ハロウィンと思わぬ来客
やってきましたハロウィンです。
といってもこのお店ではこれといった事はしません。
滅多にないことですが、お子さん連れで来店した場合にかぼちゃのデザートをサービスするくらいです。
なので特別な準備は必要ないんですよね。
亮君は何故か張り切って準備していますけど。
どこから持ってきたのか真っ白なローブを羽織って幽霊みたいなことやっています。
「こっちの世界にもゴーストは存在するんだ。
まぁ魔物として驚異なんだけどね」
「へぇ……幽霊がシャレにならない存在なんですね」
「うん、剣じゃ倒せないんだよ。
それこそ月の光で浄化した聖水とか、魔法とか、特別な剣とかじゃなければ倒せない相手だから危険視されているんだけどね。
でも夜の墓地にしか現れないって特性があるから比較的御しやすいんだよね。
聖国なんか国の首都を覆うように墓を配置して夜襲に備えているって聞くし」
それはなんとも趣味の悪い話で。
私の中ではミナちゃんの件を含めて聖国のイメージがストップ安です。
「ちなみに蒼井さんはなにかコスプレしないの?
猫娘とか、雪女とか、サキュバスとか、悪魔っ子とか、魔女っ子とか、魔法少女とか」
「亮君、趣味が漏れてますよ」
「見たいなー、超みたいなー」
「ダメです、そんな格好でお仕事になるわけないじゃないですか」
「……猫耳だけでも、だめ? 」
猫耳ですか、どこから出したのかも、どうやって用意したのかも知りたくありませんけど亮君の手には猫耳カチューシャが握られています。
もしかしてお給料をつぎ込んでこれを作ったとか?
だとしたら亮君は本物の大馬鹿ですね。
でもまぁ、普段使っているカチューシャをこれに取り替えるだけならいいかもしれませんね。
「それくらいでいいなら」
「本当!?
蒼井さん大好き! 」
「亮君、調子に乗らないでくださいね」
思わず亮君の脳天に一撃みまってから、ネコミミを受け取りました。
いざ付けるとなると気恥ずかしいです。
「どう……ですか? 」
「さいっこうです! 」
「喜んでいただけてなにより、それじゃあさっさとお仕事と行きましょう」
開店時間は既に過ぎていますが、今日はまだお客さんが来ていません。
それはそれでさみしいのですが、今の亮君と二人きりという状況に身の危険というか、貞操の危機を感じています。
先程からニタニタと気味の悪い笑みを浮かべていますし、今日は欲望に忠実みたいです。
「亮君? 」
「なに? 」
「今日は随分と自分に正直ですね」
「あーだってさ、俺こっち来てから誰かとイベント楽しむなんてことなかったからさ。
もっと正確に言うならこっちに来る前から女性との関わりが薄くて……」
「それでテンションが上がっていると」
子供みたいな人ですね。
嫌いじゃないですけど、毎日そのテンションに付き合うのは無理ですね。
でも普段の様子から考えるなら一過性のものでしょうし、たまにはいいかもしれませんね。
「そういえば気になったのですが、こちらの世界に獣人っているじゃないですか。
あれは亮君にどうなんですか? 」
「んー臭い、一部の獣人、鳥の類はしっかり水浴びとかするんだけどさ。
猫とかの獣人は水が嫌いな奴もいて、全員が全員じゃないけど臭う個体がいるんだよね。
それに人に近い獣人でも顔の形状とかはどうしても動物に近くなるからちょっと怖い。
俺達人間のコスプレなら耳が人のものと動物のもので分かれるけど、あいつら動物の耳しか持ってないからなんか違和感がね」
「ぼろくそな評価ですね、でもそれが全てではないのでしょう? 」
「まあね、俺にも獣人の友達はいるしさ。
でもイメージってのは悪いものほど顕著になってくるから」
「そうですね、それは同意します」
お客様でもそういった違いは目についてしまいますしね。
たとえばスーツを着こなす紳士のような方は好印象ですが、だらしのない格好をした人は悪印象です。
個人的な事を言うなら、グレーのスーツを着て細身でメガネで優しそうで目を細めながら一口サイズにしたおつまみをちびちびと食べる人何かがいれば最高です。
「蒼井さん、なんでにやけてるの」
「な、なんででしょうね」
「……やけどしそうだから考えるのやめとく。
それで、なんで急に獣人の話題? 」
「これ」
頭の上の耳を指さして答えます。
「別に獣人がいるなら私が付ける意味はないんじゃないかなと思ったんですけどね。
そんな理由もあったんですか? 」
「いや、ないよ。
個人的に蒼井さんの可愛い姿が見たかっただけ」
「そうでしたか、亮君は変態さんですね」
「男なんて自分の欲望、特に性欲には素直なんだよ」
「みたいですね」
鼻の下を伸ばした亮君を見ているとよくわかります。
悪いとは言いませんけど、相手を選ばないと嫌われちゃいますよ。
「ちなみにしっぽも用意してあるんだけど」
「却下です」
亮君が持っていたそれはベルトに引っ掛けるフックが付いたものでしたが、お仕事の邪魔になるので却下しました。
普段であればいいのかもしれませんが、お仕事中はダメです。
そんな話をしているとガラリとお店のドアが開かれました。
そこに立っていたのはどこかで見たような、けれど思い出せないような思い出したくないようなそんな女性でした。
「いらっしゃいませ」
「ふん、汚い上に狭い店ね。
まぁいいわ、以前話したとおり来てあげたわよ」
「……亮君」
「貴族のサラティーナ・ロイ・アルフォース、以前王様のパーティで蒼井さんに絡んでいた人」
あぁ思い出しました。
あの時の。
「ようこそいらっしゃいました」
「……あなた獣人だったの? 」
「いえ、これは亮君につけてほしいと言われまして」
「亮君!?
あなたごときの小娘が亮平様を愛称で呼ぶなど! 」
しまった、ついいつもの癖で愛称で呼んでしまいました。
たしかこの人は亮君にベタ惚れでしたからね。
「あ、サラ嬢。
それ俺が頼んだんです。
同郷だし、雇用主と従業員の関係だから少しフランクに話しかけて欲しいって。
良ければサラ嬢もどうです? 」
ナイスです亮君、窮地を救ってくれた恩はいつか返します。
具体的にはその猫のしっぽをつけてあげます。
「で、では亮様と」
「そう、んで注文はどうします?
なんか要望があれば聞くけど」
「そ、そうですね。
ではあなた、なにか簡単に食べられるものを。
それとデザートと美味しいお茶をいただこうかしら」
ビシリと私を指さしてそう言ったサラさんは亮君の隣の席に腰掛けて、頬を染めながらも日常会話に花を咲かせ始めました。
ここは亮君に任せて私は料理に専念しましょう。
簡単に食べられるものということでしたね。
貴族のご令嬢に丼ものを出してかき込めというわけにも行きませんしどうしましょうか。
うちはガッツリ系の食事が多いですからね……。
軽食、ホットサンドでいいでしょうか。
まかない料理ですけどね。
まずパンの耳を落として、レタス、焼肉、マヨネーズをはさみます。
そして挟んだ状態でオーブンへ投入。
数分で表面には焼き色がつくので三角形になるように四等分して盛り付けて出来上がり。
本当は余り物で出すメニューですけど、ご令嬢の口に合いそうなのはこれくらいしか思い浮かばないんですよ。
先述の丼ものは見た目からアウト、オムライスは最後の一口が大変ですしうちのは量が多いのでサラさんにはちょっと重いです。
他には定食系ですが、これはお箸の使用が前提のものも多いですからね。
デザートは、かぼちゃのタルトでいいでしょう。
お茶は紅茶がいいでしょうか。
でもうちにある紅茶って……まぁいいですか。
幸い私の趣味でティーカップもありますしあれを出してしまいましょう。
「お待たせしました。
焼肉ホットサンド、かぼちゃのタルト、ストレートティです」
「あら、聞いていたのと比べると普通ね。
肉をはさんで焼いただけのサンドイッチに、これはケーキかしら。
それと香り弱いお茶……正しく庶民の料理といった内容ね」
「えぇ、皆さんご愛好下さっています」
「へぇ……なにこれ」
ひとつ口にサンドイッチを放り込んでサラさんが動きを止めました。
そして従者としていたのでしょう女性を手招きして、その口に食べかけのサンドイッチを差し出しました。
それを躊躇なく齧った従者の女性は口元に手を当てて、目を見開きました。
「これは……お肉の脂を野菜が中和しているわね。
けれど水気で味が薄まるのを防ぐために濃いタレで……でも辛くなりすぎないように酸味と甘みのある白いこれが……」
サラさんが何やらブツブツとつぶやき始めてしまいました。
それを聞いていると料理の、正確にはその材料の考察のようです。
「これは卵の風味……かしら。
これはなにかしら果実の甘味……それから玉ねぎかしら。
にんにくの風味もするわ。
けれどメインがわからない、こんな味知らない」
あ、うちの焼肉のたれはこの度市販のものから自家製のものへとなりました。
市販はぶれないんですが、味の微調整という点では自家製に一歩劣りますからね。
「こっちは……甘い、けど甘すぎないわ。
野菜本来の甘みを必要な分だけ引き出している」
かぼちゃのタルトは甘さ控えめで女性にも男性にも人気です。
あまり数は用意できませんが、私もお気に入りのケーキです。
「お茶は、香りは弱いのに味がはっきりしている……。
砂糖とは違う甘味があって飲みやすい……。
鼻ではかげない、口に含んだ時の香りが……」
ごめんなさい、それペットボトルのお茶です。
ちょうどいいお茶が手元にはそれしかありませんでした。
というよりうちで取り扱っているお茶はペットボトルのものばかりですからね。
烏龍茶然り、緑茶然り。
紅茶は私個人で楽しむためのものでしたけど。
「あなた、これらのレシピを私に売るつもりはないかしら。
金額はそちらが提示して構わないわ」
「残念ながら」
「そう……マリ、支払いを。
明日から毎日通います、今晩から準備をしなさい」
そう言って全て食べ尽くしたサラさんは従者の方に指示を出してブツブツとつぶやきながらお店を出ていかれました。
亮君も目を白黒させてその様子を見ていました。
それから、サラさんは毎日同じ時間に訪れるようになりました、
けれど亮君には目もくれず、メニューを端から少量ずつ頼んでいくという日が続きました。
そして、メニューを網羅した日に、なぜか怒られました。
「ちょっと、あの日食べたサンドイッチはメニューに載っていないの!?
あのケーキとお茶もよ! 」
残念ながら11月からは冬メニューとなるのでタルトは載っていません。
サンドイッチも裏メニューですし、紅茶も私の私物ですから載っていないです。
そのことを伝えるとショックを受けたようで、涙をポロポロと流し始めてしまいました。
慌てて頼まれればサンドイッチとお茶は同じものを出せる、ケーキは収穫の時期があって無理ということを伝えると拗ねたような表情でしたが納得してくれました。
ふぅ、あのままにしておいたら大泣きされていたかもしれません。
けれどそれから、裏メニューの存在を知られてしまい、急遽メニューを更新しなければならなくなったりと忙しい日々が続きましたがサラさんは店に通ってくれるようになりました。
そしていつもお店に入ると、今まで同様恋敵に対する刺を含んだような口調と上から目線なのは相変わらずですが普通に話しかけてくれるようにはなりました。
「いつものセットを、それと今日のおすすめを持ってらっしゃい。
私とこの子の分をね」
そしてそれ以降、従者の女性も一緒に食べるようになりました。
ふたりの食欲は、女性としてお腹周りが気になるところですが……。
体重計がないであろうこの世界で女性は自分の目で見て、スタイルを維持するしかありません。
それはつまり、毎日焼肉マヨネーズと、ケーキと、ペットボトル飲料を口にしているという恐ろしい事実がいつか彼女たちの体に反映される日がくるということで……やめておきましょう。
想像するだけで胃が痛くなります。
「あなた」
「は、はい」
「あの時の獣人の耳はもう付けないのかしら? 」
獣人の耳、亮君が用意したネコミミのことです。
思いのほか好評だったのですが、寄ったお客さんからのセクハラ回数が飛躍的に上昇したので平常時は付けていないんですよね。
頼まれたら……いえやっぱり頼まれても付けませんけどね。
「男性の方にお尻を撫でられるのは嫌なんですよね」
「あぁ……あなたも苦労するわね」
サラさんはときおりこうして話を聞いてくれることもあります。
基本的には悪い人ではないので、いい付き合いができたらなと思います。
けど事あるごとに亮君にアプローチをかけてお仕事の邪魔をするのは控えて欲しいのですけどね。
9月17日二度目の投稿です




