サラ&ジョン
「チョコレートパフェ一つ」
そう言って席に着いたのは最近見かけなかった懐かしい男性、ジョンさんでした。
春も中頃、桜も葉桜へと変貌を遂げ始めているこの季節。
もう半年ぶりくらいでしょうか。
相変わらず強面ですが、顔に傷が増えている辺り今も荒仕事に従事している様子です。
「おまちどうさまです、お久しぶりですね」
「あぁ、最近ちょっとじゃじゃ馬の相手をしていたもんでな」
チョコレートパフェをほおばりながら語るジョンさんの横顔には疲労がにじんでいました。
よほど大変なお仕事だったのでしょう。
「まったく、あれじゃ馬鹿でかい魔獣を相手取っている方がよっぽど楽だ」
「ん? 怪我を見る限り戦っていたと思ったんですけど違うんですか? 」
「あーいやこれは……もうすぐ来る本人から聞いてくれ」
もうすぐ来るとはいったい何のことでしょう。
お連れさんでもいるのでしょうか。
そう思って厨房に入った瞬間でした。
お店の扉をガラガラと音を立てながらお客さんが入ってきたのは。
あわてて水をコップに注いでお出迎えします。
「いらっしゃいませ、ってサラさんじゃないですか。
お久しぶりです。
もしかしてジョンさんが言っていたのってサラさんの事ですか? 」
そこには貴族の御令嬢であるサラさんが立っていました。
ただし以前と違うところが1つありました。
「その背中の物はいったい……」
サラさんの背中には大きな槍が括り付けられていました。
「お久しぶり、相変わらず亮様とは仲睦まじくやっているのかしら。
とりあえず本日のおすすめケーキをくださる?
もちろん紅茶付きで。
話はお茶を飲みながらという事で」
そう言われてしまってはこちらもちゃんと接客せざるを得ません。
幸い今の時間はお客さんもいませんし、早々来ることもないのでゆっくりお話が聞けるでしょう。
「どうぞ、モンブランとストレートティーのホットです」
「ありがとう、さて何から話すべきかしら」
そう言ってサラさんはモンブランを一口食べてからゆっくりと語り始めました。
「あれは半年くらい前の事かしら。
私が亮様にの背中を押したころだから、貴方が結婚する直前ね」
「ダイエットを始めた頃ですね」
「えぇ、そのとき亮様に視察という名目で散歩をしてみてはどうかと言われたの。
それで毎日散歩に出かけていたのだけれど、そのたびに護衛がついてくるのがうっとおしくて仕方なかったわ。
そこで考えたのよ、私が一人で歩くにはどうすればいいかって。
答えは簡単だったわ、強ければいいの。
そう気が付いて翌日には兵士の皆さんの訓練に加わったわ。
そこで二月ほど訓練をしていた時に、組手をやろうという話になったの。
でも所詮は貴族の娘だから手加減をされて終わりだと思っていたら、なんとびっくりしたことに一切の手加減なく打ち込んできた馬鹿がいたのよ」
そう言ってサラさんはじろりとジョンさんを睨みつけました。
しかしジョンさんはその視線を無視して二杯目のパフェに夢中になっています。
「それがこのジョナサン、その時はハンターとして対魔獣戦用の戦い方を教えに来ていたらしいのだけどね。
その場の勢いで参加して、珍しく女兵士がいるから力量を図ってやろうと思ったと語っていたわ。
結果は言うまでもなく惨敗、だけど一矢報いたというのかしら。
最後に一撃、鳩尾に突きをくらわせてやったわ」
「あれは女の突きじゃなかった」
3杯目のパフェのパフェに手をだしたジョンさんは遠い目をしていました。
「それ以来兵士長に気にいられたのか本格的な訓練を積みまして、今では兵士たちと互角以上に渡り合えるようになりましたの。
お父様お母様は淑女としてと嘆きますが、今時自分の身も守れない女性に何の魅力があるかと説き伏せましたわ」
「あぁなるほど……でも以前と比べると淑女というには粗暴な面が見えますね」
「……まずいかしら」
「いえ、魅力的ですよ。
以前はガラス細工のように綺麗でしたけど壊さないように傷つけないようにと気になってしまっていましたから。
今の方が魅力的です」
「あら、ありがとうございます。
でもやはり貴族というのは頭が固い者が多く、中には私の事を快く思わない人もいまして。
彼らは私に縁談を申し込んできましたの。
しかも圧力付きで」
「あらあら、それでどうやって断ったんですか」
「圧力には圧力で、権力には権力で、ですわ」
そう言って先ほどまで担いでいた槍を指で突いたサラさんは、お茶を飲み干してケーキを口に運びました。
サービスとしてお茶の御代りを注ぎます。
「本来地位や権力なんてものはそうそう手にはいる者ではありませんが、功績が評価されれば相応の褒賞がいただけます。
その際に、私が望まない婚姻の破棄を願いました」
「ちなみにどんな功績ですか? 」
「指名手配されていた盗賊の討伐と、危険な魔獣の討伐です」
それは……随分とアグレッシブな事をしましたね。
兵士に引けを取らないという事は一介の兵士と同等の戦力という事ですよね。
でもそうなると、指名手配される程手を焼かされた人や魔獣の討伐なんて可能なのでしょうか。
「こいつが引けを取らないのは百戦錬磨の兵士たちだからな。
というか俺相手に一撃ぶち込めるだけでもそこら辺の盗賊よりよっぽどたちが悪いぜ。
ついでに俺のお仕事はその護衛だった」
あぁお転婆姫様の御守を押し付けられたという事ですか。
ご愁傷様です。
「まったく……下地があったとはいえ貴族の娘がこんなに強いなんてこっちの商売あがったりだ。
国王なんか今後貴族全員に武道の心構えを何て言いだしてやがる始末だ」
「下地、ですか? 」
「あぁ貴族ってのは立てるようになってすぐに舞踏の教育を始めるらしい。
それはつまり、身体の動かし方を学ぶわけだ。
自分の身体をどう動かせるか、どう動かせないか、相手が動きやすいのはどう動いた時なのかってのをな。
これは戦士も同じで自分にできる事とできないこと、相手はどう動かれたらいやがるかってことをな。
つまりはほとんど同じことを学んでいるわけだ。
つまりこの姫様は20年近いトレーニングと、持ち合わせの才能が有ったわけで持ち合わせていなかったのは実戦経験のみだった。
幸い根性が座っているせいもあってか、実戦は問題なくこなせていたがな」
そう語るジョンさんの隣で、自慢げに笑みを浮かべるサラさんの鼻をつまんだのは特に意味のない事ですが、サラさんが戦士としての素質を持っているという事はわかりました。
なんでしょうか、亮君にかかわる人ってみんなおかしな人ですよね。
男色の戦士に、筋肉で覆われた魔法使い、貴族女性でありながら戦士、なんていうんでしょうかこういうの。
たしか……脳筋、でしたっけ。




