和平
「以上の理由からクオリア王国は帝国に対して金貨5万枚の支払いを要求します」
亮平含む数名が交渉の席にて帝国への賠償を要求する。
クオリア王国のような比較的規模の小さい国に対しての賠償額としては十分な金額だった。
「断る、そちらこそわれらが帝国の一員となれ。
さすれば命ばかりは助けてやろう」
それに対して帝国の使者は高圧的な態度を崩すことなくそう言ってのけた。
その態度に亮平は内心口笛を吹いて称賛する。
現在負け越しており、帝国としても見過ごせない被害を出してなおこの態度である。
そこから考察するに、状況の把握ができていないバカか、絶対的優位は揺らがないと考えているバカ、そしてこの状況を口八丁で切り抜けられる猛者のいずれかであろう。
「そうはいうが、そちらはこのまま勝てるとでも?
先の戦闘でこちらの被害は極僅か。
大してそちらは全滅ではないにせよかなりの痛手を負ったようだが」
「ふん、あのような獣どもをいくら失ってもわれらの勝利は揺るがん」
その瞬間亮平の中ではこの使者がバカであることが確定した。
たとえはったりだとしても自軍の兵を獣と呼び、捨て駒扱いをする、それは下策だった。
こういった話はいくら口止めしようともどこからか漏れ出すものである。
それ故に、言葉は選ばなければならない。
「そうですか、では今度はこちらから和平交渉へ向かう準備をしましょう。
そちらの兵士が、あなた方の言う獣が嫌がるにおいを発する食料を片手にね。
そして投石器でそちらへプレゼントしましょう」
亮平は口早にそう言ってのけた。
言外に攻め込んで町のど真ん中にシュールストレミングを打ち込んでやると言っている。
それはこの使者には意味の分からない言葉だった。
「それがどうした、たかが食べ物で」
「これを」
そう言って亮平が取り出したのは納豆だった。
じつは加熱前のくさや以上のにおいを発するそれを目の当たりにして帝国の使者は目を白黒させる。
「なんだこの腐った豆は、臭いではないか」
「こいつの数倍、いや数十倍臭いものをぶち込んでやるって言ってんだよ。
それも街の中にだ、子供や老人、獣人は全滅だろうな。
成人でもひとたまりもない臭いだろうよ」
「そ、そんな非道なことが! 」
「勘違いするなよ、こちらは善意のプレゼントだ。
俺の故郷じゃ敵に塩を送るっていうんだけどな。
そちらが街に入れないというから投石器で送るといっているんだ。
なんなら商人を通して少量ずつ持ち込んで何かの機会に一斉に破裂する、なんて痛ましい事故が起こらないとも限らないんだぜ」
「それが……それがそちらのやり方か! 」
激昂する帝国の使者にたいして亮平は笑って見せる。
その光景を国王たちは黙って見つめていた。
「力づくでおさえこもうとする帝国に比べたら、スマートなやり方だろう? 」
「蛮族どもが……」
「おいおい、武力全開で和平すらまともにできない猿が、あくまでも平和的にと言っている相手を蛮族扱いとはね」
一貫して挑発に乗らない亮平に対して、そして無礼な態度をとり続ける亮平に対して帝国の使者は歯噛みしていた。
「あぁそうだ、あんたの言う獣からそちらの有力貴族が住む地域と、兵士の詰めどころなんかは分かっているんだ。
ほら、せっかくなんで地図を用意してやったぞ」
そう言って投げ渡された地図を使者は見て顔を青ざめさせた。
そこに記された情報は紛れもなく、正しいものだったからだ。
「他にもいろいろ聞いたぞ、井戸の場所、商店街、スラム街。
どれもこれも使いようによっては、そちらの国に壊滅的な被害を出せる。
どうだ、金を払うか戦争か。
好きなほうを選びな」
使者は分かりやすく動揺していた。
大量の脂汗を流し、手は震え、そして奥歯を打ち鳴らしていた。
先ほどまでの威勢もどこへやら、亮平に、否王国に対して怯えをあらわにしていた。
さらに運の悪いことに皇帝からの命令は、絶対に有利な条件を勝ち取って来いというものだった。
このまま金貨5万枚という条件を飲んでしまえば、使者の首が物理的に飛ぶことは間違いなかった。
そのことを白状した使者だったが亮平の態度は一貫していた。
「無能な皇帝へ伝えな、金貨20万という金額からここまで減らしたってな。
運が良ければ……命だけは助かるんじゃないか? 」
その言葉を聞いてふらふらと帝国へ帰って行った使者は、後日塩漬けとなって王国を再度訪問することとなった。
帝国からの徹底抗戦という情報とともに。
のちに王国国王は語る。
あの程度の素人を外交官として派遣したのは帝国のミスだった、もしも場慣れした者であればもっと苦労していただろうと。
そして、亮平に場を任せたことで猶予ができたため王国は兵士の立て直しができた。
それが、戦争の明暗を大きく分けた。




