魔力の循環!
「おはようございます、シンゴさん」
「おう、おはようさん」
俺が護衛となり、居候をすることが決まってから調度三日が経った。最初は納屋でも借りようかと思っていたが元々二世帯住宅同然の部屋数があるらしく両親を一階、二階の二部屋を使わせて貰っている。本来は一階が客間らしいがカルネ老の足腰が辛いとのことで俺達が二階を借りることになった。
「しかしドラゴン様がお医者様だとは知りませんでしたよう」
居候させてもらう際に俺は最初雑用を買って出たが固辞されてしまったのでせめて家賃代わりにとカルネ老の弱った足腰に施術を施していた。うつぶせに寝転んだ彼女の体のメンテナンスを行っていくと老い以外にも色々と体にダメージがあるようだ。
「針がないから簡単なことしかできないが・・・いやまてよ、そういえば」
俺は魔力の動きを操作し、指先から針の形成をしようと試みる。ドラゴンの姿の際は割りと余裕でできたがどうだろうか?
「・・・」
魔力を少しずつ放出して細く細く束ねていくと徐々に魔力が質量を帯び、形となって針となっていく。ちょうど縫い針くらいの細さになったところでこれを固定してみる。すると針はまるで本物の針のようになった。
「これは・・・魔法ってのは凄いな」
自分の指を突きながら思わず呟く。これなら消毒も何もいらないし、深くまで刺してしまっても魔力製なので簡単に消すこともできる。魔力に触れることで起こる病気についての含蓄は無いがそこはおいおい勉強していこう。
「さて、仕事道具ができたところで一丁やったるか」
カンを働かせながら俺はカルネ老の腰の筋肉を解し、気血の流れを整える。血行が良くなってくると肌の色が変わってくるのでわかりやすいのだ。
「腰を大分前から悪くしてるね、傷から体が歪んで来てる」
「わかりますか?昔の無理が祟ったんでしょうかねえ」
彼女の背中には普通の生活では決して無いであろう槍傷や獣の爪あとが走っている。龍の巫女とやらは本当に厳しい職業らしいな。
「腰は姿勢から来てるな、この爪痕が原因だ」
針に水魔法を付与して打つと傷跡の突っ張りが幾分かマシになるだろう。ツボと筋肉の硬直を取るように針を打っていくとわかりやすいくらい筋肉の緊張が解けていくのがわかる。長い間傷を庇いながら生活してきたであろうことが窺える。
「極楽ですじゃ・・・」
鍼師としての治療は終わったのでここからは勉強タイムだ。目に魔力を集中させてカルネ老の体に流れる魔力の流れに目を向ける。
「魔力が足の末端にかけて流れが悪くなってるな」
「魔力の流れが見えるのですか?」
「ああ、どうもドラゴンの目は特別製らしくてな・・・」
声色から彼女が少なからず驚いているのが分かる。そういえばガムランも体内にある魔力までは見えないとか何とか言ってたな。
気を取り直して半分レントゲン状態のカルネ老の魔力の流れを見てみると腰の部分からは流れが一部で塞き止められたように少なくなっており、脱力の原因となっているのではないかと思われる。これは地脈の調整に似たものではないだろうか?地脈の流れを魔力に、大地を肉体に置き換えれば分かりやすい。
(これも修練か・・・失敗しないようにしないとな)
「ちょっと足を上げてもらって良いか?」
「こうですかの?」
「おう、そんな感じでしばらく頼むよ」
腰に手を置き、カルネ老の曲げた両方の足先に手を伸ばして掴む。そして魔力を少しずつ腰に当てた手から放出し、ほんの少しずつ体を巡って足先を掴む手に戻っていくように流し続ける。すると先細りだったカルネ老の魔力に通り道が出来上がり、徐々にだが魔力が通い始める。
「こ、これは一体・・・足の感覚が戻るような・・・」
「魔力を循環させてるからあんまり騒がないでくれ、これ集中力がいるんだ」
「魔力の循環ですと?!」
「あーもう!静かにしてくれってば!」
すみません、と一言返ってきたので俺は再び魔力の循環に集中する。両足を通った俺の魔力が手に戻り、流れを作ると今度は魔力を流さなくてもカルネ老の魔力は足先まで流れていく。
「これで大丈夫だろう。腰の方は何度か施術が必要だから養生してくれ」
「ありがとうございます。今までの辛さが嘘みたいですじゃ」
魔力の潤滑と関節の矯正が終われば年相応か少しマシくらいには戻せるだろう。
魔力が通う事が人体にいかほどの効果を表すのかは分からないが悪いことはないだろうと思う。
「しかしえらく驚いてたが魔力の循環はそんなに大それたことか?」
「そうですな、空気中ならば問題はありませんが魔力は混ざると反発しやすいですじゃ、それをなんの抵抗もなくできたのは一重にドラゴン様、あ、いやシンゴ様の体質がなせる業ではないでしょうかのう」
聞くところによると魔力と言うやつは人体では血液のような反応をすることもあるという。とどのつまり他人の魔力を流し込むと言うのは普通ならば魔力同士が拒絶反応を起こし体の中で弾けるのだという。少量ならば大抵は発熱し、多ければそれが高温となり、大量の魔力が一度に反発すれば爆発するらしい。
「そうなったら・・・」
「私の体は火魔法を受けた油か何かのように燃えるか、溶けるか、もしくは爆発しますじゃ」
おおう、そんなにやばいのか。人体実験しちまってごめんよ・・・。しかしカルネ老はそんなことはお構いナシとばかりに俺の魔力について考察を述べ始める。
「御気になさらず、現に上手くいきましたしのう。シンゴ様の魔力は恐らく属性の全く無い無属性の可能性があるですじゃ」
「なぜわかる?」
「実際に体の中で感じましたでの、私は火と風を少々嗜みますでなその私に抵抗無く流すことができると言うのは属性が無いかもしくは火と風を帯びた魔力を私と同じだけ持っているかですじゃ」
俺の魔力がカルネ老より少ないと言うことは種族的にありえない上、魔力を循環させるだけの量と強さがあるので火と風の属性を持っている&魔力が微弱なので反発が起きなかったという説も難しいとの事。ましてやカルネ老は老いと巫女としての長年の責務から魔力が弱っているので俺の体が人間レベルにセーブされていたとしてもありえないらしい。そもそも生物の体は他人の魔力を通すようにできていない(捕食用の器官や専門の魔法を使う場合は除く)ので循環させられる時点で規格外の魔力コントロールらしい。
「そういえばなぜ俺の魔力を循環させると体の魔力の循環を復活させることができるんだ?」
「さあ?魔力を引き寄せることができるのでしょうか?」
魔力を引き寄せるか・・・。よし、それならいっちょ試して見るか。
俺はカルネ老に次の施術の日取りを伝えてからアキナを探すことにした。




