検証
テーブルを拭いて床に散乱したガラスを片付けると同時に亮君が戻ってきました。
「だめ、完全に伸びてる。
息はあるし死ぬことはないけど」
「何があったんでしょう……」
「わからない、ただこの店が普通じゃないのは確かだよね」
普通じゃない、いやまあ今更な話ですよ。
食材が勝手に補充されるわ、ゴミはなくなっているわといろいろおかしい現象起こってますもん。
「蒼井さん、ちょっと俺衛兵呼んであの貴族どうにかしてもらってくるから休憩もらってもいい? 」
「えぇ、それは構いませんよ。
ただしなるべく早く帰ってきてくださいね」
「もちろん、じゃあちょっと行ってきます」
そう言って亮君は走って行ってしまいました。
うーん、ちょっと寂しいですね。
でも今のうちにいろいろとできる事をやっておきましょう。
まずさっきのコップの件を破損報告書に記載します。
これは備品がどれだけ足りていないかを確認するための物です。
もしかしたら備品も補充されるかもしれませんね。
……そうなればとても助かるのですが。
希望的観測は身を滅ぼします、やめておきましょう。
それから出品表にチェックを入れます。
こっちはお客さんに何をどれだけ出したかという記録。
忙しいときは大よその計算で書いちゃうんで、あまりあてにならないんですけどね。
そして一番の難題です。
食材補充管理票。
これは文字通り食材を補充するときに使う書類です。
普段であればこれに記入して業者さんに発送するんですけど、今回は送り先がないので記入だけしておきます。
とりあえず検証してみます。
発送はできないなら記入はどうか、どこかに置いておけばいいのか等々。
食材も足りなくなってきましたから臨時注文という事で割増しになってしまいますがそれは問題ないです。
最後に注文書を用意します。
これは食材とは違う、備品の購入に使う物です。
本当はインターネットで購入するのですが、試しても無反応でした。
なのでアナログな方法でできないかの検証です。
今必要なのは亮君の服とエプロンです。
今まで従業員さんを雇ったことなんてなかったので、私物しかありません。
私が使っているエプロンを使ってもらうというのは、少し気恥ずかしいですからね。
「ただいまー」
そうこうしている間に亮君が戻ってきました。
「おかえりなさい」
返事をして店先に出ます。
「あの貴族は大丈夫、なんかいろいろ言ってたけど俺が証言したら衛兵は俺の方を信じてくれたよ。
ただしばらく報復とか考えそうだからお店から出ない方がいいと思うよ。
もしくは俺と一緒に出掛ける事」
「あら、面倒なことになりましたね。
いざという時は守ってくださいね、ナイト様」
「騎士ねぇ……この店に引きこもっていたら必要ないんじゃないかなぁ」
「何か分かったんですか? 」
「あーうん、これはあの貴族の話なんだけどね。
腹にあざが残ってたんだ。
それをこの店でやられたって騒いでいたんだけど、気になって確認してみたんだ。
すると貴族の拳とあざの大きさがぴったり一致したんだよね」
「自分で自分を殴ったってことですか? 」
「いや、あれは正面から殴られた跡だった。
でもやってみるとわかるけど、自分の腹を正面から殴るなんてことはできないんだ」
亮君に言われて、拳をお腹に当ててみます。
うん、たしかに正面からあざが出来るほど強く殴る事はできませんね。
私の体が柔軟でない、というのもあるかもしれませんけど腕の筋が張って痛いです。
「それで仮説なんだけど、もしかしたらこのお店他にも能力が備わっているんじゃないかな」
「能力、ですか? 」
そう言えばパーティの時にそんなことそんなことを言っていましたね。
亮君はその能力と身体強化がうんたらかんたらと。
「ちょっと試してみたいことがあるんだけど良いかな」
「かまいませんけど? 」
私がそういった瞬間でした。
お店の外に出た亮君が引き戸を殴りつけようと振りかぶったのは。
「まっ」
私の制止も遅かったようです。
引き戸はガラスも使っているので、このままでは亮君がガラスのシャワーを浴びる事になってしまいます。
思わず目を背けようとした瞬間でした。
大きな打撃音の後に亮君が後方へ吹き飛びました。
「え? 」
何が起こったのかわかりません。
「亮君!? 」
駆け寄って肩をゆするとうめき声をあげながら起き上りました。
どうやら無事のようです。
「大丈夫ですか!? 」
「大丈夫大丈夫、あー超いってえ」
「何があったんですか!?
というか何をしたんですか!! 」
「落ち着いて蒼井さん。
えーっとね、このお店というか建物なんだけど」
何やらもったいぶった話し方をしていますね。
私じらされるのって好きじゃないんですよね。
「キリキリはいてくださいね、亮君」
ぐいっと腕のツボを刺激してあげます。
奇妙な悲鳴を上げて飛び起きた亮君は、目を泳がせながら話し始めました。
「この建物、攻撃反射能力がついていると思う」
「攻撃反射能力? 」
「正式な名前は知らない、というか存在しないと思うけど攻撃しよう、壊そうという意思を持って攻撃するとそのダメージを吸収して、そのままの威力で相手に反撃する能力」
なんでしょうか、このお店は何時から要塞になったのでしょう。
物凄く物騒な能力がついていますね。
というかこういう能力が付くのって私じゃないんですね。
亮君は自分に能力がついているみたいですけど私何もないですよ。
お店は私の所有物ですけど、私自身の能力ってなにもないじゃないですか。
強力な武器を手に入れました、でもそこから動けませんってどうなんでしょう。
「中に入っても出禁で追い出せて、外からの攻撃は反射、しかもお金さえあれば補給いらず。
ずるい能力だよね、建物だけど」
「亮君私が何を考えているか理解したうえで言っていますね」
「あーいやそんなことはないよ」
「そうですかそうですか、亮君? 」
「は、はひ」
んーなにやら亮君がおびえていますね。
何をそんなに怖がっているのでしょうか。
「もう無茶はしないでくださいね」
反射でダメージを受けたのでしょう、赤くなった頬をさすってあげながらそう言います。
それから立ち上がって手を差し出します。
「亮君、さっきの貴族がいたおかげで衛兵さんたちがお店に来られなかったみたいです。
だけどほら、あっちの方に人影。
もうすぐお客さんでいっぱいになると思いますから早くお店に戻りましょう」
「……そうですね。
今日は忙しそうですか? 」
「さぁ、どうでしょう。
普段なら……地球では閑古鳥でしたけどね」
お店としては笑えない事態なんですが、それでも食べていくには困らなかったです。
今は忙しすぎて目が回っていますけどね。
今までの3倍の仕事量です。
いっそお店の外装を赤くしてしまいましょうか。
「閑古鳥……ね。
見るからに忙しくなりそうだし、さっさとやる事やっちゃうか」
「そうですね。
あ、そうだ亮君やる事で思い出しました。
この世界の字かけますか? 」
「書けるよ、もう5年くらいこっちにいるからね」
5年ですか……随分先輩ですね。
「じゃあお店のメニューと説明文を書いてもらえませんか?
今はノートくらいしかないんですけど、備品の補充が出来るか試しているところなんです。
それで模造紙が補充できるようだったら書いて張り出したいんですけど」
「あーそっか、メニュー日本語だからみんな読めないんだよね」
「えぇ、おかげで丼物ばかりが売れるんですよ。
おすすめを、って言われた時は適当に用意しますけど。
それでもうれすじランキング出したら丼物ばかりになってしまいます」
「わかった、とりあえず今晩にでも書いておくよ。
メニューを一つ持ち帰ってもいい? 」
「なんなら泊まってもいいですよ、部屋も空いてますし。
でも不埒なまねはしないでくださいね。
私、亮君を出禁にしたくはありませんから」
その瞬間に亮君は目をそらしました。
でも口元がにやけているのは隠せていませんよ。
いやらしいことを考えちゃって……というわけではなさそうですね。
たぶん私をからかっています。
「亮君? 」
「あ、いえ何もしないです。
お風呂覗こうとか思っていないです」
「語るに落ちてますよ」
「大丈夫、俺紳士だから。
めっちゃ優しくするから」
「そうですか、では私もお仕事について優しく優しく指導してあげますね。
淑女ですから」
くすくす、と笑って見せると亮君はため息をつきました。
肺の中身を全て吐き出したんじゃないかってくらいに大きなため息です。
「蒼井さんにはかなわないな」
「10年早い、ですよ亮君」
「はいはい」
それからは大変でした。
押し寄せるお客さんの波に四苦八苦しながら亮君とお店を切り盛りして、たまに来る貴族の方々の対応に追われて、たまに出禁にしてと。
「亮君、3番卓さんに牛丼を」
「御坂殿、唐揚げというのを頼む」
「蒼井さん! 」
「聞こえてました、唐揚げ一丁」
「御坂殿御坂殿、蒼井さんつたっけ、あの人。
美人さんだねえ、看板娘ってやつだ」
「亮君1番卓さんへサービスでおつまみ出しておいてください」
「よ、看板胸」
「亮君、4番卓さんをつまみ出しておいてください」
「御坂殿、お会計をお願いします」
「唐揚げ上がり、続いて5番卓さんの塩カルビ丼も上がり、運びます」
「お願いします亮君、お会計は私がやっておきますから」
てんやわんやでしたが、今までは一人で切り盛りしていたお店。
誰かと一緒に働くというのも、楽しい物ですね。
大変ですけど、これはこれで楽しいです。