故郷へ!
この世界は非常に広く、海が少ないらしい。大部分を森林や草原が占めており人々は流れる川などを利用して狩猟や漁、農耕を主に行っている。
『あれがこの世界で最大の河、ベルムート河じゃ』
上空を曽祖父の手に掴りながら運ばれていると上空からでもハッキリと見える巨大な河が大地を貫き、両端の地平線へと延びていっている。ベルムート、つまりは曽祖父の苗字を冠した河だがもしかすると・・・。
『ホッホッホ、お前の考えている通りワシらのご先祖様が掘ったんじゃよ』
話に寄ると今から数千、もしかすると万に届く昔、その当時地上を闊歩していたらしい森人という歩き回る木々達から陳情を受けた際にベルムート一族が動いたのだという。
『あの当時はこの世界全体が強烈な旱魃に巻き込まれて居ってのう、原因は実のところワシらの一族の火龍が酔うて灼熱の息を吐き散らかしたのが消えていなかったのが原因だったのじゃ』
本来は大々的には関わらないベルムート一族も此ればかりは身内の恥と当時世界の緑化に勤しむ森人たちの為に大規模な治水工事・・・というよりは河川の創造を行ったのだという。水源が謎だがそれにもどうも一族が関わっているらしい。
『ワシの祖父がまず灼熱の息で地面を溶かして抉り、祖母が氷結の息でそれを冷ました後森人が細かく治水し、神の泉の門を繋げた後にまだほんの子供であったワシらが溝で遊んでいれば500年と経たぬ内にちゃんとした河となったぞい』
神の泉、それはベルムート一族の住む標高の最も高い山、世界の中心とも言うべき霊峰『マハール』にこんこんと湧き出す清廉な湧き水の出る泉だという。湧き出す水には霊薬の材料になるが外気にしばらく触れると普通の水になるという。
その泉はベルムート河に水を流し続け、ベルムート一族がその近くに居を構えている内は龍の力に触れているので枯れる事はないのだとか。居るだけでその土地に影響を及ぼす一族に思わず龍脈という言葉を思い出す。
『さて、この世界に帰って来たのじゃしお前も龍の姿に戻らねばのう』
「えっ?俺も龍になるのか?」
『当然じゃろうが、お前もベルムートの一族じゃからして』
どんな姿になるんだ?初めてのことだから緊張がやばいぜ。そう思いつつ霊峰『マハール』へと曽祖父ちゃんは俺を抱えて飛んでいく。木々の広がる森を抜け、河を通り過ぎて行くとやがて富士山なんて目じゃないくらいの巨大な山が悠然と聳え立っていた。麓は緑であるのに対して山は中腹から既に雪化粧に彩られていることからいかに巨大化が伺える。
「まさしく霊峰って感じだな」
『ほっほっほ、そうじゃよ~地球の尺度では大気圏を突き抜けるんじゃないかのう』
まじか、そんなに高いのか・・・。エベレストとかそんなちゃちなレベルじゃないと?しかしそれじゃあ一体何メートルあるんだ?・・・たしか大気圏って80キロ?えー・・・っていうかそんな高度のところに生身で突入したら死んだりしないのか?
「人間の体でそんな高さに上ったら死んだりしないか?」
『・・・人間じゃないし大丈夫じゃろ?』
「一応まだ人間のつもりなんだけど・・・本当に大丈夫か?」
『・・・』
「そこは黙らないでくれないか!不安になるだろ!本当に大丈夫なんだよな?」
重ねて確認を続ける事10分、曽祖父ちゃんはようやく俺を地面に降ろして霊峰に登る準備を始めてくれた。っていうかやっぱり駄目だったんじゃないだろうな。高山病とか凍死とか勘弁だぜ・・・。
『いやぁすまんすまん、どうにも人間目線で物を見る機会が少なくてのう』
ハハハと豪快に笑ってみせるが目が泳いでるぞ曽祖父ちゃんよ。心なしか汗もかいてるし・・・。あれだろ?やっぱり駄目だったんだろ?あのまま霊峰に登ったらもれなく死んでたろ?顔を背けるんじゃあない!
「故郷に向かう途上でうっかり殺される所だった・・・」
『そう言うな、上る前に気付いたんじゃからセーフじゃセーフ』
わざとらしく口笛を吹きながら曽祖父ちゃんは空中に模様を描き始める。爪の先で空中をなぞっていくとその模様が空中に浮かび上がってくるのだ。これって魔法ってやつか!すげえ!
『大気魔法・・・保温魔法、あとは対衝撃魔法かの』
描いた円の中に幾何学的な模様が幾つも描かれるとそれが淡い光の玉となり俺の体へと吸い込まれていく。これが防御魔法というらしい。本来ならば火や水の中での窒息などを防ぐ為の物らしいがこうした極地での生命維持などにも応用が利くものらしい。非常に便利だが魔法の素養や魔力の多寡で効果や持続時間の長さが変わってくるのだそうだ。
『さて、これでようやく完了じゃて』
多少バタついたもののようやく霊峰への帰還準備が整った所で曽祖父は再び俺を抱えて大空へと舞い上がる。景色がまさしく飛ぶように移り変わり、目を凝らしてみると空気の層を破って進んでいるようにも見える。それにも関わらず地上と変わらない感覚で居られるのはまさしく防御魔法のおかげだろう。
雲を突き抜けてぐんぐんと高度が上がっていく、飛行機もかくやといったスピードだ。っていうかこの高度をスピードで上るつもりだったのか?防御魔法無しじゃ確実に死んでたぞこれ。
「・・・」
内心やめときゃいいと思いつつもポケットに入っていた飴を口に含んでからペッと吐き出してみる。
ヒュー・・・ピシッ・・・パキーン・・・
氷結した後に粉砕された!えっ!マジで?!
やめときゃよかった・・・。今になって震えて来やがった・・・。そんな俺の表情など知る由もなく曽祖父ちゃんは上機嫌で頂上へと羽ばたいていく。よっぽど俺が帰ってきたのが嬉しいのか?
『到着じゃ』
到着した頂上は幻想的な光景だった。辺りに同じ高さのものは全く無く、雲を眼下に空は一面の快晴。そして空を龍達が雲の上を泳ぐように飛んでいる。不思議なのは明らかに空中に浮いているであろう岩場が複数あることだ。まるで崑崙みたいだな。いや、ラ○ュタか?
「此処が祖父ちゃんが産まれた場所か・・・」
山の頂上には大きな宮殿が建っている。石造りの宮殿の入り口には二匹の龍が立っており此方に気付いたのか笑顔で出迎えてくれる。
『ようやく帰ってきたのね、グランド。寂しかったわ』
曽祖父ちゃんと同じような年季を感じさせるやさしげな声を発したのはおそらく曾祖母ちゃんだろう。それを裏付けるように曽祖父ちゃんの手から降りた俺を見て嬉しそうに声を弾ませる。
『あらあら!もしかしてアナタがアインツベルの?』
曽祖父ちゃんと共に頷くと老龍はまるで少女のようにきゃいきゃいと喜色を表して駆け寄ってきた。なんだか照れくさい。
『可愛いわぁ・・・まだ百歳にもなってないのでしょう?よちよち歩きねえ』
『確かに可愛い・・・っとシシリア、スマンがこの子はまだ龍化できておらんでのう。凍える前に家に入れてやっておくれ』
おおう、さすが万を生きる龍の一族、35歳を乳幼児扱いか・・・。そんな曾祖母の態度に苦笑しつつも曽祖父ちゃんは俺を宮殿へと入れるように促し、エントランスへと移動する。宮殿の中は暖かく、石造りにも関わらずまるで木造の屋敷のような気分的な暖かさを持っている。いたるところに刻まれた紋様が防御魔法のそれに似ているのでそれのおかげだろうか?