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襲撃……ではない

 本日は1月8日、魔のXデーの1週間前です。

 ですが今からへこんでいても意味がありませんし無意味です。

 周辺の工事もひと段落してきたので本日から再び開業と相成ります。


 とはいえ工事中は街からのお客さんが減るので、炊き出し形式での営業です。


 今日はおでんと肉まんあんまんの販売。

 種と皮は亮君と東先生が拵えたものを私が蒸して、外ではむっちゃんが販売を行います。

 基本的に蒸すのは私か亮君が担当して、それ以外の人でローテーションです。

 最近はむっちゃんと東先生も王様直々に自由にしていいというお達しが出たので、こういう臨時のお手伝いを依頼する事があります。

 ただ得手不得手の問題がありまして、むっちゃんは料理が苦手で、東先生は男性から不人気という事も有って役割は分担しています。

 

 むっちゃんに料理を手伝ってもらったことはありますが、野菜を切ったり茹で加減を見たりという基本はできるのですが、全てを任せてしまうと時折凄まじい物を生産してしまいます。

 先日料理の練習をしたいと言って台所を貸した際には甘すぎるカレーを作っていました。

 隠し味に砂糖とガムシロップとはちみつを入れたと言っていたのでそれが原因でしょう。

 隠し味は隠してこそ意味があると教え込むのに3時間を要しました。


「あんまんは火傷に気を付けてくださいね」


 接客をこなしながらも隣で蒸し加減を見ているむっちゃんを監視します。

 悪い子ではありませんし、変なアレンジをしなければ美味しい料理を作るのですが注意は必要ですからね。

 あと亮君は良識の範囲内で突拍子もない悪戯をするのでしっかり見張っておかないといけません。

 そこは東先生が何とかしてくれるでしょう。

 先日サービスと言って具の入っていない水餃子をお客さんに出したことはまだ許していません。


 夕方になって肉まんもあんまんも完売して残すはおでんのみとなった段階で、むっちゃんと東先生のお仕事は終了となりました。

 あとは私と亮君で充分です。

 お給金とおでんを渡すと二人は屋外に設置された席を探してどこかに行ってしまいました。

 二人のお給金からは予めおでん代が引かれた分が入っています。

 当初お給金満額を支払っていたのですが、毎回その中からお金を取り出してご飯を食べていくのでこうしたらどうかという提案をした結果こうなりました。


「亮君、食材ももうすぐなくなりますから今ならんでいる人で最後にしましょう」


「了解、最後尾でそう伝えてくるわ」


 そう言って亮君は列の最後尾で本日終了と声を上げ始めました。

 一応あと40人分くらいは提供できるのですが、余る分には問題ありませんので適当なところで区切っておきます。


「ふぅ……」


 30分ほどかけてお客さんをさばき終えてからため息をつきました。

 最近サボり気味だったので疲れてしまいました。

 西の空もすでに暗くなり始めています。

 良い夕焼け空でした。

 この後は明日の仕込をしてから残り物のおでんと、安い日本酒で亮君と乾杯です。


「おつかれぇ、明日の仕込は何をする? 」


「んーおでんは継続ですね。

今晩のうちに3回は温めて冷ましてを繰り返しておきたいです。

あと肉まんあんまんは手が足りないので継続は難しいですね」


「だったらおにぎりとかどうかな。

ほらコンビニでも売ってるし手ごろだと思うんだけど」


「おにぎりですか……確かにみなさん食べて直ぐに仕事という方もいますからね。

手軽なのはいいかもしれませんね」


「俺としては、嫁さんの手汗がしみ込んだご飯を他人に食わせるのは癪に障るんだけどね」


「亮君気持ち悪いです」


 思わず本音が出てしまいました。

 けど結婚してから亮君は少々オープンになりすぎていますから釘を刺しておくという意味ではこれくらいの言動は許されるでしょう。


「でもそうですね、衛生の事を考えると素手で握るというのも……あぁそういえばサランラップでご飯をくるんだタイプのおにぎりならどうでしょう。

俵型のおにぎりになっちゃいますけど断熱作用も有るのである程度であれば暖かいおにぎりが食べられますよ」


「あぁ、それはいいかも。

この寒空の下で冷たいおにぎりってのもあれだしね。

ついでにほうじ茶でも出そうか」


「おにぎりにほうじ茶となるとたくあんもほしいですね」


 酸っぱい梅のおにぎりを、ほうじ茶で流し込んで口がさっぱりしたところでたくあんをかじる。

 昔ながらの組み合わせというのはどうしてこう素晴らしいのでしょうか。


「それじゃあ下の料理は決まりだね……ん? 」


 ふと亮君があさっての方向に目を向けました。

 何かに気付いた様子ですが、目を凝らしているという事は遠くで何かあったのでしょうか。

 私もそちらに目を向けますが、何も見えません。


「んー? 」


 しかし亮君は目を細めて何かを睨んでいます。

 そしてすぐにそれが何かを理解したらしく、お店に駆け込んで刀を手に取りました。

 それから私をお店に放り込んでから、お店の外で怒鳴り声をあげました。


「全員茜さんの店に入れ!

今すぐにだ、仕事を捨て置いてでもだ!

ドラゴンがこっちに向かってきている! 」


 その言葉を聞いた人が雪崩のようにお店に押し寄せました。

 店員ギリギリですけどどうにか全員はいりました。

 私はお店の入り口から亮君と、亮君の見ていた方向を見ると空中にゴマ粒のようなものが見えます。

 それが徐々に肥大化、いえ近づいて来ているのでしょう。


「あれがドラゴンですか? 」


「あぁ……でもあれたぶん……」


 言葉を濁す亮君をみて違和感というか……奇妙な感覚になります。

 初めてサラさんに出会った時に亮君が見せた微妙な表情と同じです。


「あ、デジャヴってやつですね」


 違和感の正体に気が付いて手を叩きました。

 なるほどなるほど、これは面白い感覚ですね。


「何の用だニルセン」


 しばらく待つと亮君の前に巨大なドラゴンさんが降り立ちました。

 その際に強風で建築中の建物が数件吹き飛んだのを横目に見ながら聞き耳を立てます。


「亮平が婚姻の儀を終えたと聞いてはせ参じた。

他の長から土産物を預かっている、受け取ってほしい」


 赤いドラゴンさんから声が聞こえてきました。

 渋い男性の声ですね。

 この世界はドラゴンさんでもしゃべるんですね。


「それもう1か月以上前の話だぞ」


「そんなに経っていたのか」


「それとそのでっかい姿で来られると迷惑だって前に言ったよな。

見ろ家屋が吹き飛んじまった」


「……申し訳ない、だが今回持ってきた土産物はこれらの建物以上の価値があるはずだ」


「建物はどうでもいいんだが中に人間がいたらどうなっていたか考えてみろ。

間違いなく死んでいたぞ。

別に命はかけがえのない物なんて言うつもりはないが、少しは気を遣え」


「すまない、反省している、だから許してほしい、それとお前の妻は料理人だと聞いたので何か食べさせてほしい」


「反省の色を見せろ赤トカゲ」


 亮君が怒っているのを初めて見た気がします。

 でも目の前にいるドラゴンさんを赤トカゲと呼ぶとは……羽が生えていてうちのお店より大きいトカゲさんというのは……スケールが大きな話ですね。


「貴様、我をトカゲと呼んだか。

食ってやろうか下郎が」


「腹下しても知らねえぞ。

なんならジョナサン呼んで来てやろうか」


「……誠に申し訳ない」


 ドラゴンさんの顔色が一瞬で変わって、平伏するのを見て近所にいた犬を思い出しました。

 たしかお隣さんが飼っていた犬で、脱走の常習犯ですけどうちの食べ物の香りに釣られて店先で捕まるといった行為を繰り返していたわんこです。

 ゴールデンレトリバーの雄だったのですが、大きい体の割には小心者でした

 よく飼い主さんに怒られてしゅんとしていましたね。


「まったく……お前の腹を満たせるほどの食料は残っていないぞ」


「構わん、ついでにしばらくこの地にとどまらせてもらいたい」


「それは俺の嫁さんに聞いてくれ、あと王様」


「人間の王からの許可はもう得ている。

あとはお前の妻のみだ」


 王様何時の間にそんな話をまとめたのでしょうか。

 私にも教えておいてほしかったのですが……いえまあご多忙なのは理解しているんですけどね。


「こう、炎を吐かれたくなければいう事を聞けと」


 まごう事なき脅しですね。

 王様は今胃を痛めている事でしょう。


「まったく……ちょっと待ってろ。

というわけで茜さん、あいつはドラゴンのニルセン。

ドラゴンの中でも炎に強い奴で、一番俗っぽい馬鹿なんだけど適当なところに住まわせられないかな」


「んー私の土地とはいえ、私個人で決めてしまうのは問題ですからね。

ほら、自分の庭でトラを飼うような物じゃないですか」


「まあ……たしかに」


「というわけで皆さん、あれ飼ってもいいですか? 」


 ちょうどお店の中に皆さん集まっていらっしゃるので振り向きながらそう尋ねました。

 すると全員が首を何度も縦に振ります。

 そして一部の商人は剥がれ落ちた鱗を買い取らせてほしいとも言ってきました。

 そう言えばゲームとかでは定番ですよね、ドラゴンの鱗って。


「ドラゴンの血は酒になるし、骨や鱗は武具、肉や内臓はそのまま食料に、眼球は魔法の触媒になるからね」


「まるで鯛ですね」


 捨てるところがないというのは素晴らしい事です。


「でも……これ工事長引いちゃいますね」


「あいつに手伝わせよう」


 そう言って亮君はあくびをするドラゴンさんを、ニルセンさんを指さしました。

 こんな場面であくびとは確かに俗っぽいですね。

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