘキサグラムを描くようにしながらそれぞれが祈りを捧げるように目を閉じる。そうして準備が整ったのか曾祖母ちゃんが謡うように言葉を紡ぎ始める。
『赤き時代にて大地は産まれ、青き時代にて恵みの雨が降り注ぎ、緑の時代にて命が産まれ育まれる。我等三つの時代を見通し生き抜く者なり、そしてその安寧を保ち全ての命の安寧の代価にこの地に君臨するものなり!我等歴史なり!この世界の歩みなり!八紘一宇の主にして男なるものは慈父であり、女なるものは慈母である!』
その言葉に従い三つの宝石たちが光を放ち、それぞれの光が一つの輪を作って俺を囲むように徐々に狭まってくる。
『そしてこの場に産まれし新たな命、この者も我等と等しく三つの時代を生き抜く者であり、我等の務めと共にある者なり!この目覚め吉となるや?』
『然り!吉なり!』
『吉兆なり!』
曾祖母ちゃんの言葉を曽祖父ちゃんともう一人の龍が大声で肯定する。後で聞いたところによるとこうする事で神様に儀式に臨む子供が世界に必要であるとアピールし、無事に龍化できるようにという意味があるらしい。そして大声で叫んだ後三人は揃って祈るように目を閉じ、両手を合わせる。すると今度はおれ自身の体が光を放ち、やがて視界を埋め尽くすほどに強くなっていく。
「おお・・・これは―――!』
白一色の視界が晴れると・・・『ガツン!』・・・いってぇ!
『はぐぅおおおお・・・!!!』
いってぇぇぇぇぇぇぇ!頭ぶつけたぁっ!天井が低くなってるのか?!
『大丈夫か?!』
頭を抱えて唸る俺を心配して曾祖父ちゃんが声を掛けてくれる。それに手で大丈夫だと答えながらズキズキと痛む頭を撫で、恐々背筋を伸ばしていく。
『あらあら・・・えらくでかくなったわねえ』
曾祖母ちゃんの声が右側から聞こえる。随分と声の聞こえる位置が低くなった気がするが恐らく気のせいではないのだろう。
『どうだ曽祖父ちゃん、どこか変じゃないか?』
変と言われたらショックだが・・・、あれ?なんでだれも何も言ってくれないんだ?
『ほぉ・・・アインツベルの奴もそうじゃったが凛々しいのう』
『あらあら・・・グランドの若いころそっくりね』
やっと出た言葉は二人してなにやら懐かしそうな、それでいて温かい視線を投げかけてくる。どうやら不細工ではないようだな。すこし嬉しいぜ。
『よかった、おかしなところは無かったか―――』
バキッ!不意にそんな音がした。人間の頃より可動域の増えた首で振り返って見ると尻尾が壁に当たってしまったらしい。ヒビが壁に走り、後ろに居た龍が目を見開いて固まっていた。体の制御が追いつかない状況なんだ、勘弁してくれ。悪気は無いんだ、そんな目で見ないでくれ。
『体当たりしても壊れないはずの壁が・・・うぅむ、規格外じゃのう・・・』
『ご、ごめんよ・・・』
『キャッ!振り向いちゃだめっ!』
バサッ・・・ガシャーンッ!
『ああっ!曾祖母ちゃん大丈夫かっ!』
ブオンッ!バキャッ!
『ひぃぃぃ!』
このままでは家を壊しかねない事態に発展したため一先ずはハイハイで屋敷の外へと這い出し、曽祖父ちゃん達と今後の相談をすることにした。
『やばっ、引っかかった』
第一歩で早くも暗雲が立ち込める。人間の時は縦に何人並べば届くんだと思っていた扉がほんの数分でつっかえる羽目になるとは。首を伸ばせばエントランスの天井に頭をぶつけ、入り口に至ってはハイハイで体が引っかかってしまった。外で龍化の儀式をすればよかったなんて言葉が後ろから聞こえてくる。ごめんよ曾祖母ちゃん、アナタのひ孫は此処まで大きくなりました。
『仕方ない、ワシが外から引っ張るから二人は後ろから押しておくれ』
曽祖父ちゃんの号令でつっかえた俺の体を曾祖母ちゃんたちが押し、曽祖父ちゃんが引っ張る。オーエス!オーエス!・・・えっ、ふざけてないって・・・掛け声いらない?そう・・・。
『ふぐぉおおおお!』
『こなくそぉぉぉ!』
『えぇぇぇい!』
『ふぬぬぬぬぬっ!』
四人が同時に力み、本来は歩ければ可能なはずの玄関からの外出を総出で行っている。この有様には引きこもりもびっくりだろう。なにせ人間の何倍もでかい龍が額に汗しながら玄関から抜け出そうとしているのだから。
『うぐぐ・・・おおっ!動いた!』
何時になったら終わるのかと思っていた膠着に好転の兆しが差し込む。四人の努力が実り、詰まってしまった俺の体が抜けようとしている。今こそ全力を出す時!ふぐぉぉぉぉっぉおぉっぉ!!
しかし俺はその時抜けることに必死になる余り他の三人が何処に視線を向けているかを考えていなかった。そしてその行為による代償はすぐさま俺に降りかかって来る事となった。
『抜けたぁ!・・・ってうぉおおおおお??!』
俺が玄関から抜け出し諸手を挙げて勝利宣言を上げ様としたその刹那。
玄関を含む宮殿の前面が俺の掛けた全力の負荷に耐え切れず崩壊したのである。幸いにも曽祖父ちゃん達は壁面に走る皹と異音に気付き先んじて逃げ出していたため怪我は無かった。俺は酷い目に遭ったがまあ、自業自得と言えなくもないので諦めて怒られる覚悟を固めることにする。
『・・・ま、まあお前に怪我がなくてよかったわい』
そんな俺に曽祖父ちゃんは怒るでもなくそんな言葉を投げかけてくれる。やさしいね!曽祖父ちゃん大好き!なんでもするよ!
心の声が聞こえてたのか瓦礫の撤去作業だけは一人でやらされた。しかも飯抜きと来たもんだ・・・泣けるぜ。