閑話 アキナと龍の誓い
私の名前はアキナ、龍の巫女の家系に生まれた女の子。両親は当代の巫女である母さんとその護衛であり夫である父さん。引退したけどもまだ両親よりも強いお祖母ちゃんとお祖父ちゃん。昔から人付き合いが苦手な私は外に興味を持つこともなく両親に甘えてばかりで、祖父母にも甘やかされてばかりだった。
私が5歳になった頃両親が他国へと向かうことになったと聞いた。ぐずってばかりの私を心配してはくれたけれど龍の巫女としてドラゴン様の現れる場所へはどうにかして赴き、神託を受ける神官の様にドラゴン様のお言葉を賜る事が義務であった。
「ごめんね、アキナ」
お父さんはそう言って私の頭を撫でてくれた。その手はとても暖かかったけれど・・・それが父さんと出会った最期だった。
苦しい戦いだったのだと言う。ドラゴン様に会いに行った先で運悪く教会と鉢合わせした両親は多勢に無勢の中、命がけで戦ったが結局追い立てられる中で父さんは死に、お母さんも生きているのがやっとと言った状態で我が家へと帰ってきた。
傷が痛々しく、目を背けたくなるほどだったけれどそれ以上に辛かったのは父を失い、あまつさえ巫女としての責務を全うできなかった母の落胆振りは言い表せないほど辛いものだった。
そして、それ以上に辛かったのはそんな母が祖父母の治療の甲斐なく帰らぬ人となったことだった。
「・・・リリア、不甲斐ない母を許しておくれ」
「すまなんだ・・・ローが居れば大事ないと思っていたが」
お祖母ちゃんはそう言うと涙を溢していた。お祖父ちゃんも手から血が出るくらい握り締め、見えない目をきつく閉じていた。
お祖母ちゃんを責めるつもりはない。お母さんが助からないのは感覚でわかっていたからだ。龍の巫女は自分が職務を全うできなくなった時自分の跡継ぎに能力をホンの僅かに移譲して次代の巫女の能力を開花させると聞いていた。
その能力が・・・母が帰って来たときから開花していたからだ。仮に生き延びてもお母さんは昔のようにはなれないことが解っていただけにお祖母ちゃんを責めることはできなかった。
「あ・・・ア、キナ・・・」
「お母さん?!」
「リリア!しっかりおし!」
逝く度目か解らない出血がお母さんの服を朱に染める。傷が深すぎて風の魔法を使っても治癒が見込めないのだ。ましてや風は傷には効いても内部まで傷付いてしまっては何もできない。病気に掛かっているか、もしくは毒の疑いすらあったという。
「ロー・・・と、がんば・・・けど、もう・・・」
「もう喋ってはいかん!今傷をふさぐ!」
「ア、キナ・・・遺して・・・行く・・・お母さんを許して」
「だ、だめ!お母さん!置いていかないで!」
伸ばされた手を握って必死に叫んで見たけれど結局お母さんは助からなかった。
その時、最後にお母さんは私に言った。
「アキナ、貴女は幸せになって・・・始祖シンフォニアのように」
始祖シンフォニア。龍の声を最初に聞き、その特殊な技能を一族に伝えた最初の龍の巫女。彼女はあらゆる権力すら撥ね退け、清廉にして高潔、気高くも孤高に非ず。リイツ王国が龍の巫女を今も信じているのはリイツ王国の国難を逝く度も始祖が救い、ドラゴン様と共に支えてきたからだと言う。
そして彼女はリイツ王国を救い、ある時恋をした。それは自分の最愛のパートナーであり、自身が仕えるべきドラゴンであった。
二人は互いに愛し合い、やがて子を成した。それが私達の一族。すなわち私達はドラゴン様の血を継ぐ一族と言うことになる。眉唾ではあったけれどロマンチックで大好きな昔話。そして志半ばで倒れた両親と取り残された私にとっては雲泥の差といって差し支えないレベルの差があった。
なれっこない、彼女のような幸福って?恋をして、子供に囲まれて、職務を無事に全うして、最愛のパートナーに看取られて眠るように息を引き取った彼女と両親を失い、これから自分を待ち受けるであろう苦難に脅え逃げ出したくなっている自分がどうやって彼女のように幸せになるというのだろう。
「・・・自分の幸せすら・・・わからないのに」
気付けば私はふらっと森に足を運んでいた。嫌なことがあると森に逃げたくなる。木々に紛れていれば誰にも見られていない気がしてほんの少しだけ気が楽だった。そんな私に訪れた最大にして最高のチャンス。
「よし!これから街に行くか!」
降り立ったドラゴン。白く美しいドラゴンの姿が人間の姿をとった時、私の体をジーンと熱いなにかが走ったような気がする。とってもかっこよくて優しそうな人・・・ドラゴン様かな?面白い人で、最初に感じた通り優しい人だった。
それからすこし慌てたけどお祖母ちゃんと一緒にドラゴン様をおもてなしする為に昼食を作ることにした。料理は得意な方だけど喜んでくれるだろうか?
頑張って作っていたけれどそんな心配を軽く吹き飛ばす事態にお祖父ちゃんがしでかしてしまった。
龍の誓い。私達龍の巫女は外敵が多く、身辺を守ってくれる護衛と契約を交わす事が決まっている。それはこっ子作りとかも含んだ婚姻に等しい重要かつ撤回の効かない一度きりのイベント。それをお祖父ちゃんはあろう事か勝手に決めてしまった。嫌じゃなかったけど・・・それ以上にドラゴン様にどう思われているのかが解らなくて怖かった。見つめあうだけで嬉しくなって、恥ずかしくなって・・・でもとっても辛くて・・・ドラゴン様は私が居なくても生きていけるけど私はそうはいかない、きっと耐えられない。
逃げ惑うような一週間、龍の巫女としての訓練に誤魔化すように打ち込んだ私はもしもあるかもしれない幸せとそれが叶わなかった時の絶望に怖くなって。
「逃げるな、契約がどうとかはこの際どうでもいいんだ。アキナ、俺と一緒に居てくれ。それとも俺がイヤか?」
それでも、そんな悩みを吹き飛ばすようなドラゴン様・・・いいえシンゴ様の一言が私の心に光を差してくれた。そして付け加えた我侭にシンゴ様は・・・き、キスで答えてくれました。
失うことばかり恐れて、お祖父ちゃん達から離れる事すらできなかった私に文字通り舞い降りた彼は私の・・・大切な人になりました。
お母さん、私、追いかけてみます。始祖様と同じくらいの幸せを。




