亮君来店
蒼井さん視点に戻ります
もう十月も終わりに近づいてきました。
今は期間限定ハロウィンイベントを実施中ですが、亮君がお店に顔を出せない状況だったので一人忙しく働いていました。
うちでは十月後半からハロウィンまでの間は全ての料理にかぼちゃ料理がおまけされるんです。
たとえばてんぷらとか、タルトとか。
それと定食系にはかぼちゃが合わないものが多いので、カブの漬物を用意しています。
ハロウィンで使うかぼちゃの被り物、ジャック・オ・ランタンはもともとカブ頭でしたからね。
知っている人は少ないかもしれませんが、イベントの一環と言えば何でも押し通せます。
そして今日は久しぶりに亮君が出勤する日です。
この前お店に来たときは、酷いにおいを纏っていたので臭いが落ちるまで出入り禁止にしちゃったんですよね。
ちょっとやりすぎたかなと思いましたけど、このくらいやらなければお店も汚染されていました。
「久しぶりー蒼井さん」
そう考えていると亮君がお店に入ってきました。
この距離では臭いは感じられないですね。
「亮君、そこでストップです」
「ん? 」
手を突き出して厨房に入ってこようとする亮君を止めます。
そして襟をつかんで、胸元、首筋、腕と順番ににおいを嗅ぎます。
うん、大丈夫そうですね。
「ちょ……え……? 」
「臭いはついてないですね、よかったよかった」
「あ……そういうこと。
すっげぇドキドキしたんだけど」
「どきどき?
…………あ……」
我ながら少しはしたなかったですね。
男の子の胸に顔をうずめるようににおいを嗅ぐなんて……。
でも必要な事ですし仕方なかったと……ん?
「……邪魔したな」
そう言ってお店から出ていくジョンさんがいました。
誤解されてしまったみたいですね。
「あの阿呆、絶対誤解した」
「えっと、ごめんなさい」
思わず手を放して謝ります。
これはどうしましょう。
このまま誤解が広まるのはできれば避けたいところですね。
あの人の性格からしてお酒の肴にされてしまうでしょう。
「まぁ……蒼井さんならいいかな。
むしろうれしいくらいだ」
「亮君? 」
「寂しかったよ」
そう言って亮君は抱き着いてきました。
以前とは違って立ったまま抱き着かれてしまったので、私の頭は亮君の胸元に収まっています。
さっきは気付かなかったけれど、男の人って感じの臭いがします。
嫌な臭いではなく、安心するような香りです。
「元気そうで何よりです、亮君」
私が言えたのはそんな言葉だけ。
前もって用意していた言葉だったのですが、それ以外に何かを言おうとしても言葉が出てきませんでした。
頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなってしまいましたから。
「蒼井さんも、元気そうでよかったよ。
はふぅ、いい匂い」
その言葉を聞いて気が付きました。
私、今頭のにおいを嗅がれている?
そう思うと急に恥ずかしくなってしまいました。
どうにか抜け出そうともがきますが、やっぱり男の子ですね。
私の力では亮君の腕から抜け出すことはできそうにありません。
せめてもの抵抗に上半身をそらして目を合わせました。
「……ん」
何を勘違いしたのか亮君が目を閉じて顔を近づけてきたので両手でほっぺを叩きます。
そのまま押し返すと亮君も誤解だと気づいたらしく、手を放してくれました。
「そういう意味かと思ったんだけど……」
「亮君は本当にデリカシーを学ぶべきです。
臭いをかがれてうれしい女性はいませんから。
それにまだそういう関係でもないのにキスはだめです」
「まだ……ってことは、そういう関係になればいいんだね」
「う……ぐぅ……はい」
「そう、じゃあこの戦争が終わるまで待っててもらえないかな。
そうしたら俺の思いを、全部蒼井さんにぶつけるから」
こ、これは既に告白なんじゃないでしょうか。
顔が熱くなっていくのがわかります。
さっき抱きしめられた時以上に何も考えられなくなってしまいました。
……でもそのおかげであることに気が付いてしまいました。
これ、漫画とかで見たことがあるシーンです。
俗にいう死亡フラグ、ってやつじゃないでしょうか。
「亮君、死なないでくださいね」
「わかってる」
なにかフラグの重ねがけをしてしまった気がします。
絶対に亮君には生きていてほしい、そう思っているのですが逆効果に思えてきました。
「ところで蒼井さん」
「はい? 」
「鍋噴いてる」
「あ! 」
亮君に言われておうどんを茹でていたのを思い出しました。
私のお昼ご飯だったのですが、でろんでろんになってしまいました。
これはどうやって食べるのがいいんでしょうか。




