サラ勉強
今日はお店の定休日、こちらに来て一年が経過してお店が忙しくなってきたのでお休みを作りました。
たまに定休日と知らずに尋ねてくるお客さんもいるのですが、その場合はお店と宿屋さんの割引券をお渡ししてお引き取り願います。
けれど今日のお客さんは、料理やお酒目当てではありませんでした。
「茜はいるかしら」
最近少しお肉のついたサラさんでした。
裏口から声をかけられて顔を出すと個人的に話がしたいとのことでしたので私室に招き入れました。
とりあえず渋めに入れた緑茶と最中でおもてなしします。
和菓子は最高ですね。
「それでご用件はなんですか? 」
「実は異世界の書物に興味があるの、いくつか見せていただきたいのだけれど」
異世界の書物ですか……それなら私の部屋よりもお父さんの部屋の方が多いかもしれませんね。
あそこには歴史書や文明に関する資料などがたくさんありますから。
でも日本人が読んでも難しいと感じるのに日本語が読めないサラさんには向かないですよね……。
「言語の事なら睦美曰くまんがで覚えればいいと聞いたのだけれど」
「あぁ漫画ですか、それならこの部屋にありますけど……大丈夫なのかな」
「何が? 」
「いえ、覚える言葉が偏ってしまいそうだなと……」
漫画という文化を否定するつもりはありませんし、そもそも私自身漫画は好きですがこれで言葉を覚えようとすると間違いなく知識が偏ってしまうでしょう。
特に少年誌系の物では顕著でしょうね。
下手をすれば中学生くらいの頃にかかる特有の心理的な病気にかかってしまうかもしれません。
「これなんかおもしろそうね」
けれど私の思惑とは裏腹にサラさんは本棚に置いてあった漫画を手に取りました。
表紙に映っているのは杖を持った主人公、ありふれた魔法少女物の漫画ですね。
たしか友達を助けて成り行きで魔法のアイテムを集め始めるお話だったと思います。
最初はライバルというよりは敵だった女の子と紆余曲折を経て仲良くなっていく様などが描かれていますね。
「あら……これって……」
「魔法を使う女の子が主人公です」
「やっぱりね……でもこんな魔法は見たことがない……。
見た目は炎の魔法に似ているかしら、こっちは雷……?
貴方の世界の魔法は随分と発展していたのね……。
絵だけでも話が分かるというのは素晴らしいわね、文字が読めたらもっと面白いのでしょう?
茜、教えてくださらない? 」
「え、えぇ教えるのは構いませんけど私の世界に魔法はありませんでしたよ。
そこに描かれているのは空想上のお話です」
「空想でも何でも魔法を想像できるというのは魔法使いとしての素質があるという事よ。
むしろ魔法を持たないからここまで発展しているのでしょうね……これ魔道書として売り出せば金貨数枚は取れるかもしれないわ」
いつの間にか商売モードに入っていたサラさんを、危険はないだろうと考えて放置してお茶のおかわりを用意しに部屋を出ました。
その瞬間サラさんが懐から何かを取り出したのが見えましたけど特に気にする必要も有りませんね。
何か細くて短い物だったので、糸くずでもとったのでしょう。
「…………」
それから数時間、私とサラさんは漫画を読みふけりました。
いくつか言葉や文化を教えながら、ひらがなの書き取り読み取りくらいはできるようになったサラさんに今度は言葉の意味を教えるという作業も有りました。
「そういえば茜、この銃という武器なんだけれど……ここについているのは何? 」
「えーと……」
サラさんが読んでいた軍事漫画を見て思わず顔を赤くしてしまいました。
銃の先端には避妊具が取り付けられていたからです。
確か砂漠で銃口に砂が入らないようにする措置だったはずです。
「えーと……これは避妊具と言いまして……女性と男性の営みをしたときに病気防止や妊娠しないために……その……」
「あぁそういう物なのね、茜も持っているのでしょう? 」
「いえ、その……はい、あります……」
「それってあれの事よね」
そう言ってサラさんが指差した先には小さな箱が置いてありました。
しまった、枕元に置きっぱなしでした……。
大失態です……しばらくまともにサラさんと顔を合わせられそうにありません。
「まったく妬けるわね」
「お恥ずかしい限りです……」
「まぁいいわ、それでこれにはどんな意味があるのかしら」
「私も詳しくはないのですが……」
それからもサラさんの日本語のお勉強は続きました。
とりあえず銃口に避妊具をつける理由を説明してから、枕元に置いたままにしていた物をベッドの下にある収納棚に仕舞いこんで、できるだけ顔色を見られないように大きめの本で顔を隠しながら漫画を読みましたがまったく頭に入ってきませんでした。
あぁ恥ずかしい。




