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アスロックの妻

 数日経って、アスロックさんがお店を訪れました。

 その傍らには年端も行かぬ少女の姿が……もしかして、いえまさかとは思うのですがこちらの方が奥さんでしょうか。


「ん」


「ようアスロック、無事でなによりだ。

その様子だと作戦うまくいったみたいだな」


「作戦、ですか? 」


「あぁ、数の多い帝国相手に少数で勝つ方法はとことん卑怯に徹すること。

毒や奇襲をかける、山ごと焼き討ちして、坑道ごと爆破する。

アスロックの特別な魔法があってこその作戦だったんだけど、それで敵の攻撃隊を消耗させてやばいと思わせて撤退させたんだ。

いざとなれば国の防衛部隊や、俺たち帰還兵から応援を出す準備もあったんだけど今回は引いてくれたみたいだ」


 なるほど、戦争にルールはあってもモラルは不要ということですか。

 後々のことを考えればモラルも考慮するべきですけど、それは強者の言い分というやつですからね。

 それに卑怯というのは裏を返せば戦略の組立が上手だったということですから。


「そんで、奥さん連れてどうしたよ」


 あぁやっぱり奥さんだったんですね、子供扱いしないでよかったです。


「ん」


「へぇ……聖国がね……」


「なんですか? 」


「今回の戦争、聖国は一部の過激派が勝手に引き起こしたことだといって責任者の首付を送りつけてきたらしい。

それと教会の神官を数人と、全主要都市に教会の建設費用を全額負担すると言ってきたらしい。

賠償金も平均程度の金額は払うってよ」


 なんであの一言でそれだけ通じたんでしょうか。

 亮君は何か見通す力でもあるんですかね。


 あれ、でもそれおかしな話ですね。

 責任者の糾弾と賠償はともかく残りの話は、こちらに儲けはありませんよね。


「いや、聖国はサヴァイブ神って神様を崇めているんだけどね。

このサヴァイブ神を崇める宗教ってのは派閥の違いこそあれどこの世界では主流なんだよね。

だから教会を建てることも、そこの職員を教育する手間が省けるのも大きなメリット。

デメリットは腹の中に敵を招き入れること」


「それは……結果として大きなマイナスなのでは? 」


「だから賠償金と首だけもらって追い返したんだってよ。

アスロックはその伝令。

ついでに奥さんの紹介と、店の料理をどうしても食べさせてあげたかったらしい」


 はぁ……政治というのは難しいものですね。

 いかに美味しい汁をすすろうかと考える人ばかりで何とも。


 でもアスロックさんがうちのお店をそんなにかってくれていたというのは嬉しい話です。


「初めまして、店主の蒼井茜と申します」


「初めまして、ジェーンと読んでくれな店主さん」


 元気の良い方ですね。

 江戸っ子気質という空気がビンビンに漂ってきています。


「お好きなお席へどうぞ」


「おう、失礼するよ」


「ん」


「ほいメニュー」


「あんがとよ、リョウ。

えーと、おすすめはなんだい? 」


 うーん、こんな小柄な女性が江戸っ子べらんめい口調で、居酒屋さんのメニューを見ているというのは不思議な光景です。

 その横にアスロックさんみたいな筋肉マンがいるとなると違和感三倍増しですね。


「あー姉御どんなもんが食いたい? 」


「肉」


「ん」


「うーい、蒼井さん。

焼肉定食一丁、オムライス一丁」


「はーい」


 オーダーを聞いて調理を始めます。

 横では亮君が卵を溶いています。



 ……よく考えたらこれアスロックさんがオムライスで奥さんが焼肉定食なんですよね。

 普通逆ですね、絵柄的に。



「亮君、お味噌汁お願いします」


「はいよ。

あ、オムライスの準備できてるから」


「ありがとうございます。

焼肉定食あと30秒で出ます」


「うっす、はいOK。

先に持っていくよ」


「お願いしますね」


 そう言って焼肉定食を持っていった亮君を見送って、オムライスに取り掛かりました。

 お店で出すようなとろとろ半熟、というのは衛生的に厳しいのでソースに気を使って味の調和を求めたオムライスを提供しています。

 はっきり言ってしまうと、ケチャップライスに薄い卵焼きを乗せただけに見えるオムライスですが、ホワイトソースをかけて少し豪盛に見せています。

 時期によってソースをビーフシチューにしてもいいかもしれませんね。


「お待たせしました、オムライスです」


「ん」


 私が差し出したオムライスをアスロックさんが受け取り、体格のせいで小さく見えるスプーンを使ってもぐもぐと食べ始めました。

 その隣では奥さんがガツガツと焼肉定食を食べています。


 リスと犬の食事風景みたいな……ただし小柄な犬と巨大なリスのような……何とも言えない光景ですねこれ。


「っぷは、うまかったー!

いやあんたいい腕しているよ、焼いただけの肉がこんなにうまいなんてさ! 」


「ありがとうございます」


 でも私の腕じゃなくて市販の焼肉のたれが美味しいんですよね。

 まあ企業秘密ということで黙っておきましょう。

 実際私が混ぜ合わせて作るよりも美味しいというのは、まだまだ修行が足りない証ですけど。


「ん」


「ん?

あぁ、あーん。

んうぅ、こっちも美味しいじゃないか。

あーもうこれじゃ胃袋がいくつあっても足りないじゃないか」


「まったく……愛も変わらず仲のいい夫婦だことで」


 亮君が呆れたような、羨ましそうな笑みを浮かべています。

 でもたしかにこんなに夫婦で仲がいいというのは羨ましいですね。


「なにいってんだいリョウ。

あんたらだって十分仲のいい夫婦じゃないか」


「いや、まだ夫婦じゃないんで」


「あ?

なんだいもっと手の早い男だと思っていたんだが……店主、本当に何もされていないのかい? 」


 何もされていない……えーとこの場合キスとかそういう話ですよね。

 抱きつかれたりはしましたけど、そういう関係ではありませんし……。


「特に何も、恋愛を匂わせるような行為はありませんね」


「あ、あーなるほど。

亮平、あんた律儀な男だったんだなと見直したんだけどさ。

同時に難儀な男だったんだね、同情するよ」


「そうだな、でもそういう時はそっとしておいてくれ姉御」


「あぁ、これ以上傷口をえぐるのはやめておくよ。

下手に何か言った時貴族のご令嬢の耳に入ったら……この店燃やされかねないしね」


 そんなことになってしまうのはゴメンですね。

 もしかしたらお店の能力で問題ないってこともありえますけど、危険を冒すのはご勘弁です。


 でも傷口って……私が亮君のアプローチを受けていることでしょうか。

 子供ではないのでそのくらいはわかりますけど、どう返したらよいかわからないんですよね。

 出会った当初はともかく、今はお互いの事をそれなりに知っていますし、拒否する理由もありませんけど……。

 でもこういう時はしっかりと言葉にして欲しいですからね。


 だからそれまでは今のままの関係で行きます。

 その時が来れば……私も身の振り方くらいは考えますけどね。

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