龍の誓い
俺は35年という年月を人間として過ごしてきた。地球に生まれ、人間として過ごし、これからもそうなると思っていた。しかしこの世界に帰ってきて曽祖父ちゃんから告げられた真実は違ったのだ。俺はドラゴンなのだという。そして俺は龍の声を聞く為に命を掛ける一族の当代の巫女であり、異世界に降り立って最初に出会った少女の護衛を買って出ることにしたのだ。
「そうですか、では此方の誓約書にサインをしていただけますかのう」
「突然だがどっから出したその羊皮紙みたいなの」
「これは『龍の誓い』なる不思議な誓約書。そこに名前と血を一滴垂らせば如何なる者もこの誓約書の内容を違えることはできないのです」
護衛が裏切る可能性も無いわけじゃないから当然か、薄汚い羊皮紙にしか見えないが良く見ると血判とアキナの名前が書かれている。そして代々が名前を刻んでいるらしく二代前にアズ老人とカルネ老の名前が縦に連なって書かれており、互いの名前をつなぐように血判が押されている。そして裏面には『いかなるときも龍の巫女を守り、互いの使命と安寧の為に心血を注ぐ』とある
「この誓約書を交わせばそれだけで精神支配や隷属魔法といった外法からドラゴン様の身を守ってもくれます」
「この誓約書がどの契約よりも強い効力を持つわけか?」
「そうですよ、初代の巫女様が龍の方に教わった方法らしいんです」
「なるほどなあ」
どうやらドラゴンの秘術が使われているらしい。そうなるとその効能も確かなものだろう。
「それではアキナの名前の下に・・・そうです、苗字があったらそれも・・・ええ、変わった文字ですな・・・へえ、カンジ?というので・・・そうそう」
「これでいいのか?」
名前を書いてアキナの名前との間に指を傷つけて血を出すと指を押し付ける。血判押すなんて始めての経験だ。するとアキナと俺の名前が光り、血判の血が互いの名前に繋がるように伸び、文字に重なるように広がった。
「これで契約が完了ですな」
「そのようだな」
アズ老人はその誓約書を嬉しそうに抱えると閉じられた眼の目じりを下げ、微かに涙を浮かべて喜んでいた。
「いやー!目出度い!」
護衛を買って出る事を申し出たところで血判と誓約を取られたがやっと理解してくれた。しかしドラゴンの言葉を聞く巫女がドラゴンに守られているという状況は果たしてどうなのだろうか。殿様が部下の警護してるようなもんだろうか。
「ドラゴン様、できましたよー・・・ってどうしてお祖父ちゃんが出来上がっているんですか?」
気が付くとアズ老人はどこからか取り出した酒を飲んでいる。どうやらよほど俺が護衛につくのが嬉しいらしいな。
「わーははは!アキナは将来ドラゴン様と結婚するんじゃよー!」
「もー!お祖父ちゃんったら!ドラゴン様が護衛を受けてくださる訳ないじゃないですか!」
「そうじゃぞアズ、護衛を引き受けたら将来の面倒まで見る事になることくらい知っとるじゃろ!」
なんか聞き捨てならん言葉が聞こえてきたぞ。護衛を引き受けたらなんだって?
「護衛を引き受けたらどうなる?」
「まず『龍の誓い』を交わしますね。そうすることで互いに生涯を掛けて支えあい、使命を全うするんですがそれは我々龍の巫女の一族にとって婚姻と同義なんですよ」
「左様ですじゃ、なにせ跡継ぎを産ませることも使命に含まれておりますでなぁ・・・ワシとアズもそりゃあ大恋愛の末に・・・ほっほっほ」
そう聞いた瞬間に滝の様に汗が出てきた。アズ老人から聞いた話と全然違うぞ。
「・・・書いちゃったんだが」
「えっ?」
食器を並べていた二人の手が止まる。そして同時に驚いた顔で此方を見る。
「アキナの下の所に名前書いちゃった」
汗を流しながらそう答えると。二人は誓約書を抱えて笑い転げているアズ老人を蹴り飛ばして取り上げる。そして俺の名前を確認するなりアキナは顔を真っ赤にしてそのままひっくり返り。カルネ老は飛び出さんばかりに目を見開いて絶句していた。
「ドラゴン様を護衛にするなど聞いたこともない・・・」
「わははは、誓約書は絶対じゃー!」
絶句するカルネ老がなにかに気付いたのか誓約書をパンと叩くと薄い皮がハラリと剥がれて舞う。その下にはあえて隠されていた婚姻に関する項目が書かれていた。
「ゲェーッ!誓約書の一部分が隠されていたッ!」
「アズ!アンタって人は・・・!」
呆れ顔のカルネ老と二人して問い詰めるとアズ老人は酒瓶を置き、神妙な顔つきになって此方に向かい合った。
「ワシはもう若くないし、アキナの護衛を見つけることもできなんだ。アキナもアキナでこんな老いぼれ置いてさっさと自分の為に生きてくれれば良いのにやれお祖父ちゃんだのお祖母ちゃんだの・・・そんな孫になにかしてやりたかったが息子達が亡き今どうあがいたってアキナを守り続けることはできん。ワシはもう無力なのじゃ・・・」
目じりに涙を浮かべてそう呟く老人にカルネ老が悲しそうな顔をする。そういえばご両親が見えないと思ったら彼女には両親がいないのか。と言うことはこの老夫婦がアキナの面倒をずっと見てきたんだな。
「じゃからワシは例え魂を売ってでも何かしてやりたいと思ったが・・・この体ではもはや悪魔の買い手もつかなんだ・・・焦りばかりでなんら良い手も思いつかず・・・じゃから・・・」
「爺さん・・・」
「アズ・・・」
俯いた彼の表情は窺い知れない。しかし沈痛な面持ちであろうことは予想できた。しかし、この老人はこれでは終わらなかったのだ。
「偶然貴方が来たしこうなったらドラゴン様に嫁がせるしかないと確信したのじゃ。ぶっちゃけむしゃくしゃしてやった、今は反省してる。てへっ」
「「ふざけんな糞爺ィィィィ!」」
「ヤッダァバァァァアァァァ!!!?」
満面の笑顔に早変わりしこうのたまった彼の顔面を俺とカルネ老の渾身の右ストレートが打ち抜くのは同時だった。




