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御蕎麦

 それから契約などの細かい話を終えたところで大道芸人さんを含む皆さんは退店されました。

 あとに残るは皿洗い、じゃぶじゃぶとカップやお皿を洗う横で亮君が昼食の準備をしています。


「おそばですか? 」


「うん、最近食べてなかったしフルーツとか食べちゃったから軽めでいいかなと思ってね」


 おそば……せっかくだから月見そばにしましょうか。

 確か卵がいくつか余っていたはずですからね。


「そういえばこんな歌を知っていますか? 」


「歌? 」


「短歌とか、和歌とかそういう部類の物なんですけど都々逸っていうんですよ。

信州信濃の新蕎麦よりも、私はあんたのそばがいい」


 都々逸は7・7・7・5の音節で詠うんですがやってみるとこれがまた難しいんですよね。

 昔家族で年越しそばを食べているときにお母さんがお父さんに言っていたのを思い出しました。

 なんというか、今になって思い返すと娘の前でそこまで仲良くされても困るんですけどね。

 たしかあの時も月見そばでしたね……。


「主と私は卵の仲よ、私は白身で黄身包む、だったかな」


「あら、知っていたんですね」


「この前茜さんの部屋で見かけた本に載ってたから。

洒落のきいた話だよね」


「そうですね、それに御蕎麦と卵でまさしくといった感じですね」


 私も都々逸は好きだったのでいくつか本を持っていたのですが、まさか亮君がそれを読んでいるとは思いませんでした。

 

「……仲が良くてうらやましい」


「ぴゃっ!? 」


 急に背後から声をかけられて妙な声が出てしまいました。

 あわてて振り返るとむっちゃんと東先生がそこに立っていました。


「こんにちは、軽食をお願いしたいんですけどお邪魔だったかな? 」


「あ、いえ大丈夫ですよ。

と言ってもあまり大したものは用意できないのですけど」


「ありもので構いませんよ」


 東先生の言葉を聞いて亮君が新しくおそばの袋を開けました。

 これで四人そろっておそばですね。

 まだ茹でていなかったので、みんな一緒に食べられます。


「それにしても……あなたのそばがいいとか、君包むとか、仲がいいですね」


「……どこから聞いていたんですか」


「こんな歌を知っていますか、のあたりから」


 つまり最初からという事ですね。

 物凄く恥ずかしいです、どうしましょう顔真っ赤になっているんじゃないでしょうか。


「幸介、あきらめましたよ、どう諦めた、諦めきれぬと諦めた。

という事で結婚して」


「今度ね」


 むっちゃんの強い押しに東先生はさらりと言ってのけます。

 でもそれは言質をとられたことになるんじゃないでしょうか。

 今度、という事は今でなければいいという事になってしまいますから。


「あぁ睦美は昔からこの手の話をしてくるので慣れているんですよ。

子供の頃に結婚してって言われて、今でも週に一回はいってきます。

そのせいもあって家族ぐるみで僕たちは結婚すると思われていまして……平たく言うと外堀は埋まっています」


「なんというか……逃げ場はありませんね」


「えぇ、だけど教師と教え子という立場ですから何かと問題になるので大学を卒業して就職して3年したらという事で話はついているんですけどね……」


「この世界に大学はない、職は見つけた。

だから結婚して」


「この通りこちらに来てからは押しが強くなる一方で」


 なるほどなるほど、元の世界に戻れる可能性は完全に0、という事は先述の約束だと一生結婚できないことになってしまいますね。

 何しろ大学なんて存在しませんから。


「前提条件が崩れた、だから約束は反故」


「だから万が一にでも元の世界に戻れた時の事を考えると、それは大問題だからもう少し大人になってからという事で」


「幸介がいればいい」


「だめ、世界は僕だけじゃないからちゃんと周りにも目を向けなさい」


「星の数ほど男は有れど、月と見るのはぬしばかり、だよ」


 二人の犬も食べそうにない言い合いはまだまだ続きそうだったので亮君が茹でた御蕎麦に卵を乗せてテーブルに運びました。

 その間も二人の言い合いは続いていましたが、おそばで君を包んであげたいという亮君の耳打ちを受けた私は一人赤面していました。

 まったく、二人が言い合いに夢中になってくれていて本当に良かったです。

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