表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/88

サラ嬢ダイエット作戦その二

「亮様、あれはなんでしょうか」


 そう言ってサラ嬢の指さした先を目で追う。

 見たところただの屋台だ。

 売っているのは串焼肉、塩が効果で使いにくい分果実や動物の骨、野菜などを煮込んで作ったタレを使っている。

 蒼井さんの店がこっちに来るまでは何度か食べた事も有る店だ。


「へぇ、庶民の味というやつですね」


 そのことをサラ嬢に伝えると納得したように頷いた。

 そして、焼肉という言葉を出した瞬間口の端にきらりと光る物が見えたのは言わぬが花だろう。


「サラ嬢、あれ食べたら一時間くらい歩いて相殺ですよ」


「だ、大丈夫です。

私そんなに食い意地張っているわけじゃありません! 」


「……失礼、ただの冗談です。

とはいえ街にはこういう誘惑がありますから気を付けた方がいいですね。

それから! 」


 サラ嬢の横を通り抜けた男の脇腹を蹴りつける。

 悶絶する男の手から皮袋をつかんでサラ嬢に差し出した。

 彼女が持っていた財布である。


「スリも結構いるから」


 もっともスリ程度であればまだいい。

 この国は犯罪に関してかなり厳しい取り締まりを行っているので、治安はよい方だが貧困街など警備の目が届きにくい地域では犯罪者の根城や、無法者のアジトがあったりする。

 そういったところでは、目立たないような犯罪が横行している。

 例えば以前摘発した集団であれば、借金の嵩んだ一家を丸ごと誘拐して外国に売りとばした事例などもあった。

 周囲の人間は夜逃げだと考えていたらしいが、その実態は、である。


 結果としてその家族は全員死亡していた。

 とある国の変態貴族に買われて毎晩のように激しい拷問を受けていた。


「流石に貴族の御令嬢に直接手を出す馬鹿はいないと思うけど……気を付けてくださいね」


「は、はい」


 サラ嬢が顔色を変えて頷く横で、マリ嬢が黒い手袋をはめて目つきを変えたのが分かった。

 やっぱりこの人ただの使用人じゃない。


「まぁスリにいきなり出会うというトラブルにはあったけど、そうそう犯罪に出くわすことはないから視察は普通にしましょう。

わからないことがあれば何でも聞いてください」


「はい!

ではあれはなんですか! 」


 早速サラ嬢は近くにあった店を指さす。

 現在いる場所は人通りの少ない道であり、その店は……有体に言えば女性を買うお店だった。

 マリ嬢はそのことを理解しているのか少々頬を染めているが、サラ嬢はおもちゃを見つけた犬のようにこちらの答えを待っている。


「……男が欲望を発散させるお店ですよ」


 答えなければよかった、そう後悔したのはサラ嬢の顔をまともに見てしまったからだ。

 先ほどまでは面白そうなおもちゃを眺める綺麗な目だったが、汚物を見るような濁った眼付になってしまった。

 そしてそのまま俺にもその視線を向けてきた。


「亮様もこういう店を利用したことが……? 」


「ないです、女性経験はありますがこういう店でやったわけじゃないです」


「……詳しく教えてください」


 有無を言わせない迫力がサラ嬢から醸し出されている。

 どうしようこれ逃げられない雰囲気だ。


「酔った勢いで昔に……」


 仕方なく恥部を暴露する。

 思い出したくないことなんだけどな……。


「相手の方は? 」


「ハンターの女性、翌朝ベッドの中でお互いに服をきてなくて……。

そんで固まってたらお互い今日の事は忘れようと言われて……」


「つまり、やり逃げですね」


 顔を赤くしたマリ嬢が横槍を入れてきた。

 まさしくその通りなので返す言葉もない。


「それ以来街であっても挨拶をするくらいでした。

何度か手を組んで作戦に従事したんですけど3年くらい経ってふらりと別の町に移っていきました」


「3年……という事は子供はできなかったのですね」


「えぇ、避妊はしていたみたいで」


 こちらの世界に来る前に財布に仕込んでいた避妊具の数が減っていたのも確認したし、使用した跡もあったから大丈夫だとは思っていた。

 でもまさか持っていたのをすべて使い切っているとは思わなかった。

 酔っていて記憶が残っていないのが悔やまれるところであると同時に、恐ろしいところだ。


「なるほど……では蒼井とはもう? 」


「や、やってないです」


「………………では私にも勝機はあると考えても? 」


「…………すみません」


「いえ、わかっていましたから。

これは蒼井がくれたチャンスだったんです。

私のダイエットにかこつけて亮様と話す時間を与えてくれた。

恋敵に、対象の男を貸し与えるなんて正気の沙汰ではありませんけれど。

でもようやくその理由がわかりました。

亮様、女は霞のようなものです。

そこにあるのに触れる事はかなわず、包み込んで最後には霧散して消えてしまう。

そうなってしまう前に捕まえておいてください。

あの女は……特に得体が知れないですから」


 サラ嬢の涙をこらえている様な声に何も言えなくなっていた。

 というより元は娼婦がどうのという下世話な話だったのに、いつのまにか俺の体験談と恋愛についてに話がすり替えられている……。


「ぐすっ……さて、亮様視察の続きに参りましょう!

まだ30分も歩いていないですよ! 」


「……そうですね、せっかくなんで変わったお店をいろいろ紹介してあげますよ」


「それは楽しみです!

さぁ、マリもぼさっとしていないでいきますわよ! 」


 無理やり元気を出したサラ嬢に腕をつかまれ、そして引きずられるように視察をつづけた。

 その間密着されて、いろいろ当たっていたせいでドギマギしたけれどサラ嬢は楽しげだった。


「亮様、女は霞と言いましたが……一度まとわりついた霞から易々と逃れられると思わないでくださいね。

一度ふられたくらいで霞が霧散する事はありませんので」


「お、お手柔らかに」


「お断りします。

恋は略奪です、あらゆる手段を講じて相手を振り向かせる事こそ恋の真髄。

お母さまからその様に教わりましたので、私もそれに従わせていただきます」


 肉食獣ににらまれたウサギ、というのはこんな気分なんだろうか。

 そう思いながら街の視察を終えてサラ嬢の屋敷へ戻ってきた。

 そして時間もいい頃合いなのでお暇しようと考えていたところで、見たことのある男性達に呼び止められた。


「どうなさいました、コービット卿、オスカー卿」


 コービット卿はサラ嬢の父親であり、炭鉱や鉱山の管理をしている有力貴族だ。

 もう一人のオスカー卿は国の資金にかかわる動きをしている貴族だ。

 例えば税金の収支や兵士一人一人の給料は全て彼の知るところである。


「亮平殿、これを見てほしい」


 そう言ってオスカー卿から差し出された用紙に目を通す。

 ここ最近国が貯蔵している貨幣についてが記されている。


 それは線グラフで描かれており、春先からなだらかにではあるが下降しているのが見て取れる。

 そして帝国との戦闘の際には大きく減って、またなだらかな下降に戻っていた。

 次の用紙には鉱山の金銀銅の採掘量の増加に関する内容が乗っており、こちらは逆に上昇しているように見える。

 その動きは先程の貯蓄貨幣の増減と真逆の動きだ。


「これは……」


「なんですの? 」 


 横からサラ嬢の声がして感覚を呼び戻された。

 集中が途切れたともいえる。


「オスカー卿、コービット卿。

心当たりは? 」


「一つある。

貴公の贔屓にしているあの店だ」


 内心舌打ちをする。

 この貨幣の減少は蒼井さんの店で食材や備品を補充した際に支払われた貨幣の分減少しているのだろう。

 一度誰かの手にわたろうとも、それは循環する。

 人から人へ、人から国へ、国から人へだ。

 けれど蒼井さんの店では、一部の貨幣はその姿を消している。

 つまり循環はせずに、行き止まりになってしまっている。


 以前この備品や食材の補充に使われた貨幣はどうなっているのかと思ったけれど、資料を見る限りは原料として世界に還元されていたとみるべきなのかもしれない。


「どう思う、同じ迷い人としては」


「……さぁ、迷い人の能力は得体が知れません。

だからあの店が原因である可能性は捨てきれないが……そちらはとうするつもりで? 」


「あの店の納税額を増やす。

その代りに今所有している土地の範囲を広げてやるつもりだ。

そして得た税を使い、鉱石の採取と加工を行う」


「個人から元が取れるほど巻き上げるつもりですか? 」


「無論、そのようなつもりはない。

今回の話は正式に人を動員すれば年間で金貨5000枚は必要な計算になるだろう。

それだけの負担を強いれば、貴族であったとしてもすぐさま干上がってしまう。

しかし、年間で金貨50枚も有れば人を一人試験的に動かすくらいの事は出来よう」


「それを蒼井さんからの税で賄うと」


「正確に言うなら我々の私財と、あの店からの税金でな」


「……いいでしょう。

ただしその課税には俺も含めてください。

あの店で働いている立場ですから」


「無論、騎士であり貴族であり飲食店従業員である亮平殿にはたんまりと納税してもらうつもりだ、はっはっは」


 オスカー卿が声をあげて笑った。

 軽快な笑い声にこちらもつられついにやけてしまう。


「お手柔らかに」


「さてな、それは細かい計算を済ませてからにしようか。

それと……亮平殿が使用したスピーカーだったか。

他にもあのような道具が手に入るのであれば増税をせずとも利益を出せる。

その旨を……」


「それはできない。

もし強引に話を進めるなら俺は敵対します。

そのことを念頭にいろいろ考えてください。

それに蒼井さんは、やろうと思えば現在所有している土地にこの国の人間を立ち入らせないようにすることもできますから。

その意味は、分かるな」


 蒼井さんの店は街道のすぐ近くにある。

 街道をまたぐようなことはないが、他国の人間をかくまい軍備を増強させれば国の目と鼻の先に一瞬で目の前に要塞が出来上がってしまう。

 それは国としても避けたいところだろう。


「……肝に銘じておこう」


 脅しの効果があったのかオスカー卿は冷や汗を流しながらそう言った。

 強がりか、喉を鳴らして笑っている。


「用件はそれだけですか? 」


「もう一つ」


 コービット卿の言葉に思わず身構えてしまったがそれは杞憂に終わった。


「近々その店に酒でも飲みに行かせてもらう。

その時はいろいろと頼みたいと」


「……最高の酒と料理でおもてなししますよ、蒼井さんがね」


「それは楽しみだ」


「これ以上無いようであれば、俺はそろそろお暇しますよ。

ではサラ嬢、また明日」


 そう言って返事も聞かずに街に出た。

 ふらふらと歩いて、路地裏に入って適当な魔法用の道具を扱っている店に足を運ぶ。


「霞、ね」


 昼間にサラ嬢から言われたことを思い出して財布を確認した。

 大丈夫、金はある。


「こいつを」


 店の中に商品の説明書きだけが貼られた指輪を指して、金を出す。

 その金を数え終えると店主は店の奥に入っていき、しばらくすると黒い箱を一つ持ってきた。

 それを開けると中には銀色の指輪が一組入っていた。


「使い方は」


「指にはめるだけ」


「そうか」


 少し焦っているのかもしれない。

 そう思いながら黒い箱を小脇に抱えて蒼井さんの店に向かった。

 蒼井さんからもらった金属製の時計を見るとまだ7時半、あの店は開店中だろう。

 そこまでゆっくり向かって1時間、その間に覚悟を決めてしまおう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ