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大晦日

「茜さん、オーダー。

かけそば3、トッピングがそれぞれかきあげ、肉盛り、ねぎだく。

ざるそば2、とろろが1」


「はーい、ざるそばそこにあるので持って行ってください。

とろろは冷蔵庫です。

こっちはかけそば用意しておきますね」


 本日は大みそか、日本であれば休日ですが当店は絶賛開業中です。

 本当は炊き出しもお休みさせてもらうつもりだったのですが、私と亮君、むっちゃんと東先生の分のおそばとその付け合せを発注したところ数を間違えてしまい大量の在庫を抱えてしまいました。

 それを解消するため、亮君に謝って臨時開店と至りました。

 ただしおそばと付け合せ以外の料理はお出しできないという事になっています。

 お酒は物によりけりですが日本酒ならいくつかストックがあります。


「茜さん、あの二人が来たよ」


 亮君が厨房の外から声をかけてくれました。

 今の作業がひと段落したところで店先に出て、むっちゃんと東先生に挨拶をします。


「すみません慌ただしくて」


「いやいや、商売繁盛で何よりです」


「東先生のくれた木彫りのおかげですね」


 あの木彫りの神様は今お店の神棚に収められています。

 この神棚は先日大工さんに作成を依頼した物だったのですが、その代表でもある親方さんが恩返しと言って無料で作ってくださいました。

 なので今日のおそばとお酒は格安になっています。

 赤字にはなりませんけど下限ぎりぎりのお値段なので銅貨数枚でお腹いっぱいになれるでしょう。


「それで、僕たちもおそばをもらってもいいかな。

せっかくの年末だし夫婦水入らずの時間も必要でしょうし」


「あら、お気づかいありがとうございます。

では心遣いに感謝しつつメニューをどうぞ」


 そう言って私が差し出した即席メニューには「かけそば」と「ざるそば」の二つしか書いていません。


「……蒼ちゃん、手抜き? 」


「違いますよむっちゃん。

ほらその下、トッピングって書いてあるでしょう? 」


 実際は手抜きも含んでいます。

 おそばのメニューを網羅しようとするとスペースが足りませんから。


「ならかけそば、カレーわさびとろろ卵トッピング」


「ぼくもかけそばを、トッピングはとろろで」


「かしこまりました、お好きな席へどうぞ」


 二人の注文を受けて準備をします。

 私がおそばを茹でている間に亮君がトッピングの用意をします。


 そしてゆであがったおそばに熱々のめんつゆをかけて、トッピング、それを運びます。


「いただきます」

「いただきます」


 二人が手を合わせてからおそばを啜り始めたのを確認して、厨房に戻りました。

 そしていつもは棚の横に置いてあるパイプ椅子を取り出して、熱いほうじ茶を用意してホッと一息つきます。


「亮君、一緒に休憩いかがですか? 」


「んーちょっとまってね……

よし、休憩入ります」


「はい、どうぞ」


 亮君にもほうじ茶を差し出して、一つのパイプ椅子に二人で腰かけます。

 狭いので背中合わせですけど、暖かくていい気持ちです。


「んー茜さんの顔がみれないのが残念。

膝に座らない? 」


「どちらにせよ結局顔は見れませんよ」


「いや、対面で」


 その光景を想像して思わず顔が赤くなります。

 今日はお仕事の予定はなかったので普段のようなズボンではなく、ロングスカートなのでちょっとそれははしたないです。


「茜さんの心拍数が上昇」


「そういうのは口に出さない方がいいですよ、痛い目にあいますから」


 照れ隠しを込めて亮君の太ももをつねります。

 けれど全然痛くなさそうですね。


「これで見れた」


「……まったく、ヘタレな癖になんでこう積極的なんでしょうね」


「……茜さんも一言余計だよね」


「似た者夫婦ってことでいいじゃないですか」


 呆れながらも笑顔で返した亮君にこちらも笑みを返しました。

 けど休憩時間はすぐに終わりを告げました。


「お会計お願い」


 お客さんに呼ばれたとあっては行かなければなりません。

 湯呑を流し台においてそちらへ向かいます。


「銅貨5枚です」


「うーい、ごちそうさま」


「またどうぞ」


 こうしてこの世界に来て初めての大みそかはゆっくりと過ぎていきました。

 そして、東先生もむっちゃんも、他のお客さんたちも全員帰ってようやくcloseの看板を出せた頃には時計の針は十一時を指していました。


「もうこんな時間ですか」


「うん、でももう付け合せの材料なさそうだね」


「んー野菜の廃棄部位とお肉が少々、すりおろしていないわさびと、とろろ芋。

これだけあればいろいろ作れますよ」


「そうなの? 」


「えぇ、ちょっと手伝ってください」


 まず大根とにんじんの葉っぱをよく洗います。

 これは亮君にお任せして、私はお客さんにお出しする際に剥いていたわさびの皮を細く刻んでいきます。

 続いてとろろ芋も棒状に刻んで、大根とにんじんの葉っぱもざく切りに。

 それをトレーに残った溶きてんぷら粉につけて油でカラッと揚げます。

 大根とにんじんの葉っぱで作った緑のかきあげと、わさびととろろで作ったトロぴりかきあげの完成です。

 更に売れ残ってカピカピになったお肉をわさびの葉っぱで巻いてから同じように溶きてんぷら粉につけて揚げれば油を吸ってジューシーになった肉揚げができます。

 これもワサビの風味があってピリリとして美味しいんです。

 本当はしその葉っぱとかでやるのですが、今回は代用です。


「夜食べる割には揚げ物ばっかだね……」


「おそばに合う付け合せがこれしか思いつかなかったんですよ」


「俺はいいんだけど茜さんは大丈夫? 」


 そういって私のお腹を見つめる亮君の手を取ります。


「今なんで私のお腹を見たんですか? 」


「いや……別に」


 言葉を濁したので関節を捻っておきます。

 少々大げさに痛がっている亮君ですが、声と顔は笑っています。

 実際捻ったと言ってもそれほど痛くないレベルでやりましたから。


「まったく、冷めないうちに頂きましょう」


「そうだね、いただきます」


 おそばをテーブルに運んで、するすると一口すすります。

 それから別の御皿に置いておいた揚げ物をかじるとサクサクっという歯ごたえが。

 てんぷら粉を溶く際にビールを使ったおかげでサクサクに仕上がっています。

 アルコールは水より揮発性が高いため、このようにサクサクになるそうです。


 サクサク感を堪能した後は残りの半分をおそばのツユにつけてしっとりとさせます。

 この麺ツユでしっとりさせたてんぷらをご飯に載せて和風天丼にしてもおいしいのですが、ご飯を炊いていないので今回は断念します。


「このかきあげワサビの風味が鼻に来る……」


 わさびととろろのかきあげをそのまま食べて鼻を押さえている亮君にお茶を渡しました。

 そのかきあげはおそばと一緒に食べるのが正解だったんですけど言い忘れてしまいました。


「あ、こうやって食うのね」


 食べ方を教えてあげると夢中になって食べ始めました。

 ある程度おそばを残しておいてよかったです。

 おかわりの分も有りますし。


 それからしばらくしてお腹を抱えた亮君と私がいました。

 ウェストがきついのでスカートのホックをはずしたいです。


「あーこれから除夜か、寝そう」


「寝ないんですか? 」


「うん?

あぁ、大みそかから元旦にかけては眠らずに干支をお迎えするって風習があるんだよ。

これはこっちの世界じゃなくて日本の話ね。

それで夜を除くってことで除夜。

本当は除夜の鐘を鳴らしてから初日の出を見るのが作法だけどね。

そんで元旦はゆっくり眠って二日から正月行事を行うのが正式なんだって」


「へぇ、詳しいですね」


「東さんから教わった」


 東先生博識ですね。

 でも除夜ですか、私はうっかり眠ってしまいそうですね。


「せっかくだから朝まで語り合うのはどうかな。

ホラー映画でも見ながら」


「亮君私が怖いの苦手って知ってて言ってますね」


「もちろん、トイレにもついて行ってあげるしお風呂にも一緒について行ってあげるよ」


「……お風呂はともかく、トイレまで付いてこられるのは嫌ですね」


「お風呂はいいんだ……」


「夫婦ですから」


 少し恥ずかしいですけど裸くらいみられたところでどうなるわけでもありませんからね。

 まだ事には及んでいませんが、そのうちそういう事をするときも来るでしょう。


「んー今回は辞めておこうか。

でもお話しするにもネタには限度があるし……ホラー以外に何かない? 」


「私の一押しは古今東西お笑い大百選ですね」


「……茜さんって時々おっさんみたいな趣味してるよね」


「誰がおっさんですか。

まだこれでも27歳の乙女ですよ」


「茜さんの乙女発言久しぶりに聞いたよ。

あれ、でもこっち来て一年経つのに年齢変わらない……? 」


 ぐ……痛いところを突かれてしまいました。

 でも私がこっちに来たのは春ですから。


「茜さん早生まれ? 」


「えぇ、一月が誕生日です」


「一月……じゃあ誕生日プレゼントは楽しみにしててね」


 そう言って亮君はいい笑顔をして見せました。

 でも女の子にとって誕生日を迎えてうれしいのは16歳と20歳くらいなんですよ。

 結局それからは除夜を過ごすべく、二人でDVDを見たりむっちゃんからもらったボードゲームをしたりと時間をつぶしていたのですが、3時を過ぎた頃にはどちらからともなくベッドに倒れ込んで眠ってしまいました。

 途中から寄り添っていたので温かくなってしまったのでしょう。

 そして朝起きると亮君の顔が目の前にあるというハプニング、新年早々びっくりでした。

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