二人の
祝賀会から一週間が経って、お店の周りで基礎工事が始まりました。
また私の所有地には木製の柵が設けられ始めました。
この柵は後日規模の拡大が図られることを考慮して、一定の大きさになるまではこのまま使用するそうです。
最悪の場合は目と鼻の先に国都があるのでそちらへ避難するという話になっています。
「……なんだか落ち着かないですね」
お客さんがたくさん来るのは珍しい事ではありません。
けれどその半数が兵士だったり、貴族だったりとお金と自衛手段がある人ばかりです。
もちろん一般のお客さんもたくさんいらっしゃるのですが、そう言った方は貴族や兵士、商人に同行してくるという方が多く、現在のようにお店が一般の方々で埋まるというのはとても珍しいです。
その理由に周辺で行う工事の為、国から護衛の兵士を派遣しているから一般のお客さんも足を運びやすくなっているそうです。
「そうだねぇ。
あ、茜さん梅酒二つ」
亮君から注文を受けて梅酒を二つ渡します。
今は夕刻ですのでお酒の注文も一定数あります。
「亮君、卵と大根はもうそろそろ出せますよ」
「わかった、メニューのシールはがしてくる」
今はもう十二月、という事で冬メニューがスタートしています。
その中でも目玉となっているのが特性おでん。
オーソドックスなネタは網羅した茜屋特製のおでんです。
今は品切れになっていたのですが、その分の追加も終えたので亮君にはメニューに貼ってあるシールをはがしてもらいます。
「ちょっとつまみぐい、もとい味見を……」
小皿に大根を乗せてお箸を刺します。
割りばしの平たい先端でも手ごたえなく刺さりました。
いい塩梅です。
刺したところからゆっくりとお箸を動かして、大根を縦に割ります。
そして更に細かく裂いていき、一口大になった大根を口に運びます。
噛まなくてもほぐれるように潰れて、中からは御出汁をたっぷりと含んだツユがじゅわっとあふれてきます。
我ながらほっとする味です、ホットなおでんだけに。
「あ、茜さんまたつまみ食いしてる」
「失礼な、味見ですよ」
「へぇ……ん、うまい」
私が細かく裂いた大根の一欠けらを手で摘まんでパクリと食べた亮君は頬をほころばせます。
熱くないんでしょうか、言ってもらえれば食べさせてあげたんですけどね。
「一味、もしくは七味をかけてもおいしいんですよ。
おでんと言えばゆず胡椒かからしって人もいますけど、私の一押しは一味です」
「へぇ……確かに冬の寒い時期にはいいかもね」
その通り、おでんは冬の今だからこそ美味しいんです。
夏に食べてもおいしいのですが、かき氷が夏に食べてこそという意見と同じです。
「ちなみに茜さん一押しは大根? 」
「いえ、ちくわぶです。
大根もいいのですが、ちくわぶが最強です。
それからはんぺんが正義です」
「へぇ……おれは卵が好きだから二人で食べる時には取り合いにはならなそうだね」
「亮君と食べるなら半分こもやぶさかではないですよ。
なんならポッキーゲームみたいに食べますか? 」
「……ちくわぶでポッキーゲームって色気ないなぁ」
想像してみると確かに間抜けな光景です。
というよりも唇が熱いでしょうね。
「そうですね、どうせならちゃんとお菓子でやりましょう」
「じゃあお客さんが帰ったらね」
そう言って笑う亮君の目は、獲物を見つけた肉食動物のようにぎらぎらとしていました。
これは墓穴を掘ったかもしれませんね。
「すみませーん」
そんな話をしているとお店の扉が開かれて、お客さんが入ってきました。
珍しいですね、こんな風に声をかけて入ってくるお客さんは。
「俺いってくるよ」
亮君が店先に出ていきました。
そして残りの大根を食べてしまおうと小皿に手を伸ばした瞬間、亮君が戻ってきて私の腕をつかみました。
「え? なんです亮君。
急に、いえそんなまだお客さんが」
「ちょっと来て茜さん! 」
必死の形相でそう叫んだ亮君を見てただ事ではないとわかりました。
いけませんね、最近頭の中がピンク色になっています。
気を引き締めて、亮君に引かれるままについていきました。
そこにいたのは黒髪黒目の男性と茶髪黒目の女性の二人。
格好はスーツと、ブレザーの男女。
女性の方がブレザーを着ているので学生さんでしょうか。
そこまで考えて気が付きました。
なんでここに学生がいるんですか?
「あの……お二人とも日本ってご存知ですか? 」
もしかしたらこちらの世界にも似たような文化があるのかもしれないと思ってそう声をかけます。
すると二人は不思議そうな顔をしてこちらに向き直りました。
「知ってるも何も、ここは日本じゃないんですか?
北海道のどこかだと思っていたんですけど」
スーツ姿の男性がそう答えました。
あぁ、まあ確かにいきなり異世界に来たとか考えませんもんね。
「どこから話していいやら……亮君、とりあえず王様呼んできた方が良くないですか? 」
「そうだね、俺ちょっと行ってくるから茜さんはこの二人をお願いしてもいい? 」
「はい、任せてください」
そう言って亮君を見送って、残った二人を適当な席に案内します。
お客さんはまだ残っていますが、みなさん帰り支度を始めています。
王様が来ると聞いてただ事ではないと思ったのでしょう。
申し訳ない事をしてしまいました。
「みなさん、本日のお代は結構です。
追い出すような形になってしまい申し訳ありませんでした」
「きーにすんなよー」
「またくるぜぃ」
「ありがとなー蒼井ちゃん」
お客さんは口々にそう言ってくれたので今は良しとしておきます。
最後の一人が出て行ったところで軒先にcloseの看板を出して、ココアを淹れて二人に差し出します。
それを見てごくりと喉を鳴らした二人はこちらに視線を向けてきました。
「今回はお代は結構ですよ。
お腹が減っているなら、おでんくらいならすぐに出せますけど」
「……申し訳ない」
「構いませんよ、ちょっと待っててくださいね」
二人がココアを飲んで一息ついたのを見てから厨房に戻って、器におでんを入れていきます。
不公平の無いように各種二つずつ入れてたものです。
「お待たせしました。
それを食べたらお話を聞かせてくださいね」
「はい」
「ありがとうございます」
そう言ってお箸を手に取り、熱さも気にせず飲み下さんばかりの勢いで食べ始めた二人を見ておかわりが必要かなと思いまた厨房に来ました。
おでんはまだ残っていますが、こればっかりというのも気が引けるのでちょっと手を加えます。
溶き卵に冷やしたおでんのツユを加えてフライパンで焼いたものを丸めて、だし巻き卵を。
それから定食用の鮭を焼いて、ご飯をよそって簡単な定食風に仕上げました。
「よければこちらも」
そう言って差し出すと二人は涙を流しながらお米を食べ始めました。
よほどお腹が減っていたのでしょう。
女学生さんはまだしも見るからに成人男性であるスーツの方が涙を流すなんてよっぽどです。
「そんなにあわてて食べると体に悪いですよ。
はい、お茶。
温めにしてありますから」
やけどをしない程度の温度にしたお茶を二人に差し出して、おでんの器を片付けてしまいます。
そのついでに他のお客さんの後片付けと、テーブルの清掃を終えて二人のところへ戻るとすべて食べ終えていました。
「ティッシュ、どうぞ」
涙や鼻水、お茶や食べかすで見るも無残な姿になっている二人にティッシュとゴミ箱を差し出しました。
身なりを整えている間にお茶の御代りを持ってきます。
「おちつきましたか? 」
「えぇ、えーと」
「蒼井です、蒼井茜」
「蒼井さん、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げた二人を見てどうしたものかなと思います。
とりあえず話だけでも聞いておく必要があるのですが、なんて聞きましょう。
「蒼井さん、ここは日本じゃないんですか?
ならいったいどこなんですか、ロシアですか、グリーンランドですか」
「えーと……」
そう言えばこの国なんて名前でしたっけ。
えーとクリオネ王国でしたっけ。
「あの口ぶりからすると日本じゃないんですよね。
それに途中通った焼けた山は、ここ数か月あのような事件は聞いた覚えがありません。
それにGPSも携帯電話も全てが使えない。
教えてください、ここはどこなんですか」
「おちついてください、全て説明します。
ただし、私の言葉を信じるかはあなたたち次第という事を念頭にお願いしますね」
「……すみません」
「とりあえず私がわかる範囲で言うと、ここは不思議の世界です」
亮君から教わった事を話せば大丈夫でしょうか。
他にいい話もないのでこれで通しますけど。
「は? 」
「不思議の国のアリスに出てくる不思議の世界。
そして私たちはアリスです。
男性もいますし、私はアリスというのは厳しい年齢ですけどね」
「は、はぁ」
「もっと違った言い方をするとここは地球とは別の世界です」
「…………」
何やら反応が悪かったので言い方を変えてみます。
すると女学生さんは合点がいったというような頷きを返して、スーツの男性は顎に手を当てて何かを考え込んでいました。
「いや、ありえない。
そんな事があるはずがない」
「信じる信じないは任せますけど、話を勧めますね。
それでこの世界では時々こういった、異世界の人間が流れ着く事があるそうです。
そういう人を迷い人と呼ぶんですが、私や亮君、さっきお二人をお迎えした男性も迷い人です。
どちらも地球の日本出身。
住まいは東京でした、お二人もそうですよね」
なんとなく、そんな気がしたので言ってみると二人はおずおずと頷いて見せました。
本当になんとなくだったんですけどね。
「これ以上の説明は私には難しいのであとは亮君にお願いしましょうか。
その間にお二人の話を聞かせていただいてもよろしいですか? 」
そう言えば私はこの二人のお名前を聞いていません。
「申し遅れました、僕は東幸介。
学校で教員をしています」
「私は西野睦美。
幸介の恋人」
「ただの教え子です、こいつなりの冗談なんでお気になさらず」
茶髪の女学生さんはおちゃめさんみたいですね。
今もしてやったりという表情をしています。
でも東先生のフォローが無ければ危うく通報しているところでした。
「私は遊戯部という部活に所属していて幸介はその顧問。
文化祭を控えていたので私は幸介の運転で買い出しに出かけていたら急にふぶいて来て、いつの間にか道もなくなっていた。
それで三日ほどさまよったらここにたどり着いた」
「運転、という事は車があるんですか? 」
思わず身を乗り出してしまいました。
でも車があるというのは朗報です。
「あります、けれどガソリンがほとんど残っていないので……」
あぁなるほど、ガソリンの切れた車は電波の届かない携帯電話、お湯の入っていないバスタブみたいなものですもんね。
でももしかしたらうちのお店の能力で補充できるかもしれませんね。
たしかストーブ用の灯油や薪も補充可能でしたし。
バッテリーなんかは前亮君に頼まれて購入しましたね。
今では物置に眠っていますけど。
「ちなみにご飯とかはどうしていたんですか? 」
「文化祭用に買ったお菓子と飲み物も積んでいたので……」
「それで食いつないだと……幸運でしたね」
「ただいま!
王様連れてきた! 」
そんな話をしていると亮君が帰ってきました。
後ろには護衛を連れた王様が立っています。
本当なら立ち上がってそれ相応の挨拶をするべきなんでしょうけど、そんなことをしたらこの二人にいらぬ威圧感を与えるだけなので座ったまま一礼します。
「貴様! 無礼だろうが! 」
「お前が無礼だボケ」
一人の護衛騎士さんが声を荒げた瞬間、亮君にどつかれました。
今のは私が無礼だったと思うんですけどね……。
騎士さんもお店の外にいたことがあだとなりましたね。
「俺の奥さんだぞ、あの人は。
つまり貴族の婦人、おわかり?
ついでに迷い人だからそこら辺の貴族や王様なんかよりも希少。
言いたいことはわかるよな」
「亮君、そこまでです。
王様失礼をわびますが後ろの二人の事を考えての措置ですのであしからず」
「よい、わかっておる。
それよりもお前らは店の周りの警護を。
儂の警護は亮平一人で充分じゃ」
王様の言葉に護衛騎士さんが一斉に礼をしてお店の扉を閉めました。
亮君にどつかれた騎士さんは不服そうでしたけど。
「では、どこまで話したのかを聞かせてもらおう」
そういって王様は二人の向かいに腰かけました。
それから思い出したかのように一言。
「とりあえず生」
「仕事してからです」
ビールの注文を突っぱねて、改めてお話合いとなりました。




