尋問
臭気漂う防衛戦を経て、亮平は蒼井から一か月の暇をもらっていた。
正確に言うならばその悪臭故に期間限定の出禁を食らっていたわけだが、その間亮平は騎士としての仕事をこなしていた。
例えば今回捕えた獣人への尋問や帝国との和平交渉への立会といった重要な仕事が短期間の間に行われていた。
あわせて今回の遺族への謝罪と見舞金の支払いが行われ、その都度亮平は頭を下げて廻っていた。
そしてこれはある日の尋問の光景だった。
「ちっ、くせえのが来やがった」
亮平が地下牢へ赴くと舌打ちと共に獣人達が恨みがましい視線を投げかけた。
それは、仲間を殺したことへの恨みよりも非道な戦術をとったことへ対する非難の方が大きかったのだろう。
中には恐怖を抱いているのか、小さく震えている者もいる。
「臭いのはどうでもいいんだがそろそろ答えてくれないか。
手荒なことはしたくないんだ」
「はっ、よく言うぜ。
暴力には屈しないぜ」
「そうか……ならお前たちの飯は三食、こいつにするしかないな」
そう言って亮平が取り出したのは真空パックによって臭いの遮断されたくさやだった。
何名か、それを見ても意味が分からなかったのだろう。
しかしそれを理解した者は顔色を変えていた。
この場にいるのは基本的に獣人の血が薄い者達であり、見た目も人間に近く嗅覚も人間寄りである。
それでも獣の嗅覚を引き継いでいる為、くさやの臭いは一撃で意識を奪う事さえあり得る危険物だった。
「なんて……なんてことを考えやがるんだ! 」
「おいおい、そう喚くなよ。
これでもまだ温情なんだぜ。
お前たちに食事を届けた兵士、彼の体に染みついた悪臭はそれだけで意識を奪ったのを覚えているだろう。
あれは、この魚の数段上の臭いを持つ食材が原因だ。
そいつを出さないだけ、まだましだろう? 」
「く……くそ! 」
「それにこうも言っているんだ、ちょっと話してもらえれば普通の食事を用意すると言っているんだ」
「この悪魔め! 」
「はっはっは、そう褒めるな。
今夜はいつも通りの飯にしてやるが、明日の昼までに考えを改めなければ……わかっているな」
そう言って亮平は地下牢を後にした。
それから地下牢の通気口のそばで七輪に火をともし、くさやをあぶり始めた。
その臭いに近くを通った兵士は顔をしかめ、そして地下牢は阿鼻叫喚となった。
翌日、地下牢を訪れた亮平はその臭いに顔をしかめた。
昨晩のくさやの香りが抜けきらず、そして吐瀉物の臭いが充満していたためだ。
一部の女性獣人は涙を流している事から粗相もあったのだろう。
「死んでしまえ」
「開口一番ひどい言いぐさだな。
音楽でも流してやろうか? 」
「お前本当にろくな死に方しないぞ! 」
獣人の心からの叫びに亮平は涼しい顔をしていた。
「俺は孫にみとられて幸せに死ぬって予定があるから」
「……お前夜道に気をつけろよ」
「忠告ありがとうよ。
そんで気は変わったか? 」
「私がしゃべるからもうやめて! 」
そう叫んだのは涙を流していた女性の獣人だった。
尋問という名の拷問に心の均等が崩れていたのだろう。
「へぇ……おい、こいつを連れて行け。
あとこれも持っていけ、舌がよく回るだろう」
そう言って外で待機していた兵士に女性獣人とくさやを渡した。
その様子を歯噛みしながら他の獣人が見守る中、亮平はさらなる爆弾を投下した。
「それじゃ、今晩から臭い飯で頑張ってくれ」
「なっ」
「俺はこう言ったぞ、考えを変えて話してくれなければ三食臭い飯だってな」
亮平は両手にくさやを持って外へ出ようと扉に手をかけた。
それと同時に方々から俺も話す、私も話すという声が上がった。
「……いいだろう、ならお前たちは順次質疑応答を行うとしよう。
ただし嘘をついているとわかったら……その時はわかっているな。
それとその際にだんまりを決め込んだ奴は当然、こいつがその日の夕飯だ。
よく考えて行動しろよ。
お前たちの飯が変わろうとも、食事はこの場所でだ。
1人がくさい物を食うという事は、全員が同じにおいを嗅ぐという事だ」
その言葉は効果てきめんだった。
獣人というのは獣としての習性が強く、群れという物を大切にする。
同時にリーダーという個体を重視する傾向にあるが、最終的には個よりも群を重要視する。
つまり、全体に被害を与えるという行為には忌避感を抱く種族である。
「ゆっくり、話を聞かせてもらうからな」
そう言って外に出た亮平はため息をついた。
そして城にある自室に戻り、枕に顔をうずめた。
「死ぬほど心が痛い」
亮平は、今回獣人から何としても情報を聞き出さなければいけなかった。
後日控えている帝国との和平交渉の為に必要な情報があったからだ。
そのため非道とも呼べる行為を行ったが、それは亮平の良心を責め立てていた。
たとえ女子供でも容赦はしない亮平だったが、それは非常時限定であり、通常時にこのような行為を行う事は良心の呵責があった。
「はぁ……蒼井さんに会いたい」
自身の体に染みついたにおいを嗅ぎながらの呟きは虚空にのまれるばかりだった。




