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お正月

「もーいーくつねーるとーおーしょーおーがつー」


「茜さん、今日がお正月だから。

あと364回寝ないと次のお正月こないから」


「あら、亮君。

今年はうるう年ですから365回じゃないですか? 」


「……こっちの世界に長くいたせいでそういう感覚はもう残ってないんで」


 そう言えば5年くらいこっちにいたんでしたっけ。

 確かにそれくらいカレンダーと無縁の生活をしていれば忘れてしまいますね。


「こっちの世界ってカレンダーないんでしたっけ」


「あるよ、ただ地球の物とはだいぶ勝手が違うし使うのも商人か貴族くらいの物だけどね」


「そうなんですか。

確かに地球でも産業革命以前は時間感覚も適当だったって東先生が言ってましたね」


 あの人は歴史に詳しいですね。

 世界史の先生だったのでしょうか。

 でも手先も器用ですし……でもスーツ着ていましたし……。

 今度きいてみましょう。


「そうだ、今年は初詣にいけない分神棚にお参りしておきましょう」


 ふと思いついたので神棚に向かって二礼二拍手一礼します。

 こういう時は音を鳴らして拍手するといいんでしたね。

 お葬式やお墓の御参りの時は鳴らしてはいけないって聞きましたけど。


 あとお参りする時は自分のプロフィールを詳しく言うといいんでしたよね。

 でも住所とかってこの場合なんて言えばいいんでしょうか。


 わかりません。


「茜さんと一緒にいられますように」


「亮君、わざとですね」


「うん、神様よりも茜さんへのお願いだからね」


 む、そう返してくるとは予想外でした。

 新年あけてヘタレの汚名返上でしょうか。


「なら、私は亮君が健康でいてくれますように、ですね」


「幸介と結婚できますように」


「……むっちゃん!? 」


 意趣返しをたくらんでいたところでいつの間にか背後に立って手を合わせていたむっちゃんを発見して驚いてしまいました。

 この子は存在感はあるのに気配を消すのがうまくてびっくりします。


「いつからいたんですか? 」


「蒼ちゃんが歌い始めた時から」


 最初からでしたか、なんで気づかなかったんでしょう。

 もしかしてどこかに隠れていたのでしょうか。


「ちなみにご用件はなんですか? 」


「着物を借りれないかなと思って」


「御着物ですか?

有りますよ、お母さんのでよければいくつかあったはずです」


 一応定期的にお手入れはしているので虫食いなどはないはずですけど、とりあえず見てみましょう。

 着付けも覚えていますし、せっかくなんで私も着てみましょうか。

 確か藍色の奴があったはずです。

 私がもらった御着物は振袖なのでもう着る事は出来ないんですよね。

 そっちをむっちゃんに着てもらいましょうか。


「亮君はここで待っててください。

覗いたら本気で怒りますからね」


「奥さんの裸に興味はあっても他人の恋人には興味ないから安心して」


 存外信用できない言葉が返ってきましたけど、この際よしとしましょう。

 たしかお母さんの部屋に置いてありましたよね。

 今は半ば物置になっていますけど。


「蒼ちゃんのお母さんの部屋……」


「えぇ、私がお店を継ぐと同時に前のお仕事に復帰しちゃったので空き部屋になっているんですよ」


「お父さんは? 」


「もともと放浪癖がある人なので」


 お母さんはもともとお茶の間で人気の料理人だったのですが、お店をおばあちゃんが亡くなった際に受け継いでからしばらくはテレビのお仕事を離れていました。

 それで私が成人して、お母さんに弟子入りする事となって、お店を引き継いでからしばらくは一緒にやっていたのですが免許皆伝という事で私個人のお店wとなりました。

 お父さんはマスコミの関係者ですが、各国を放浪しては時折放浪記を雑誌に掲載しています。

 変わった二人ですが折り合いはとてもよかったです。

 今は何をしているんでしょうか、私とお店の行方不明を悲しんではいるでしょうけどいつまでもうじうじしているような人達ではないので今は仕事に一所懸命になっているでしょう。


「蒼ちゃん? 」


「あ、ごめんなさい。

二人の事を思いだしてしまって」


「……辛い事を思いださせちゃった」


「いえ、二人とも存命ですよ。

ただ久しぶりに会って話がしたいな、二人のご飯が食べたいな、亮君を紹介したいなと思っただけです」


「それを神様に願えばよかったのに」


「そんな事をしたら二人がこの世界に来ちゃうかもしれないじゃないですか。

それよりむっちゃんはいいんですか? 」


「私は幸介がいればいい。

お父さんもお母さんも大切な家族だったけど、もういないから」


「……ごめんなさい、無神経でしたね」


「そうでもない、二人とも若くして亡くなったけど幸介とおばさんおじさんが良くしてくれたから。

でもおじさんおばさんも一昨年亡くなってるから」


 ……想像以上に過酷な人生を送っていたむっちゃんに脱帽です。

 


「蒼ちゃん、それより着物の着付け教えて」


「え、あ、はい、いいですよ」


「やった」


 ほんのり笑みを浮かべているむっちゃんを可愛いと思うのは普通の事ですよね。

 とりあえず箪笥から何着か御着物を出して、私の部屋にむっちゃんを連れて行きます。

 藍色、茜色、藤色、紅色、白、橙色の御着物です。

 

「どれがいいですか? 」


「……これ綺麗」


 むっちゃんが選んだのは藍色の御着物でした。

 これは私の御着物だったやつですね。


「それじゃあ教えながら着せてあげるので、あとで私に着せてみてください。

私は……藤色のこれにします」


 ちなみにむっちゃんに着せてあげようとした藍色の御着物は少々窮屈そうでした。

 さらしを巻いた胸周りが。


 着せていて分かったのですが、むっちゃんは小柄なのに胸は大柄です。

 何を食べたらそんなに大きくなるんでしょうか。

 うらやましい限りです。


「こうやって、こう? 」


「えぇ、そうです」


「それで、こう……完成? 」


「えぇ、完成です。

上手ですよ」


「うん、蒼ちゃん起伏が少ないから着せやすかった」


 ……思わず額に青筋が。

 いえ、気を取り直して化粧棚においていた髪飾りを手に取ります。

 その中からよさげな物を選んでむっちゃんの長い髪を留めました。


「……これが私? 」


「お決まりのセリフですね」


「一回言ってみたかった」


「でも美人さんですよ、これなら東先生も陥落します。

真珠の涙を浮かべればイチコロですよ」


「真珠……? 」


 あら、通じませんでしたか。

 ジェネレーションギャップという物ですね。

 結構ショックですね。


「それじゃあ、さっそく東先生に見せに行きましょう。

……いえ、東先生をここに呼んじゃいましょうか。

せっかくだから一番に見せてあげたいですよね」


「……うん」


 そうと決まれば、ゆっくりと階段を下りて亮君のところへ向かいます。

 そう言えば私の着物姿のお披露目も初めてですね。

 夏に浴衣でもきたらよかったかもしれません。

 来年はそうしましょう。


「亮君」


「ん、終わった?

おー茜さん三割増しで美人」


「それはどこ調べで三割増しなんでしょうか。

っとと、話がそれますね。

えーと、むっちゃんが一番最初に東先生に着物姿を見せてあげたいそうなので呼んで来てもらっていいですか? 」


「そういう事ならお任せ。

茜さんに行ってもらったら途中で転びそうだからね」


 失礼な、そんなドジはしませんよ。

 ……いえ慣れない格好だからこそやりかねませんね。

 でも酷い言いぐさです。


「それに他の男に茜さんの綺麗な姿を見せるのは、悔しいし」


「嫉妬も独占欲も男がやるとかっこ悪いですね」


「……いいじゃん」


「そうですね、それが私に向けたモノなら許しますよ。

でも他の女の子に向けたらねじ切りますからね」


「は、はい」


 股を抑えた亮君が冷や汗を流しながら外に出ていきました。

 冗談交じりだったんですけど、そんなに怖かったのでしょうか。

 というよりどこをねじ切られると思ったのでしょうか。


 そんな謎を残した亮君は五分ほどでお店に戻ってきました。

 その後ろにはスーツではなく、亮君が買ってきたラフな服装の東先生がいました。


「今むっちゃん呼んできますね」


 東先生を確認してすぐに二階に上がってむっちゃんを呼びました。

 しかし返事がありません。


「むっちゃん……? 」


 眠ってしまったのかと不安になって部屋を覗くと、そこには漫画に夢中になるむっちゃんがいました。

 あれは……お父さんが昔買ってきた漫画ですね。

 黒い犬が兵士になっているおはなしです。

 なんちゃら三等兵でしたっけ。

 だいぶ古い漫画だったと思います。


「むっちゃんそれ気にいったんですか? 」


「気にいったというよりもレアもの、読んでおきたかった」


「今度貸してあげますよ。

それより東先生来ましたよ」


「ん、すぐに行く」


 漫画を丁寧に本棚に戻してから二人でゆっくりと階段を下りました。

 足が動かしにくいので地味に階段がつらいんですよね、御着物って。


「幸介……似合う? 」


「あ、あぁすごく似合ってる。

えーと、七五三みたいで」


「むっ」


 余計なひと言をつけたした東先生はむっちゃんの怒りを買ってしまったのでしょう。

 背伸びをしたむっちゃんにデコピンをされていました。

 仲良きことは美しきかな、けれど乙女心は勉強が足りませんね。

 先生なのに。


「ところで東先生、むっちゃんお腹減っていませんか? 」


「あ、はいお昼食べていなくて」


「私も、朝は寝ていたから抜いた」


「じゃあみんなで御雑煮でもどうでしょうか」


 そう言った瞬間、皆さんの目が光ったような気がしました。

 日本人は御餅大好きですからね。

 それにこの寒い季節、お雑煮のような温かい物はうれしいですから。

 

「じゃあ簡単に作っちゃいましょう」


 レシピは単純、昨日の年越しそばに使ったおつゆの残りに一口サイズに切った鶏肉、あまったてんぷらを投入してぐつぐつと煮込みます。

 そしてお餅は表面がパリッとして破裂するまで七輪で焼いたものをおわんに入れて、上から鶏肉とてんぷらを煮込んだおつゆを流し込んで完成です。

 オーブンやレンジを使えば十分ほどで出来上がるうえに、年明けでご飯の準備が面倒な時にはピッタリなメニューです。


「いただきます」


 みなさんお餅を伸ばしながら黙々と食べます。

 特に男性陣は、大きくほおばってからしっかりと噛んで飲み干しています。

 お餅はのどに詰まりやすいですからね、しっかり噛むのはいい事です。


 でもこのままだとおかわりが来そうなので七輪にまた御餅を乗せます。

 これで数分で焼きあがるでしょう。


「御代りは有りますので各自自由に食べてくださいね」


 そう言うと亮君と東先生は二つ目の御餅に手を伸ばしました。

 程よく焼け目がついてぷっくりと膨れ、今にも破裂するのではないかという絶妙な焼き加減の物に。


「東さん、ここは先輩を敬うべきでは?

俺ここ五年お餅なんか食えなかったんだし」


「いやいや、老い先短い年長者に譲るべきではないかな」


「いただき」


 二人が喧嘩を始めそうになった瞬間に、むっちゃんがそのお餅を奪ってしまいました。

 がっくりと肩を落とす二人でしたが、次の御餅が程よく焼けるのをじっとこらえるのは、ご飯を前に待てといわれた犬のようで可愛らしかったです。

10月6日2度目の投稿です

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