サラ嬢太る
11月ももう終わるころ、サラさんは毎日うちに通ってくれています。
そしてその度にデザート、紅茶、そしてホットサンドを注文されるのですが……つい見るに見かねてあの言葉を言ってしまいました。
「サラさん、それカロリー高いですよ」
「かろ……?
なんですのそれは」
「えーと、食べ物が持っている太りやすさを数字化したものです」
適当な説明ですが、この一言で大体伝わったようです。
メニューを持っている手が微妙に震えています。
顔色も悪く、なんというかとても申し訳ない気分になってきます。
「わ、私ここの所毎日食べていましたわよね」
「そうですね」
「マリ……? 」
「お嬢様の体型ですが、ここに通い始められてから……その……」
「ひぃ」
あぁ、手遅れでしたか。
摂取した物はすでにお肉へと変換されていたみたいです。
「い、いやよ!
私は醜い豚になりたくないわ! 」
「お嬢様落ち着いてください。
まだ挽回の余地はあります」
「そうですよ、それに亮君だってちょっと位お肉がついていたほうが好みだって前に行っていましたよ」
「え?
俺スレンダーなモデル体型のお姉さん大好きだけど? 」
バカ亮君、後でお仕置きです。
けれどこれはまずいです。
亮君の言葉にサラさんが轟沈してしまいました。
食いしばって堪えているようですけど、目の端からぽろぽろと涙があふれています。
あぁもうどうしましょう。
「ご存知ですか?
贅肉というのは筋肉にしやすいんですよ。
だから余分なお肉を筋肉に変える事が出来れば……引き締まった体になれると思います」
口から出まかせです。
以前怪しい通販番組でやっていた売り文句をそのまま流用してきました。
けどサラさんには効果があったようです。
がばりと顔をあげて私に期待のまなざしを向けてきました。
これは……ダイエット用のメニューを探す必要があるんでしょうか。
「えーと……マリさん」
マリさんはサラさんの従者さんです。
でも従者というにはなぜか違和感があるんですよね。
気のせいかもしれませんけれど。
まあそれはどうでもいいことです。
「そうですね、しばらくは肉体改造用のメニューを中心に食していただきます。
それから適度な運動、ダンスのけいこの時間を増やしましょう。
ティータイムはお砂糖抜きのお茶と同じくお砂糖を使わないデザートで。
蒼井様からは何かありますか? 」
「私からですか?
贅肉は乙女の敵なので協力はしてあげたいのですが……。
聞きかじった程度の知識しかありませんよ」
「構わないので教えてください蒼井! 」
サラさんの必至な形相に気圧されつつも、どうにか笑顔を保って知識を掘り返します。
「わかりました。
えーと私が知っているのはカロリーが低くてタンパク質の多いものがいいって聞きますね。
たしか卵の白身と、お豆腐、イカ、鶏肉がそれに該当するみたいです」
「お豆腐、というのは『ひややっこ』に使われているあれですよね。
イカは『あぶりげそ』でしたっけ。
鶏肉と卵の白身ならこちらでも用意できそうですね……」
「ただしバランスよく食べていただかないと体の不調につながります。
だから運動の後にそれらを摂取するようにすればいいんじゃないですか?
例えばお昼ご飯の前にダンスのお稽古とか」
「なるほど……参考になりましたわ。
感謝します蒼井」
「いえそれほどのことは……そうだついでに亮君もいろいろ稽古してきたらどうですか? 」
近くでお水を飲んでいた亮君にそう話しかけます。
お客さんの相手が終わって一息ついていたのでしょう。
「俺? 」
「そうです、ほら騎士団流の鍛え方とか、野球部員特有の鍛え方ってあるんじゃないですか?
あれを伝授してあげるのと同時に亮君も一緒にダイエットとか。
最近おなかにお肉ついてますよ」
そう言って亮君のおなかのお肉をつまみます。
と言ってもほとんど皮をつねっているような状況ですけど。
「そうかなぁ……でも蒼井さんもちょっと」
思わずおぼんで亮君の頭をたたいてしまいましたが後悔はありません。
女の子の体型に言及するような悪い人に手加減は不要ですからね。
結構いい角度で入ったためか金属製のおぼんが曲がってしまいました。
「それで、亮君。
今の私に対する言及を不問とする代わりにサラさんのダイエットに付き合ってあげてください。
さもなくば減給です」
「言及だけに減給……なんちゃって」
思わずもう一撃入れてしまいました、角で。
頭部を抑えて悶絶する亮君に、サラさんもマリさんも冷たい視線を投げかけています。
まさしく自業自得ですね。
……あれでも異世界なのにダジャレって通用するのでしょうか。
不思議ですね。
「それでどうします? 」
「ぜひ……やらせてください」
「わかりました、その間出向扱いですのでサラさんからお給料をいただくことになると思いますけどいいですよね」
「もちろんですわ。
亮様、明日からよろしくお願いします」
そう言って頭を下げたサラさんでしたが、亮君が視界から外れた瞬間に私の両肩をつかんできました。
ちょっと力が強くて痛いです。
「なんとお礼を言っていいのかしら!
明日から毎日亮様にあえるなんてあなたのおかげよ蒼井!」
「今でも毎日会っているんですけどね」
「時間の長さが違うじゃない!
しかも手とり足とり減量のお手伝いをしていただけるなんて……いまは蒼井が天使に見えるわ!
かわいらしい顔した憎たらしい年増じゃなかったのね! 」
「サラさん……? 」
「あ、いえなんでもない……わ。
えぇ、何でもないの、思ってもいないことを口にしてしまったみたいだわごめんなさい」
「まったく……明日からちょっと大変になるかもしれませんが頑張ってくださいね」
「えぇ、やせたらまたケーキを作ってちょうだい。
甘さ控えめのやつが好ましいわ」
これは失敗しそうな空気なんですけど大丈夫でしょうか。
いえ、その時はその時なんですが原因の一端としてはちょっと……。
「カロリーも控えめにしておきますね」
「えぇ、お願いするわ」
そう言ってにこにこしながらサラさんはお店を飛び出していきました。
マリさんは支払いを終えて、その後に続くように出ていきました。
ふむ、なんか老婆心から亮君の派遣を言い出してしまいましたけど……あしたから私一人でお店の切り盛りですか。
ちょっと忙しくなりそうです。
「そういえば私の護衛ってどうなっているんですか? 」
「お店にいる間は不要ってことに決まったよ。
おれは必要な時にしか呼び出されないからここで働いているけど。
外に出るときは俺が護衛につくってだけ」
そんな話になっていたんですね。
自分の事なのに全く知りませんでした。




