呼び出し
前話、前々話で亮君が不在だった理由です。
第三者視点ですのでご注意ください。
「お前の妻はどうなっているんだ」
亮平は城の一室で複数の貴族に囲まれていた。
その手元には報告書と思しき書類が山積みとなっている。
それらは全て、ここ数か月の間に茜がらみで発生したトラブルの数々だった。
「どうもこうも……いきなりすぎて意味が分からん、説明を求む」
さりとて亮平も貴族の一員であり、武力という意味でも私兵こそ従えていないがジョン等の協力者を考えればないがしろにされることはない立場にいる。
故に敬語はあえて使わず対等であると言外に伝えている。
「この報告書の山を見ろ! 」
言われるがままに報告書に目を通して、亮平はため息を吐いた。
「馬鹿か、これ茜さん悪くねえ話ばかりじゃねえか」
亮平が目を通した書類は全て茜とその周囲にかかわる報告である。
曰く喧嘩が原因で店から追い出された際にけがをした、という物や睦美の店で支払いを拒否したが故に敷地内への出入りを制限されたという報告だった。
中には貴族であるにもかかわらずサービスを怠ったという物や、みそ汁とやらを頼んだら泥水が出てきたという常識の齟齬からくる問題。
敷地に入ったらいきなり殴られたという根も葉もない話まで書かれている。
そしてその筆跡のどれもが似通っているという事に亮平はすぐに気が付いた。
「あー、だれか茜さんのところに行って紙もらってきて、薄い奴を。
あ? 誰がお前の髪の毛の話なんかしたよ、うるせーハゲとっとと行ってこい」
そう言って亮平は一人の兵士を使いに出して、そして近くにいたメイドにお茶を要求した。
出てきたものは流石国家の中枢ともいうべきなのだろうけれど、普段飲んでいる物と比べてうまみが足りないと感じたのは亮平ののろけだろうか。
そうして貴族の罵倒をBGMにしていたところで使いに出した兵士が手に紙束を持って帰ってきた。
それをテーブルに乗せて近くの花瓶から花を引き抜き、報告書として渡された羊皮紙に水を垂らした。
「何をしている! 」
「うるせぇ黙ってろ」
すぐさま批判の声が上がるが、それを一蹴して濡らした個所に兵士が持ってきた真っ白な紙を押し付けた。
すると水に溶けたインクが神に写し取れれていた。
それを数回繰り返したところで乾くのを待ってから重ね合わせて日の光ですかすと、滲んでいたがために多少のずれこそあったが癖が一致した者が複数存在していた。
その結果がさす事は一つ、少人数ではあるが何者かが大量のクレームを入れて来たという事だ。
「さて、これを見てわかるだろうけどどっかのばかが何度も文句を言っているってことだ。
それも言いがかりばかりだな。
中には俺たちの世界とこちらの世界の常識で齟齬があったためにってのもあるだろう。
けどそれはこっちばかりが気を付ける事じゃないからな。
もちろん注意はしておくが、そっちにも直す必要はあるだろう」
「ぐ……」
「別にどこの馬鹿がちょっかいかけてきても茜さんは気にしないだろうけどさ。
あの人に敵対するってことは、貴族であり騎士であり英雄であるこの御坂亮平と敵対するってことだから肝に銘じておけ」
威圧感を隠そうともせずに言ってのけた亮平に、世代交代や金の力で地位を得た貴族は顔を青くしていた。
逆に武勲を上げて貴族の地位についたものはその不敵さと無鉄砲さに笑みを浮かべていたが、国王は疲労を見せていた。
亮平の引き起こす問題はいつも、国の最高責任者である王に押し付けられていた。
今回の問題も恐らく国王が奔走する羽目になるという事は目に見えていた。
しかしすぐに疲労を隠した国王は部屋から出て行こうとした亮平を引き留めた。
「待て亮平、最後に一つ、いや二つか。
話しておかなければならないことがある」
「……なんだよ」
「一つは帝国が不穏な動きを見せている、近々大規模な戦闘になるやもしれん」
「……こちらの備えは」
「はっきり言って不十分だ。
兵士は5万まで確保できたが向こうはその100倍と考えてもまだ少ないかもしれん。
備蓄の面でもこちらは2年間戦えるだろうと考えているが、帝国の保有する貴金属や食料は計り知れん」
「そうですか……俺をこんなところに呼び出す暇があるなら人手と食料の備蓄に専念しろよ」
亮平のボヤいは小声ながらに広い部屋に響くには十分な物だった。
当然、あえて聞こえるように言ったわけだが貴族として仕事を一切請け負っていない亮平が言えた立場ではない。
正確に言うなら貴族としての仕事に向いていないと判断をした国王の責任であり、その分余計な仕事を抱えているのだから完全に亮平が悪いわけではないが。
「もう一つは」
「お主の妻、茜嬢の敷地にちょっかいをかけている奴らがいる。
奴隷商人、ごろつき、帝国含む近隣諸国、他にも多数確認が取れている。
また先日猛獣を連れた一団も目撃されている、十分に注意せよ」
「まぁ……あそこは金のなる木だから仕方ないか。
つってもこっちは猛獣が裸足で逃げ出すドラゴンがいるから何とも……」
「油断は禁物という事だ。
これが危険と考えられている勢力だ、目を通しておいてくれ」
「ふぅん……帝国や聖国は予想通りだけど暗殺者や盗賊まがいの奴隷商人に街の裏の顔ね……でもなんだよこの虎や熊を連れた一団って」
「はっきり言って何もわからん、だが猛獣を手懐けているという話は聞いている。
またその一団は現在この地に向かっているという情報も得ている。
充分に注意せよ」
「……あぁわか、いや、わかりました国王陛下」
「うむ、では下がれ」
そう言って亮平を退室させたのちに国王は大きなため息を吐いた。
同時に他の貴族たちも冷めたお茶に手を伸ばすなど、各々が気を緩めた。
そして扉の外では亮平が大きく伸びをしていた。
「猛獣を連れててなづけている……ね」
思うところがあるのか、そう呟いてからふかふかとしていて歩きにくい絨毯の上を、ゆっくりと進んでいった。
愛する妻の待つ店へと。
なおその頃愛する妻はとある貴族女性と歓談して、時に冗談を交えて、時にケーキを見せびらかしてと楽しんでいる最中だった。




