誓いの切欠は悪戯から
アキナを探して家を歩き回っていると彼女は洗濯物を干しているようだ、四人分に増えることになったので大変だろうが彼女は文句一つ言わないばかりか巫女の修行も行っているとのことなので頭が下がる思いだ。
「おーい、アキナ!」
唯一つ困ったことと言えば・・・。
「ひゃいっ!し、シンゴ様!」
彼女が未だに俺に慣れてくれないことだ。異性として意識した瞬間彼女は途端に億手になってしまう。体の付き合いすら必要になるのが若い自分に確定してしまって緊張しているのかなんなのか・・・。
「そろそろ慣れないか?かれこれ一週間くらいはここにいるんだが?」
「えっと、その!頭では分かってるんですが・・・!うぅ」
聞くところによると彼女は今年で16歳、俺の実年齢から考えると際どい年齢だ。しかし俺としてはこんな器量良しの可愛い子が妻として俺の傍に居てくれるのだから多少の事は目を瞑るべきなのである。
「そうそう、ちょいと魔法の練習に付き合って欲しいんだが大丈夫か?」
「ええ、構いませんよ」
初心なのは仕方ないことで時間が解決してくれるだろうし、とりあえず今は俺の魔力の特性について考えて見たいと思う。魔力を流していけばその人の魔力が俺の魔力に釣られて流れ出すというのならばもしかすると面白い事ができるかもしれない。
「とりあえずまずは手をつないでくれ」
「こうですか?」
意識の違いだろうか、仕事や頼み事となると彼女の中では初心スイッチが切れるらしい。両手を繋いで魔力を循環させて見る。
「これって・・・シンゴ様の?」
「ああ、俺の魔力だ。ドラゴンの能力の一つでこう言った事を簡単にできるんだ」
魔力や大地に巡る力の波を作り、循環させる。これによって枯渇した魔力の持ち主であってもある程度の回復が見込めるかもしれない。試したのがカルネ老とアキナだけなのでできるかはわからないが少なくとも龍の巫女の家系には今のところ大丈夫だ。
「なんだかあったかくてホッとしますね・・・お湯が体を巡ってるみたいです」
「ほうほう、体感的にも悪いもんではなさそうで安心だ」
さて、これからが本番だ。俺は手を離したまま循環のイメージを続けて見る。通り道を残したままで左手を離してみる。
「おお・・・」
魔力は俺の右手からアキナの体を通ってアキナの右手から出て糸の様に繋がっている。これなら手を離しても魔力の循環をコントロールできそうだ。
「どうしたんですか?」
「ん?ああ、ちょっと面白いことが判ってな・・・手を見てみろ」
「手?・・・すごい!魔力ですかこれ?それが糸みたいになってる!」
「凄いのは此処からだ・・・さて」
今度は右手を離し、魔力の循環を止めて循環する魔力をアキナの右手で停止するようにコントロールして見る。すると残念ながら魔力はスルッと右手から抜け落ちてしまい、空中をさまよった後に俺の左手へと戻った。
「どうしたのですか?」
「・・・失敗した。魔力を固定できると思ったんだが・・・」
元々流すということで流動的なイメージの魔力を体内にとどめることはできないようだ。流動的で駄目なら今度は針をイメージするしかない。
「さて、次は・・・これだ」
アキナの右手に針をイメージ・・・いや、針じゃ痛そうだしな・・・。どうしたもんか・・・フック的な物をイメージしたいが上手く行くだろうか?
次にアキナの手に直接魔力を付与するイメージで両手首に腕輪を付けるイメージで魔力を流して見る。するとアキナの手がうっすらと光り始める。
「今度はなんですか?」
「ああ、魔力を糸の様に繋げられるなら糸見たく扱うこともできるんじゃないかと思ってな・・・それ」
「わっ!ちょっと!ホントに繋がってるみたいです!」
腕輪のように手首で輝く魔力に俺の魔力を再び繋げると思ったとおりの結果が得られた。魔力の長さを固定して引っ張ると手が引っ張られ、アキナが踏鞴を踏んだ。おお、これなら色々と面白そうなことができそうだ。
「手首とかに違和感はないか?」
「ええ、思いの外強い力なのに・・・まさに魔法って感じですね」
しかし手首だけで踏鞴を踏むほど引っ張られたら痛くないか?と思い、魔力の流れを探って見ると腕に作った魔力を通じてアキナの胸辺りまで魔力の糸が伸びている。なるほど、引っ張られたのは体の芯だったのか。紐状にした魔力の長さが一定だったので腕が連動して動いたのだろう。
「ふーむ、なるほど・・・一度通したら俺の魔力は流れやすくなるみたいだ」
糸を手繰るようにして魔力の糸を縮めて行くとアキナがやがて俺に密着する形になる。ロープとしても使えるかもしれないな。そして彼女はまだ自分が捕まったことに気付いていない。女性の体というのはどうしてこうも柔らかく、男と違う匂いがするのだろうか。
「さてさて・・・」
「どうしたんですか?えっと、ま、魔法の実験は?」
俺との距離が狭まるに連れて呂律が怪しくなる彼女を確りと捕まえて俺はにこりと笑顔を浮かべる。ようやく気付いたらしいがもう手遅れだ。
「いやなに、次はアキナとのスキンシップの訓練をしようと思ってな」
「えっ!ちょっ・・・待って下さ・・・ひょわぁー!!!」
腰に手を回して抱きしめると面白い声を上げて彼女は真っ赤になった。潤んだ瞳が俺を見つめ、彼女の腕が自然と俺の肩と腕に触れている。
「逃げるな、契約がどうとかはこの際どうでもいいんだ。アキナ、俺と一緒に居てくれ。それとも俺がイヤか?」
「そんなことは・・・それじゃあ、私からお願いしてもいいですか?」
「なんだ?言ってみろ」
真っ赤な頬を少し薄め、僅かに愁いを帯びた瞳で彼女は俺を見つめていった。
「父さんや母さんのように私を残して逝かないでください・・・貴方の傍を私の終生の居場所にさせてください」
返事の代わりに俺は彼女の唇を奪った。彼女が俺に告白してくれた傷と願いに応える為に。龍の誓いを完全なものにする新しい誓いを胸に。
「嬉しいです・・・」
「悪戯心で切り出したことがこんな事になるとは思ってなかったがな」
「ひ、ひどいです!私は一生懸命言ったのに!」
ひょいと抱き上げると彼女は涙目で抗議してくる。けれどもそんな彼女の表情は明るい笑顔であった。これからは彼女ももう少し余裕をもって接してくれるはずだ。今回はかなり強引なきっかけになってしまったが彼女の事はこれから少しずつ知っていけばいいだろう。
「有難うございます・・・シンゴ様」
「なにがだ?」
「茶化さないでください・・・私、ずっと怖かったんです・・・両親が居なくなってからずっと家族が居なくなることに怯えてました。だから知らない内に考えないようにしてたんだと思います」
「皆まで言うな、お前は手間を掛けるだけの価値のある女性だよ。むしろ契約だけでアキナをもらえるとは思ってなかったさ。どうせならちゃんとお互いで納得した上で一緒に居たいからな」
昼間だが周りには誰も居ないし、カルネ老は家で、アズ老人は畑で此方からは見えない。俺達はそれをいいことに初めての水入らずで腹の内を話し合うことにした。なんだか気恥ずかしくなるような、らしくない初々しい語り合いになったがそれでも優しくて恋なんじゃないかと思えるような雰囲気だった。
「アキナー!貴方のフィアンセが迎えに来たよ!」
そんないい雰囲気は家の門前で叫ぶバカによってぶち壊されたのであった。




