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龍の巫女その2

自分の名前が書かれた誓約書を前に俺はしみじみと前の世界でお世話になった人達を思い出す。そういや訪問販売のセールスマン相手に話してた時、契約書書くときは必ず呼べよってやり取り見てた明美婆さんに言われてた気がするな。こういうことだったのか、今まで有難うよ明美婆さん。アンタが居なくなった途端に騙されちまったぜ。


「何と詫びたらいいものか・・・申し訳ありません」


カルネ老がそういうと俺に頭を下げる。しかしこの件に関しちゃホイホイとサインしちまった俺にも責任はある。


「いやー、騙されやすいとは言われてたんだが此処まで自分が迂闊だとは思ってなかったんでな・・・いいってことよ。それよりアキナちゃんの方が問題だろ?俺はこれから長生きするがお嬢ちゃんは人生が決まっちまうからなあ」


冷静になって考えて見れば俺はドラゴンで彼女は人間だ。曽祖父ちゃんの言うことが正しいなら俺はこれから数千年は軽く生きる。例え千年で死に、お嬢ちゃんが百年生きたとしても俺の余生の十分の一も満たない長さだ。そもそも人外と結婚するのってこの国ではどうなんだ?


「もはやどうにも・・・龍の誓いはそもそも龍同士が約束を交わす際に用いられるといいますじゃ。そうなると解除も難しいかもしれません」


曽祖父ちゃん達に聞いてみれば話は変わるかもだが難しいと考えるべきか。そもそも俺はお仕置きで家から放逐状態だから帰れないし、仲間のドラゴンも滅多に下界に降りないって話だしアテにはならないんだよな。


「もうこうなった以上ドラゴン様にアキナをお任せするしかありません」


申し訳なさそうにカルネ老は言う。まあ出会ってまさかその日に結婚同然の誓約を交わすことになるとは思いもしなかった。しかしなってしまった以上は仕方がないだろう。人間とドラゴンという多国籍婚ならぬ異種族結婚だ。


「そうか・・・まあ俺も人間としてならもう結婚しても可笑しくない年齢だ・・・おっさんに片足つっこんでるしな」


あくまで人間での話しだがな。35だし。婚期を逃してる感は否めない。


「つかぬことをお聞きしますが今お幾つで?」

「ん?35だが?」


そう言うとカルネ老は不思議そうな顔をして再び尋ねてくる。


「まさか、いかに悠久を生きるとはいえそのようには見えませんよ?」

「えっと、そんなに若く見えるか?」


そういえばアジア人は西洋人からは若く見られると聞いたことがあるがそれか!

老け顔に見られるよりもマシだが俺ってそんな童顔だったか?


「この鏡をみてください、よくわかるはずですじゃ」


カルネ老は得心していない俺を見てどう思ったのかくすんだ小さな鏡を持ち出してきた。俺はそれを受け取ってまじまじと鏡に映る自分の姿を確認して見る事にする。


「うわ、俺いつから白髪になったんだ」

「そこは今気にするところじゃないと思いますが・・・」


現実逃避もそこそこに鏡に映る現実を直視する。そこに映っていたのは銀髪の髪に猫のように細くなったターコイズブルーの瞳を備えた青年が映っている。やや幼い印象を受けるので年齢から考えると18を数えるかどうかか。若干仏頂面をしているがそれは俺が今驚いているから仕方ないのだ。


「うへえ、まさか若返ったのか」


ようやく出てきた言葉がこんな台詞なのは我ながら情けないが気が付くと顔が変わってたなんて気色悪い以外の何者でもないな。


「どうなさったのですか?」

「え、あー、いや・・・人間になって顔を確認するなんて初めてだったからちょいとおどろいたんだ」


怪訝そうなカルネ老に何とかそう返すも内心は気色悪さというか自分という存在のちぐはぐさが実感となって襲ってきている。シャツを裏表逆に着たような、通いなれた道を外して歩くような不自然な感じがすげえぞこりゃ。


「・・・ハッ!私は一体!」


アキナがようやく目を覚ます。気絶してから一時間が経っていた。


「大丈夫か?」

「ひゃ、ひゃい!」


心配して声を掛けると再びアキナの顔が真っ赤になる。こいつどんだけ免疫ないんだ。初心ってレベルじゃないな。


「落ち着け、お前さんにとっては長い付き合いになるんだからしっかりしろ。龍の巫女としての仕事もあるだろ?」

「はっ!そ、そうです!私は当代の巫女なんです!ドラゴン様のお言葉を伝えて、それから・・・子を!え?!エエエエエエエッ!??わたわわたしがドラゴン様の御子をはら「ていっ!」・・・うきゃう!」


また真っ赤になりやがった、流石に面倒くさいぞ。頭を引っぱたいてようやく落ち着かせることに成功。おい祖父母の二人、俺達のやり取りを温かい目でみるんじゃない。結局アキナが役に立たない状況なのでカルネ老に龍の巫女とその護衛たる夫の仕事を聞くことにした。


「アズ老人、護衛が夫として寄り添い続けると言うのは聞いたが龍の巫女の仕事とは一体何があるんだ?」

「お祖父ちゃんと呼んでくれても良いんじゃよ?婿どn・・・」

「カルネ老、龍の巫女の仕事って何があるんだ?護衛役に関しても情報をくれると助かるんだが」


遮ってカルネ老に尋ねるとアズ老人は俺の後ろでなにやら言ってるが無視無視、出会った時から印象が変わりすぎだろこのジーさん。耳元でがなるな、ブッ飛ばすぞ。


「ドラゴン様の龍の姿を見たわけではありませんが人間にとってドラゴン様が降りて来られるのは一大事件ですじゃ、吉兆かはたまた凶兆かを国の重鎮達は今懸命に探っておるでしょう。そんなときこそドラゴン様と意思疎通ができる龍の巫女の出番なのですじゃ」

「なるほどな、俺がイレギュラーな訳ね。目的と言えば土地の気脈が衰えた場所を探して修復するくらいだが」

「それならば間違いなく人間にとって吉兆ですじゃ。とりあえず無用の混乱は避けられますじゃ」


俺に来て欲しいかどうかなんて現地の人間の都合だが目くじら立てられるような内容でもないし大した騒ぎになることもないだろう。アキナの調子が戻りさえすれば表面上は何の問題もない訳だ。


しかしそう都合よく行かないのが世の常である。





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