祝賀会の始まり
朝目が覚めてしばらくボーっとしていました。
左手の指輪を見てにやけ、頭痛で顔をしかめてを繰り返します。
しばらくしてようやく現実を直視したところで、昨晩の暴走を思い出してにやけたまま顔が熱くなってしまったのでお風呂に入るべく、お湯を沸かしに行きました。
そして、上半身裸の亮君が部屋から出てきてばったり出くわしてしまいました。
「お、おはようございます」
「あーおはよう茜さん」
「い、いい天気ですね」
「曇りだね」
何か話題はないかと振ってみたものの見事に外してしまいました。
どうしましょう、気まずいです。
「アカネさん、緊張しないでいつも通りに話してくれればいいから」
「は、はひ! 」
「あ、しばらく無理そうだね」
軽快に笑った亮君は私の頭を撫でてきました。
こんな風に異性から頭を撫でられる日が来るとは思いませんでした。
というかこの年で頭を撫でられるのってかなり恥ずかしいですね。
「俺朝食はいいや、二日酔いで今食ったらたぶん吐く」
「あ、そうなんですか。
私もちょっと飲みすぎちゃって頭が痛いのでさっぱりしようとお風呂に入ろうかなと」
「朝風呂かーでも汚れてないのに風呂ってのは贅沢だよね」
「でも寝ている間って結構汗かくらしいですよ」
私がそういった瞬間でした。
亮君に肩をつかまれて抱きしめられたのは。
地肌に触れて、顔が熱くなります。
しかも亮君がにおいを嗅いでいる音まで聞こえてショート寸前です。
「でも、臭わないね」
「亮君! 」
「それに半裸で抱きしめるもんじゃないね。
乳首に吐息がかかって……」
最後まで言い終わらないうちに両手で口をふさいで言葉を遮ります。
朝から元気すぎですね。
まだお酒が残っているのかもしれません。
「さて、茜さんの臭いも堪能したしちょっと剣振ってくる。
眠気覚ましと酔い覚ましにちょうどいいから」
「いってらっしゃい……」
そう言って立ち去って行く亮君の背中がいつもより大きく見えたのはなんでしょうね。
頼もしさとは別の何かだと思います。
でも、たくましかったですね。
「はっ……」
亮君が訓練に行って私も時間があまりない事を思いだしました。
お風呂に入って昨日終わらなかった仕込みをやって、今日は大忙しです。
それからめったに使わず埃をかぶっていたネックレスを取り出して、鎖に指輪をつけて首からかけます。
お仕事中はこうしていましょう。
「……ふぅー」
そうしてようやくお風呂につかる事が出来て満足です。
それから軽く体と頭を洗って、お風呂上りに牛乳を一杯。
頭痛からも顔のほてりからも解放されてすっきりしました。
お店の方に行くと皆さんもう帰ったらしく、後片付けが終わっていて毛布はゴミ袋に詰め込まれていました。
もしかしたら亮君が指示を出しておいてくれたのかもしれませんね。
けどその数秒後に訓練を終えた亮君が戻ってきました。
裏にある水道で水でもかぶったんでしょう、髪から水が滴っています。
「……ごめん茜さん、酔い覚めた」
「覚めましたか」
「うん、覚めちゃった。
今茜さんを直視できない」
「反省しているのであれば……何も言いませんよ。
まだ式は挙げていませんし、籍を入れたわけでもないですけど夫婦になるんですから……でも自重はしてくださいね。
あまり虐められると私泣いちゃいますよ」
実際恥ずかしさとかそういった諸々で泣きそうになりました。
お風呂入って落ち着いたので今は普通に話せていますけど、顔が赤くなっていないか心配です。
「茜さん……ごめんね」
「許します。
それで朝ごはんは抜きでいいんでしたよね。
チョコレートあるんで、それだけでも食べていきませんか?
あとスポーツドリンク、喉乾いているでしょう? 」
「あ、もらう」
戸棚から取り出した小袋に入ったチョコレートを亮君にいくつか渡します。
そしてスポーツドリンクを注いだコップを渡すときに、手が触れ合いました。
「あ……」
「ん……」
会話が途切れてしまい、どうした者かと思っていた瞬間に、ガラスが割れるのではないかという程の勢いで扉が開かれました。
「じれったい! 」
そう言いながら入ってきたのはサラさんでした。
「お二人ともじれったいですわ!
お付き合いの過程を飛ばして婚約されたのであればもっと、こうはきはきとしなさい!
というか亮様は女性に振られても諦めない宣言をされたその日のうちに、他の女性にプロポーズとはいい度胸です!
蒼井も、敵に塩を送るでしたっけ。
その塩を送った翌日にこの結果、なにかいったらどうですの! 」
「え……と」
「あの……」
サラさんの剣幕に押されて何も言えません。
というより内容も正論なので言い返す事が出来ないです。
「というわけで積もり積もった恨みをはらさせていただきます。
みなさん! 」
サラさんが合図を送ると同時にお店が轟音に包まれました。
「おめでとう! 」
「亮様ぁ! 」
「嫁さん大事にしろよ! 」
「泥棒猫! 」
「お幸せに! 」
「神の祝福を! 」
「嫁さんに逃げられるなよ! 」
「うらやましいぞこの野郎! 」
思い思いの祝福の言葉が飛び交います。
時折罵声も含まれていましたが、表に出てみると何百人もの人間がそこにはいました。
「これは……」
「このお店の常連と、亮様に助けていただいた経験のある人たちです。
これだけしか集められませんでしたが、今日はお祝いにしましょう」
「それって」
「いいましたわよね、恨みをはらすって。
だからこれはただの営業妨害です。
いいですね」
サラさんに笑顔でそう言われると何も言えなくなってしまいます。
目の端や鼻の頭が赤くなっている事についても、言及できません。
「あと、蒼井は気をつけなさい。
亮様を狙っていた女は数知れず。
狙い続けた結果行き遅れた数も数知れずよ」
「しばらくお店にひきこもります」
もともとひきこもりだったのですが、外に出ない理由が増えました。
お散歩で命狙われるとか絶対嫌です。
「その時は俺が守るから大丈夫だよ」
そう言って亮君に肩を抱き寄せられました。
そう言う事をすると女性からの視線が一層厳しくなるので……と言っても無駄ですね。
大人しくされるがままにしておきますが、こうしていると落ち着きますね。
「のろけはいいんですけど、亮様は何か上に着てきてください。
淑女にとっては刺激が強すぎますから」
「あぁ失礼」
サラさんの言葉に上半身半裸だった事を思いだしたのかお店の奥に入って行ってしまいました。
少し残念です。
サラさんを見るとちろりと舌を出していました。
わざとですねこの女。
さすが恨みをはらしに来たというだけはあります。
私も対抗して何かやろうと思ったのですが、手を挙げたところで何をすればいいのかわからなくなってしまいました。
「どしたの茜さん」
「あ、いえ何でもありませんよ」
意外と早く戻ってきた亮君に驚きながらも手を下して、そして亮君の腕にしがみつきます。
そしてさっきやられたように舌を出してあげます。
サラさんのこめかみがぴくぴくと動いています。
周囲の女性からの視線もより厳しいものになりました。
「ま、まあいいでしょう。
……後で覚えておきなさいよ。
それではこれより泥の英雄と泥棒猫の婚約を祝して祝いの席を設けたいと思います! 」
泥棒猫とはこれまたずいぶんな呼び方です。
横で亮君も苦笑いを隠さずに聞いています。
「ではみなさん、この度の料理はアルフォース家取締りの下行います。
好きなだけ食べて好きなだけ飲んでください! 」
サラさんの言葉に、その場にいた皆さんが歓声をあげました。
こうして奇妙な祝賀会は始まりました。
9月28日3回目の投稿です




