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貴族

 まだ日差しの熱い今日この頃。

 貴族の方々が来店されました。


 亮君が番犬のように警戒していますが、お客様であることに変わりはありません。

 普段通りの接客をこなします。


「ご注文が決まりましたらお声かけください」


 そう言ってお水とおしぼりを出して他のお客様への対応をします。

 その瞬間でした。

 肩をつかまれて無理やり振り向かされたのは。


「貴様! 貴族である私をないがしろにするとはどういう了見だ! 」


 あぁ、こういうテンプレ的な事を言う人は本当にいるのですね。

 以前ガマガエルのような貴族を追い出してからいなかったのですが。


「お前がどういう了見だハブセン卿、事と次第によっては……」


 そういって刀をお客さんの首に突き付けた亮君が、盛大にお店の外に吹き飛んでいきました。

 お店から攻撃だと判断されたのでしょう。


「ふん、ばかめ」


 申し訳ないですけど同意見です。

 もう何か月このお店に勤めているんでしょうか。


「……それはそうとお客様、このまま掴まれているとああいう風になりますよ」


 外で鼻を抑えて悶えている亮君を指さしてそう告げます。

 それを見て何を思ったのか、鼻を鳴らしながら手を放してくれました。

 その額には脂汗がにじんでいます。


 そして先ほどまでは静かだった御令嬢が亮君に駆け寄っていくのが見えました。

 ハンカチを差し出して、肩に手をまわして心配しているようです。

 亮君も笑顔ふりまいちゃってますねぇ。

 

「ここに書いてあるものを全部持ってこい」


 横目でそれを眺めているとそんな注文が入りました。

 人生で一回入ってみたいセリフですが、うちはメニューが多いからかなりの量になります。

 テーブルだろうがカウンター席だろうが乗り切らないでしょう。

 でも注文ですから仕方ないですね。


「かしこまりました、亮君手伝ってください。

料理の加熱とカクテルお願いします」


 私はその間に調理が必要な物を作ります。

 お肉を焼いたり玉子焼き作ったりと。


 それらを出来た順番に提供していきます。

 そして、当然ですがすぐにテーブルが埋まってしまいました。


「ちっ、食べる量もわからんのか」


「うちは飲食店ですからね、決められた量を決められた金額で提供するのが仕事ですから」


 鼻の頭を赤くした亮君が私の代わりに答えます。

 まぁ、その通りなんですよね。

 決められた量を出すという事は、多くすることも少なくすることもないという事です。

 今も貴族相手なんだからわきまえろとか怒鳴っていますが、お客様は神様、というのは詭弁です。

 というよりもあれ、もともと私のような拙い芸にも黙ってお金を払ってくれるお客様は神様です、って落語家の言葉から生まれたらしいですからね。

 早い話がつべこべ言わずに金払う人は神様のようにありがたいってだけの意味なんですよね。


「貴族に向かってその物言いはなんだ! 」


「忘れたか?

俺も貴族の端くれだっつうに」


「……たかが下級貴族の分際で」


「けれど発言権はあんたより上だぜ。

それに……月夜ばかりではないという事を教えてやる必要があるのかな」


 そう言って亮君は胸元からナイフを出して見せました。

 そして外に吹き飛んでいきました。


 攻撃ではなく脅迫と見られたのでしょう。


「お馬鹿……」


 思わずつぶやいてしまいましたが、周囲の人たちは深く頷いています。

 本当にこのお店にいる間何を学んでいたのでしょう。

 また鼻押さえて、貴族の御令嬢にちやほやされていますし……。


「いつつ……けど、覚えておいた方がいいぞハブセン卿。

権力だけじゃどうにもならない相手ってのは……結構多いぞ」


「……ふん」


 亮君の言葉に、ばつが悪そうに顔をそむけたお客様は手近なカクテルをつかみ、一気に飲み干しました。

 結構強いお酒だったんですけど、大丈夫そうですね。

 それから目を白黒させて、コップの底に少し残った液体を舐めるようにして、次のコップを手に取りました。

 えーと、最初に取ったのはカルーアミルクでしょうか。

 コーヒーのリキュールと牛乳で作ったアルコール入りのコーヒー牛乳です。

 リキュールですから結構強めなんですよ。

 口当たりがいいからパカパカ飲んでしまうんですけどね。

 次はソルティドッグにミモザ、モヒート、マティーニ、アレキサンダー、次々にカクテルを飲み干していきます。

 けれどその顔色は変化することなく、そして勢いだけよくなっていきます。


 逆に御令嬢は亮君に夢中でしたが、勧められた料理を一口食べると物凄い勢いで片端から食べていきました。

 そして、一時間後。

 そこには全ての料理と飲み物を胃袋に収めた二人の貴族がいました。


 こちらの世界ではこれくらいが普通なんでしょうか。

 すごい食欲ですね。


「ふむ……侮っていた。

釣りはいらん、また来るぞ。

おい、貴様」


「私でしょうか」


「あぁそうだ、また酒を用意しておけ。

次来たときは酒瓶ごと持ってこい、良いな」


「えーと、これお酒とジュースを混ぜ合わせて作っているので酒瓶ごとは……それとお金は適正な金額を払っていただきたいのですが」


 渡されたのは金貨の詰まった袋でした。

 これだとお店のメニュー制覇どころかあと5回同じことをしてもおつりが来ます。


「ならば今日この店に来た者達に好きなようにふるまえ。

酒瓶ごとが不可能ならジョッキで持ってこい、いいな」


「あ……はい」


 その勢いに圧倒されてしまいましたが、どうしましょう。

 ジョッキごとって……カクテルはそれぞれに合ったグラスを使うからこそ美しく美味しいのですが……。

 まあその時は一回試してもらいましょう。


 いやなお客さんだと思ったのですが、案外悪い人ではないのかもしれません。

 もしくは顔に出さないだけで酔っていらっしゃるのでしょうか。

 どちらにせよ、今日は忙しくなりそうです。

 貴族のお客様の言葉に他のお客様がたいそう盛り上がっていますから。

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