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その2

俺の名は上泉(かみいずみ) 信吾(しんご)。この町で祖父から受け継いだ鍼灸院を営む鍼灸医だ。ほねつぎや整体なんかもやっているその道のプロだ。腕っ節に自信があった俺は結構な修羅場を潜って来たがある日仰天する出来事に出会った。それは午後の診察を終えて店じまいを始めた夕方の事だった。


「もし・・・まだやっとるかのう」


無人になったはずの待合室に看板を仕舞って戻ってきた俺を見知らぬ爺さんが出迎えた。内心仰天していたが爺さんを無碍に扱う趣味もないし恐らくは診察を受けに来たんだろう。

あまり言いたくはないがこの爺さんはもしかするとボケてるのかもしれない。老人の相手が多いと時折公私の区別があいまいになり、子供がするように振舞う老人もいるのだ。レアケースではあるがもしかするとこの老人もそういう類なのかもしれない。


「あぁ、ホントなら閉めちまうが・・・構わないよ」

「ありがたいのう・・・肩が凝っているんじゃよ」

「肩か・・・鍼は消毒中だから按摩くらいしかできないがいいかい?」


俺がそう尋ねると老人は嬉しそうに頷くと存外確りした足取りで台の上に寝そべる。


「こりゃガチガチだな爺さん、アンタ職業は格闘家か何かかい?こんな鍛えてある筋肉は初めてだ」


表面の皮膚こそ見た目相応に年を取っているが一度触れるとその下に筋肉が詰まっているのがわかる。しかも見せ筋じゃなく相当に使い込んで鍛えた筋肉だ。それでも結構な疲労を溜め込んでいるらしい、筋肉の硬さに緊張や疲労から来るものが多分に含まれている。世間話をしながら整体を始めると老人はつらつらと自身の近況を話してくれる。どうやら世界各地を放浪していたらしく聞いたことのない地名や言葉まで飛び出してくる。


「ほっほっほ、長い旅をしとったんじゃ・・・探し人が居たんでのう」

「へえ、それでいろんなところを歩いて回ってたのか。してたってことは見つかったのかい?」

「うむ、もう見つけたのでのう・・・正確には探し人はとうに死んでしまっていて会えたのはその孫じゃがのう」


へえ、と相槌を打ちながら会話を重ねていく。その度に会話に引っかかりが増えていく。


「此処で居を構えているとは思わんかったわい」

「なに・・・?」

「アインツベルの孫よ、500年も探してしまったぞい・・・ああ、あやつは此処では宗達と名乗って居ったのかのう」

「お、おい爺さんいきなりどうした?ボケてるのかい?」


突然の事に思わず手が止まる。爺さんはそんな俺を笑顔で見やると言葉を続ける。


「ボケては居らんよ、実はお前さんの祖父に当たる上泉 宗達は人間じゃないのじゃよ」

「なにを馬鹿な・・・」


昔のこととはいえ葬式にも参列したがその際にも祖父は人間で死んだ原因もたしか心臓発作かそんな理由だったはずだ。


「祖父には尻尾も角も生えてなかった・・・適当な事を言うのはやめてもらおうか」


馬鹿にしているなら容赦しねえ。そう言い掛けた俺に放った老人の言葉は俺を心底驚かせた。


「なにせ宗達はワシの息子だからのう」

「なにっ!・・・じゃあ爺さんは・・・?」

「うむ、曾爺ちゃんじゃよ。宗達の孫よ」


そう答える老人の一言と共に景色が一瞬にして白一色の不思議な空間へと変化していく。やがてのっそりと立ち上がったはずの老人は一匹の巨大な龍と化していた。


『ほっほっほ、ようやく迎えにこれたわい』

「・・・!」


呆然としていると立派な髭を蓄えた老龍――見た目はドラゴンといった方がいいだろうか――は見上げる信吾の顔に目を細めながら事の次第を話し始めた。


『お前の祖父、宗達はワシの世界・・・生まれ故郷での名をアインツベル・ベルムートという。本来であればワシの跡を継いで世界に鎮座し世界の趨勢を見守る役割であったがどうにも甘やかしすぎたか、ある時女に惚れ役目を放り出し、結界を破り引き止める手を振りほどいてワシらが住む世界を飛び出してしもうた。』


顎鬚をしごきながら困ったように老龍は話す。そういえば父は祖父をどうしようもなく頑固な人だと漏らしていたことが頭に過ぎる。 一度決めたことは梃子でも動かずやり遂げるのだという。


『ワシらの住む世界の内ならば何千年と経とうと良かったがワシらは異なる世界では長くは生きられんのじゃ・・・それでも人間からすればえらく長いがワシらにとっては大人になる前に死んだも同然、若死にじゃ。それに親として年長者としてせめて同じ刻を生きる息子には我が死を見送って欲しかったのじゃがそうもいかなんだのう』

「そうだったのか・・・でも、どうして俺を迎えに?親父はどうなる?」

『宗達の息子は人間だったから問題ない、それに嫁さんをもらっとるからのう。無理には引き離せなんだ。しかしお前さんは違う、どうにも宗達の血を濃く継いでしもうとるから放蕩息子の二の舞にする前に迎えに来たのよ』


そう言われて信吾は酷く戸惑った。確かに俺には嫁さんも遣り残した仕事もない。強いて言えば医者の数が減って商店街の人たちが寂しがるだろうが・・・しかしそんな彼らと過ごしてきた日々を曽祖父が迎えに来たからとおいそれと捨ててしまっていいのだろうかと。

少なからず愛着の沸いたこの世界に別れを告げて旅立つにはそれなりの時間を過ごして来た。そんな自身の躊躇いを見抜いたか、老いた龍は寂しげに呟いた。


『やはり・・・お前も此処が良いのか?ならば無理にとはいわんよ』


そんな姿が酷く祖父に似ていた。それは何年前のことだろう。あのときの信吾は若く、様々な娯楽や学業に目を奪われ何時しか家を出ることばかり考えていた。そして家を出る時、その時に祖父の宗達が見せた寂しげな笑顔、その面影が今の曽祖父と名乗る龍にもはっきりと見て取れた。

あの時は結局、寂しげな祖父に負けて信吾は家に戻り、父の援助を受けて鍼灸医の資格を取得して帰郷したのだ。信吾はどんなに強い相手にも負けないし屈しないがその寂しげな笑顔にだけは勝てなかった。

悪餓鬼も親に頭が上がらない様に彼もまた祖父には頭が上がらなかった。


「わかったよ、行くよ!」

『本当か!』

「ああ、爺ちゃんには一人前になるまで養ってもらったしな・・・曾御爺ちゃんが来てくれっていうならもう仕方ないだろ?」


頭を掻きながら照れくさそうに、半ばヤケクソな感じでぶっきらぼうに答える。さながら子供のおねだりに根負けした母親と子のようであったが二人は血縁関係の者にしか感じ取れない懐かしい雰囲気を感じていた。


『何度も聞くが・・・本当にいいのか?』

「ああ、元は爺ちゃんが勝手に此処に来たことが始まりなんだろ?親父達には悪いけど俺は爺ちゃんの跡を継ぐつもりで鍼灸医を目指した時に決めたからな・・・場所が変わったって同じさ、仕事が違うけどしょうがない、やれることをやるだけだ」


違う世界に戸惑うこともあるだろう。もしかすると馴染めないかも知れない。それでも自分が大好きな祖父のため、彼に代わって務めを果たすことに躊躇いは無かった。それに曽祖父の故郷ともなれば自分の故郷も同然。古巣に帰るだけだと自身を納得させることにした。

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