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えんだー

蒼井視点に戻ります

 お客さんの相手をしていると気が付けば8時になってしまいました。

 お客さんの数も減ってきて、今はお酒を嗜んでいる方しかいません。

 こうなってくると居酒屋よりもバーみたいな雰囲気なので、流している曲もアップテンポの物からジャズに切り替えます。

 そのついでに合間合間で明日の仕込を済ませてしまいます。


 肉だねをつくったり、餃子の皮を作ったり、下味をつけたり。

 そうしている間にお店の扉が開かれました。


「いらっしゃいませ」


 厨房から声を上げて、急いで手を洗います。

 そして顔を出すとそこには亮君が立っていました。


 今日はサラさんのダイエットは終わったんでしょうか。

 何か黒い箱を抱えていますけど……なんでしょうあれ。


「蒼井さん! 」


「はい、なんですか? 」


「その……さ、目を閉じてくれないかな」


「なんでです? 」


 まだお客さんもいますし、あまり仕事中に私的な事をしたくはないのですけど。

 でも周りを見るとお客さんたちはいい肴が出来たと言わんばかりにこちらを見ています。

 諦めて目を閉じます。


 真っ暗な中で亮君が私の右手に触れるのを感じました。

 そのまま手を持ち上げられて、薬指に何かが当たります。


 思わず目を開けるとそこには私の指にぴったりと合った銀色の指輪がありました。


「亮君……? 」


「さっきサラ嬢に言われちゃって。

女は霞のような物、しっかり捕まえておかないと取りこぼすって」


「いや、あの亮君」


「これが俺の気持ちです、受け取って、受け止めてください」


「あのーなんで右手なんですか? 」


 亮君の気持ちはいいんですけど、そのことが気になって仕方ありません。

 こういう時って普通は左手の薬指ですよね。


「え……? 」


「え? 」


 亮君が呆気にとられたような表情をします。

 私は思わず呆れてしまいました。

 これ、亮君のうっかりだったんですね。


「はぁ……亮君」


 右手の指輪を抜いて亮君に返します。

 その瞬間絶望したような表情をしていましたが、直後に喜びの表情を見せました。


「やり直してください、左手はこっちです。

それと、もう30歳目前ですが敢えてこういわせてください。

女の子は何歳になっても、ちゃんと言葉にして伝えてほしい物ですよ」


 お店の一角からうわきっつという声が聞こえたので睨んでおきます。

 きついってなんですかキツイって。


「じゃあ改めて……蒼井さん、一緒にいたい。

一緒にいさせてください。

蒼井さんの事が好きなんです。

俺と、結婚してください。

奥さんになってください。

愛しています」


「いいですよ、よろこんで」


 決心はついていました。

 前々からそう言った空気をにおわせていましたが、はっきりと言われたのはこれが初めてです。

 だから、いつかこんな日が来るかなと期待していたのですが……だめならこちらから告白することも考えていたんですけどね。


「宴じゃあああああ! 」

「酒じゃあああああああ! 」

「料理も持ってこおおおおおおい! 」


 亮君一世一代の告白が終わった瞬間お客さんが歓声を上げて持っていたグラスを掲げていました。

 先ほどまでの静かなバーのような雰囲気から、居酒屋らしい雰囲気に変わりました。


「しょうがない、俺のおごりで高い酒でも開けるか」


 苦笑いを浮かべながら亮君がそう言って、すぐに冷や汗を流し始めました。


「やべ、いま俺金ないんだった……」


「何に使ったんですか? 」


「いや、このペアリングを」


 そう言って亮君はさっきの黒い箱を見せてきます。

 中には私がつけているのと同じリングが入っています。


 それを手に取って、亮君の左手薬指につけてあげました。

 それはピッタリと指に嵌っていました。


「そういえばよくピッタリなサイズがわかりましたね」


「いや、わからなかったから魔法の指輪を購入してきた。

指にはめると大きさが変わって、合ったサイズに代わるんだ。

他にも盗難防止のため他人の手にわたると自動で手元に戻ってくる魔法がかかっているよ」


「へぇ、便利なんですね」


「ただし作るためにはべらぼうな時間がかかるから、物凄い高価」


 騎士で貴族な亮君がそういうのだから確かに高額なんでしょうね。

 あとで半分渡さないといけませんね、亮君が指にはめている分を。


「ひゃっはー、美味い酒だぁ! 」

「御両人、夫婦での共同作業で飯作ってくれよ! 」


 周りから囃し立てられて思わず顔が赤くなります。

 笑顔でごまかしていますけど、亮君にはばれているみたいです。


「わ、わたしお酒もってきますね」


「あ、うん。

俺は……えっと荷物おいてくる! 」


 そう言って私は厨房へ、亮君はお店の奥へと逃げ込みました。

 そして厨房でしゃがみこんで、指輪に目を向けます。

 ついついにやけてしまうのは、致し方ない事でしょう。

 こちらに来て一年近く経ちましたが、亮君に会って、いつの間にか惹かれていて、まさかこんなことになるなんて。

 あ、でも飲食店だからずっとつけているわけにはいきませんね。

 首から下げておけるように何か鎖を用意しておきましょう。


「えーとお酒お酒」


 それから気を取り直して、少しお値段の高いお酒を選んでお客さんのところへ運びます。

 それらを開封して皆さんに注いでいると、亮君も戻ってきたのでそこからはどんちゃん騒ぎでした。

 亮君が飲まされて、私はお人形さんのように安全地帯に座らされて、そしてあれを食えこれを食えと様々な料理が運ばれてきました。

 どれもこれも私が作った料理なんですけどね。


 けどお腹が減っていたので食べちゃいます。

 自分の料理を食べるというのは、いつも不思議な気分になるんですよね。


「亮君」


「なに、蒼井さん」


 少し酔いのまわった亮君が私の隣で眠そうに目を擦ります。


「お約束なので言わせてもらいたいことがあるんです。

私なんかでよかったんですか? 」


「蒼井さん、いや茜さんがいいんだよ」


 急に名前で呼ばれて顔が熱くなってしまいました。

 これはお酒のせいではないでしょう。


 他のお客さんはほとんどが酔いつぶれてしまっているので茶化されずに済みました。

 帰宅は難しそうなので毛布を掛けてお店の中で寝てもらっています。

 料金の徴収とお店の掃除は明日お願いしましょう。

 毛布は……ちょっと言葉に出したくない名状しがたい汚れ方をしてしまったので廃棄します。


「えーと……てれちゃいますね」


「そうかな、俺は居心地がいいけど」


「そうですか? 」


 平常運転の亮君を見ていると少し焦ります。

 今日私何色の下着でしたっけ。


「ふぅ」


「蒼井さん飲みすぎじゃない? 」


「え? 」


 言われて目の前に置いてあったボトルを見るとアルコール度数の書かれたラベルが貼られていました。

 これお酒だったんですね、オレンジジュースだと思っていました。


「あー今日はもう寝ちゃえば? 」


「ね、寝るんですか。

そ、そうですね、せめてシャワーを浴びてから……」


「ん? お風呂沸かしてないの? 」


「え、えぇちょっと忙しかったので」


「そっか、じゃあシャワーだけかな」


「は、はい」


 ドキドキしながら二階に上がって、下着とパジャマを選びます。

 でもパジャマでいいんでしょうか、こういう時はなにかもっとこう……衣装のようなものがあった方が。

 でも……えーっと。

 というより下着は何がいいんでしょうか。

 ピンク、いえ白……黒や赤なんて持ってないですし……。

 パジャマもネグリジェなんかの方が男性はうれしいのでしょうか。

 持ってないんですけどね。

 しかたがない、お気に入りの下着とパジャマにしておきましょう。


「ね、念入りに洗っておいた方がいいんでしょうか」


 勝手という物がわからないので体は余すところなく洗って、無駄毛の処理も済ませておきます。

 そして爪を見て、あぁお化粧落としてしまいました。

 普段からほとんどしていないのですが、どうしましょう。

 ……女は度胸!

 このまま突撃します!


「亮君、お風呂あがりました! 」


「ん、そう?

じゃあ俺も入らせてもらっていいかな。

なんだかんだで汗かいちゃってるから」


「は、はい」


「ん、先に寝てていいよ。

お休み」


「え……? はい」


 亮君の言葉に思わず首をかしげてしまいます。

 そして結論に行きついてしまいました。


 もしかして変な事を考えていたのは私だけで、亮君にその気はなかったと。

 結婚を申し込んだとはいえ初日から手を出すつもりはなかったと。

 つまり私一人で空回りしていたという事ですね。




 恥ずかしいです。

 もうすべて忘れるために布団にくるまって眠る事にします。

 シャワーの音が、いい子守歌になってくれたのかお酒の力か。

 結局私はすぐに眠りに落ちてしまいました。


 明日、思い出さないように気を付けましょう。

9月28日2回目の投稿です

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