アクサ村
「ぬぐっ?!」
ぼへーっとしてる俺とは対照的に騎士は顔を顰め手首を抑える。パッと見て関節を少し痛めたか。俺の体が微動だにしなかったので衝撃が手に返ってきたらしい。
「大丈夫か?」
「ぐぬぬ・・・これくらいで勘弁してやる!」
遠ざかっていく馬車と俺を交互に見やると忌々しそうに舌打ちをして騎士は馬に鞭を入れて馬車を追いかけていった。うわー、あれは恥ずかしいな。
「あのケバい馬車の持ち主はなんだ?悪い事でもしたのか?」
「あれはリイツ王国の西の地方、グンゼの領主の紋章でしたからその縁者かもしれません」
「グンゼの領主は名君だけど変人で有名らしいよ。やっかみかと思ってたけどあの馬車みたら納得だね」
ダサい馬車を見送って再び歩き出した俺達はアクサ村を目指して一路歩き出した。のどかな雰囲気を楽しんでいたのも最初の数時間ほどで楽しみから目的地に向かう作業に歩く目的が変更されると面倒になってきた。
「あー、面倒くさくなってきた・・・空飛ぼうぜ」
「何言ってるんですか、今空を飛んだら大パニックになりますよ!」
俺の巨体は森の木々の隙間からでもバッチリ見えるほど巨大で日の光を受けて飛ぶ姿は嫌でも目立つそうだ。白いから空じゃ目立たないかと思ったがそうでもないようだ。
結局ブツブツ言いながらも歩き続けると昼過ぎにはアクサ村に到着することができた。
「ようこそおいでくださいました」
ザ・老人といった風体の村長に出迎えられて俺たちはアクサ村に入る。カルネ老とは長い付き合いらしく突然の訪問にも関わらず村長は俺達の為に宿を手配してくれた。
アクサ村は人口が数百人と多く、畑などで自給自足しつつ商品作物を育てて金銭を得ているのだそうだ。特産は大豆に似た味と見た目のカリリ豆。文字通り煎って食べるとカリッと小気味いい音を立てるので人気なのだとか。きな粉とかあるんだろうか?餅と一緒に食ってみたいもんである。
「龍の巫女様だ!」
一人がそう言うと周囲の人間がこちらを一斉に見る。するとたちまち人だかりに囲まれてしまった。
「巫女様!護衛は決まりましたか?」
「巫女様、実は子供が病気で・・・」
「当代の巫女様も別嬪だなあ」
口々に騒ぐ野次馬にアキナは一人ずつ相手をしているが皆は自分の事に夢中で聞こえている様子はない。
「おーい!こちとら半日歩いて来たんだ、巫女様を休ませてやってくれないか!」
俺が大声で叫ぶと静かになる。すると人だかりが割れて道ができる。
「ありがとうよ、さ、行こうぜアキナ」
「あ、はい!そうしましょう」
すみません、と周りに頭を下げてアキナは輪を潜り抜ける。俺とクラウディアがその後ろに続くように輪を抜けると俺は振り返って続ける。
「今日はこの村の宿に泊まる予定だから病気の者は遠慮せず尋ねてくれ!」
緊急じゃなければできるだけ時間を空けてくれよ、と補足して宿へ向かうアキナの後を追う。野次馬はともかく病気がどうとか言ってた奴もいたから無碍にはできないだろう。
医者というやつはどの時代、どの場所でも必要になる。魔法がどこまで、どのように使えるのかは分からないが医術として使用できる風と水の魔法は必須になるだろう。
「アキナ、魔法はどれくらいの人間が使える?」
村長が手配してくれた宿に入ると俺は着くなりアキナに尋ねた。すると彼女はすこし考える素振りを見せると教えてくれた。
「割と少ないです。学問を学べば初級を使うことも可能になりますが医療や治療に使えるほどとなると難しいでしょう。ましてや魔術を学ぶために学校に通えるものは自体が少ないので魔法使いは希少ですよ」
しかも属性に対する相性や魔力の量の関係で必ずしも回復魔法を覚えられるわけではないようだ。アキナはカルネ老達と同じく火と風に特化し、水にも一般の魔法使い以上の適正があるのだとか。クラウディアは水と風を使うそうだがどちらかといえば水寄りで風は中級、水は上級に手が届くかといったところらしいのでかなり優秀な治癒術師のようである。
「教会も魔法使いか否かで扱いが雲泥の差だったね。特に攻撃に特化した火の魔法の使い手は騎士団に引き抜かれていったよ」
「教会は治療を行うってのに治癒術師が優遇されない時点でいろいろとおかしいわな。とりあえず二人がかなり優秀な魔法使いということはわかったよ」
そういうと二人は照れたように頬を染めてもじもじする。可愛いじゃないか・・・。
「旦那様にそう言っていただけると嬉しいです」
「そうだね、なんたってドラゴンだもの」
ドラゴンというのはやっぱり凄い存在なんだな。しかし二人が凄いのは確かなことだ。ぽっと出で強い体を授かった俺と違い二人は努力してその力を手に入れたんだからな。
「そういや腹減ったな・・・ここって今何か食えるかい?」
「そう言うと思って用意しといたよ!どんどん食ってくんな!」
「ありがとうございますおばさん、無理を言います」
さすがに昼過ぎで食えるか怪しいと思っていたが恰幅のいい女将さんが蒸かした芋と硬いパン、豆のスープを持ってきてくれた。村長の時もそうだったが龍の巫女というのは行く先々で徳を振りまいているようだ。
恐縮するアキナに笑顔で答えると遠慮しなくてもいいんだよ!と言い残してくれたことからも容易に想像できる。
「こりゃ巫女様様だな。これほど慕われていると俺も鼻が高いぜ」
「でも、これは、私じゃなくてお母さんやお祖母ちゃんの功績だし・・・」
「何言ってんのさ、こんな色男捕まえて!」
二人でからかうように言うとアキナは恥ずかしそうにうつむいてしまう。
そんな感じで楽しく食事をしていると蒸かした芋とパンはイマイチだがスープが美味かったので満足できた。
食事が済むと二人は少し休むと言って先に部屋に向かった。二人は王都へ向かう為の荷物もあるので疲れてるのは間違いない。
「さて、俺はどうするかな・・・」
野次馬達は俺の言った事を覚えているのかは分からないが我先に宿に来ることはなかったので食堂はそろそろ閑散とし始めている。昼の客が居なくなって、夕食まで時間がまだあるちょうど隙間の時間だ。
村の人間は大抵まだ仕事をしているし、旅人も商人は商売先に挨拶へ向かうのを見たので今はいない。欠伸をかみ殺していると、いかにも柄の悪そうな奴が食堂に入ってきた。




