大惨事
不味いです、想像以上の大失態です。
まさかこんなことになるとは思っていませんでした。
なぜ……何でこんなことになってしまったのでしょう。
思い返せばあの時、むっちゃんの言葉が原因でしょう。
責任転嫁をするつもりはありません、けれど、こんなことになってしまったのは間違いなくむっちゃんの無責任な一言が原因でしょう。
あれは今から三時間前のことでした。
「蒼ちゃん、おなか減った」
「あらむっちゃんいらっしゃい、リクエストはありますか? 」
「えーと、甘いもの、できるならはちみつを使ったものを」
はちみつですか……パンケーキ、あたりは定番でしょうか。
それともはちみつを使ったプリン……いえクリームにはちみつを練りこんだショートケーキも今の季節はおいしいんですよね、季節限定メニューですしサラさんにも好評ですが。
あぁそういえば、はちみつを使ったハニーパフェもあります。
せっかくですしそれにしておきましょう。
まずは普通にパフェを作ります。
フルーツは入れずにクッキーを砕いて入れます。
完成したら頭からたらりとはちみつを垂らして完成です。
「お待たせしました」
「はちみつのパフェ……おいしそう」
そういってぱくりと一口、パフェをほおばったむっちゃんは笑みを浮かべました。
おいしそうに食べていただけるというのは作ったこちらとしてもうれしいですね。
「そういえば普通のメニューにはちみつって使えないのかな」
「普通の、というとおつまみのメニューですか?
お肉を柔らかくする酵素があるということなので隠し味に使うことはよくありますよ。
カレーなんかにも入れますし」
「でもはちみつを主体にしたものってないよね。
何か作れたりしないかな」
はちみつのおつまみ……それは面白そうですね。
早速作ってみましょう。
そう思ったのが後から思い返すと終わりの始まりでした。
もしも、もしも私に時間をさかのぼることができるような能力があれば、もしくは未来を見通す能力があれば、さもなければ少しでも頭が働けばこんなことにはならなかったでしょう。
「というわけで出来上がったんですがいまいちパッとしないんですよね……」
作ったのは肉をはちみつで包んだ、甘みを存分に生かしたものです。
醤油を混ぜたので塩飴のように後からふわりと香るものになりました。
けれどやはりというべきか……お肉の味と触感が合いません。
だからといってパンなどを使ってもそれはそれでありきたりなメニューです。
お肉をはちみつ漬けにする料理がると聞いたのでやってみたのですが……あれは干し肉の製法の一つでしたっけ。
「うーん……マヨネーズ追加で」
そういうが早いかむっちゃんははちみつに包まれたお肉にマヨネーズをかけ始めました。
私が止めようとした時はすでにお肉が真っ白になっていました。
あぁ……これどうしましょう。
「胡椒で香りづけ」
むっちゃんの暴走はとどまるところを知りません。
さらにケチャップやサドンデスソースなどで不用意に味付けをしていくのを眺めていることしかできませんでした。
「……ん、おいし」
「嘘ですよね」
「ほんとう、ほらあーん」
思わず口を開けてしまいました。
そして口にねじ込まれた物体を、舌に触れたそれを、私は感じ取った瞬間トイレに駆け込むこととなりました。
辛いを通り越して痛い、そしてつらい、味の説明としてはいい加減ですがつらい味です。
はちみつの甘さなどはすべて消し去られてしまいました。
はっきり言って絶望的にまずいです。
「げほっ……」
「蒼ちゃん大丈夫?
つわり? 」
「ちが……ごほっ……ちゃんと……げほっごほっごほっ」
「ちゃんと?
ふぅん……」
いつしかむっちゃんの誘導尋問にひっかかっていたようですがそれどころではありません。
胃の中身をすべて吐き戻しても口の中の味が消えません。
しばらく胃酸を吐き出し続けて落ち着いたころには十分ほどの時間が経過していました。
「大丈夫? 」
「大丈夫です……むっちゃんの味覚は次元が違うということもわかりましたし……」
まだ口の中にえぐみが残っていますがひとまずお店に戻りましょう。
ひどい目にあいました。
「茜さん大丈夫?
なんかつわりが来たって聞いたけど……俺つけてたよね」
「亮君、話はそこにある料理を食べてからにしましょうか」
何を言っているんでしょうかむっちゃんも亮君も、ほかのお客さんがいる前でこんなことを言い出すなんて。
お客様にはお店を開けてしまったことのお詫びに代金サービスしておきましたけど。
「うごっ……」
背後から亮君のうめき声が聞こえました。
あれを食べたのでしょう。
「……これは不味い」
どうにか飲み込んだらしく亮君は近くに置いておいたお茶を飲み干していました。
よくあんなものを飲み込めましたね。
「うん、死ぬかと思った」
それで……どうしましょうこの残った物体。
「マヨネーズが足りない」
そういってさらに調味料を追加するむっちゃんは何なんでしょう。
そしてそれを食べている姿はもはや人間をやめているようにも見えます。
「あ、またやらかしてましたね」
そういってお店に入ってきたのは東先生です。
「つわりが嘔吐がという話と、睦美が何かしているという話を聞いたのでこんなことだろうとは思っていたんですけどね」
東先生はお店に入ると同時にすべてを察したようです。
まぁ……あの料理を見てというべきなんでしょうか。
「睦美は味覚音痴というわけではないんですけどね、たまにあり得ない料理を作るんです。
僕も何度か……」
東先生の顔色は真っ青でした。
そんな東先生の後ろで、むっちゃんは例の物体を手に持ち、振り返った瞬間に謎の物体をその口にねじ込んでいました。
「ごふっ……これは……近年まれに見る凶悪さが……」
死にそうな声をあげながら口を押えていました。
地獄絵図……本当にどうしてこんなことになってしまったのでしょうか。




