準備
お城に入ってコスプレさん、もとい兵士さんの案内に従って後についていきます。
途中きらびやかなドレスを着た御令嬢や貴婦人を見かけましたが、私がそばを通るたびにひそひそと何やら話しています。
まあ場違いなのは認めましょう、こんなお城にジーパンTシャツのさえない女がいればその反応も致し方なしです。
「こちらでお待ちください」
奇異な目で見られることにある程度慣れてきた頃です。
豪華な装飾の施された扉の前に連れてこられました。
促されるままに部屋に入るとメイドさんがずらりと並んでいます。
「どうぞこちらへ」
そのうちの一人にソファーを勧められたので会釈をして腰かけます。
ふっかふかでどこまでも沈んでいきそうなほどにやわらかいソファーです。
たぶん私のベッドとかよりもよっぽどやわらかいですね。
「紅茶です」
「あ、ありがとうございます」
高級そうなティーカップを差し出されて思わず声が震えます。
いや、街の居酒屋でこんなもの使いませんから。
湯呑で充分なんですよお酒飲むのもお茶を飲むのも。
「ふぅ……」
暖かくておいしいです。
普段自分で紅茶なんて入れませんけど、私も女の端くれ。
女子会という名の慰め合いに参加する事もあります。
その時にのんだ喫茶店の物と比べて渋みが無くてとても飲みやすいです。
欲を言うならミルクと砂糖が有ればなおよかったんですけどね。
「それでは茜様、これからの予定を説明させていただきますがよろしいでしょうか」
「あ、はいどうぞ」
急に言われてびっくりしました。
けど予定ってただパーティに出ればいいというわけではないのでしょうか。
「これから作法についてのお勉強を少々していただきます。
迷い人の方々は皆様独自の作法を心得ているのですが、こちらの世界にそぐわない場合もございますのでその注意点を確認していただきます。
それから採寸、湯浴みをしていただきます。
湯浴みの間に微調整は済ませておきますゆえご安心を。
その後にパーティ会場へ亮平様にエスコートしていただきます」
えーと……足早に説明を受けましたがだいたい流れはわかりました。
勉強して採寸してお風呂入って着替えてパーティ、その際に亮君に案内してもらうという事ですね。
「亮君は今どうしてますか? 」
「亮君……?
あぁ亮平様ですね。
今は剣術の訓練をしていると思います。
いつも暇な時間はそうしていらっしゃいますから」
剣術の訓練、なんかすごそうですね。
刀ですし居合とか使うんでしょうか。
剣圧を飛ばしたりできるのでしょうか。
今度きいてみましょう。
「それでは早速ですが礼儀作法についてご教授させていただきます。
貴族の方々への挨拶はこのようにドレスの裾を持って一礼です。
王族の方々へは床に膝をついて指を組んで頭を垂れてください」
「こうですか? 」
言われたとおりのポーズをとります。
まるで神様に祈るような恰好です。
「そうです、相手から構わないといわれるまで頭を上げたり立ったりしないことが重要です。
またいらないと言われた際は楽にしていていいです。
続いて食事ですが、手づかみはだめです。
スープは音を立てずに唇を尖らせない。
口元へスプーンを運んで、流し込んでください。
今回は立食パーティですのでスープが出る事はないと思われますが念のために」
スープは音を立てない、というのはどこでも共通した話なんですね。
「飲み物に関しましては給仕に声をかけてください。
アルコールの有無もその時にお伝えください」
アルコールですか、居酒屋の跡取りですけどお酒には弱いんですよね。
コップ一杯のビールでぐっすりですから。
「……おや、もうこんな時間ですね。
まだありますので湯浴みと並列してしまいましょう」
「……え? 」
お風呂で勉強……?
まさかとは思いますが昔見た貴族の映画みたいに体の隅々まで洗ったりするあれ、ではないですよね。
「そちらの世界の御召し物には詳しくありませんのでご自身で脱いでいただくしかありませんけれど、それ以降は全てこちらで対応させていただきます」
「あっはい」
その類だったみたいです、私これでも純粋な乙女なんですけどね。
異性より先に同性に全身をまさぐられることになるとは思ってもいませんでした。
勉強? あぁはい、まったく覚えていないです。
ここは殿方のためにも念入りにーとか、あら意外と大きいーとか、こちらの方もきれいにしておかないとーとか言われながら全身隅々まで穴という穴まで洗われながら身につくわけないじゃないですか。
という事でほぼぶっつけ本番でパーティに挑むこととなりました。
あのメイドさんたちとは女性の扱いについてしっかりと話し合う必要がありそうですけどそれはまた今度。