戦いの後に
亮君が水浴びをしている間に部屋から着替えを持ってきます。
シャツとズボン、それと亮君お気に入りの縞模様のパンツです。
毎日亮君の洋服を洗濯していると頻繁に見ていたのでお気に入りと判断しました。
「亮君、着替え洗面所においておきますね」
「うーい、ありがとう」
窓の外から亮君の声が聞こえます。
それとシャカシャカという音と水の音がするのでたわしで体を洗っているのでしょう。
それ壁を洗うたわしなんですけどね。
それから厨房に戻って料理をします。
ついでにお店の軒先には本日お休みの看板を出しておきます。
せっかく帰ってきたのだからゆっくりしてもらいたいですからね。
たれに漬け込んだお肉をしっかり焼いて、それから厚切りのステーキを焼きます。
亮君はレアが好きなんですが、ついついウェルダンにしてしまうそうです。
今まで何度か火の通しが甘くて死にかけたと言っていましたから。
「ふぃ、いいお湯だった」
「あ、ご飯出来てますよ」
「お、本当? 」
「えぇ、焼肉定食ステーキ付きです」
亮君の大好物です。
お肉が好きなのは男の子らしいですが、和食が好きなので味噌汁と御新香、それとたっぷりのご飯です。
「いただきます! 」
そう言って亮君はお味噌汁を一口飲んで、御新香を一つポリポリと食べてからお肉をほおばります。
まだ焼きたてですので、熱いのでしょう。
ハフハフと熱そうにしながら食べています。
「誰もとらないからゆっくりどうぞ」
「うん! 」
久しぶりに亮君がおいしそうに食べてくれているので見ていて気持ちがいいです。
でも今日仕込んでいた料理が無駄になってしまいましたね。
仕方がないので明日のお昼まではこれで食いつなぎましょう。
「亮君肉じゃが食べます? 」
「たべるぅ! 」
「はいはい、頷くだけでいいですよ。
口に物を詰め込んで喋らない」
「んぐっ! おかわり! 」
「はいはい」
本当によく食べます。
胃がびっくりしないのか不思議です。
それから十分ほどいろいろな物を食べ続けていました。
梅干し、焼じゃけ、肉じゃが、アスパラの肉巻、餃子、焼売。
はっきり言って食べすぎです。
「はぁ……もう食えねえや。
御馳走様」
「お粗末様です」
まだ食べられたら人間として驚きです。
というか既に人間の限界でしょう。
「あ、デザートにパフェください」
「まだ食べるんですね」
「甘い物は別腹ってね。
チョコパフェで」
「はいはい、待っててくださいね」
そう言って冷蔵庫から取り出したクリームやらチョコレートやらを使って普段より豪勢なチョコレートパフェをこしらえます。
それを差し出すと子供のように目を輝かせて平らげてしまいました。
「はぁ、今度こそ御馳走様。
もう幸せだわ」
「はいはい、お腹ポッコリしていますよ」
「いーのいーの、幸せの証拠ってことで。
そだ、蒼井さんちょっとこっち来て」
「なんですか」
何の警戒もせずに近づいたのは、失態でしたね。
亮君の腕が私の腰のまわされて、お腹に顔をうずめられてしまいました。
思わず手に持っていたお盆で頭を殴ってしまいました。
「亮君、何のつもりですか。
言い訳があるなら聞きますよ」
「……いや、ちょっと今回の戦場は場馴れしている俺でもきつくてさ。
なんというかその場にいる時は平気だったんだけど、いざこうして平和を甘受していると……いろいろ考えちゃって」
戦争に行った兵隊は、平和な時に程心の平穏を崩しやすいという話を聞いたことがあります。
おそらくその類なのでしょう。
お腹がいっぱいになったことで余裕が生まれて、それで罪悪感を感じているというところでしょうか。
というのが建前でしょう。
「亮君、気付いてますか?
嘘をつくとき亮君は目つきが少し変わるんですよ」
「え? うそ……あ」
「えぇ嘘です、でも亮君も嘘だったんでしょう」
「いや……まあそうなんだけどさ。
でも全部ウソってわけでもないんだよね」
「わかっていますよ、でもだめですよ。
女の人に急にに抱きついたりしたら。
普通ならビンタくらいはされます」
「あの、お盆で殴打されたんですけど」
「その程度で済んでよかったですね。
まったく、お腹に顔うずめるとか何考えているんですか。
いいですか、女の子にとってお腹はだめなんです。
ポッコリしているのを誰かに知られるというのはそれだけで大きいダメージなんです。
だから相手の許可をとって、気持ちをくみ取って、そのうえで抱きつくべきなんです」
今回のように急に抱きしめるのはNGです。
付き合っている相手や奥さん相手であれば、まあ問題はないでしょう。
でも私たちはまだそういう関係ではないのでだめです。
「わかった、ごめん」
「わかればいいのです」
「じゃあさ、抱きしめてもいい? 」
「本当にわかったのですか? 」
思わず低い声を出してしまいます。
けど亮君は笑顔を返すばかりで何も言いませんでした。
まったく、この人はどうしてこんなに悲しそうな笑顔を向けてくるのに泣こうとしないんでしょうね。
男のプライドというやつでしょうか。
「亮君」
「うん」
「お腹は触らないでくださいね」
「うん」
立ち上がった亮君が首に腕をまわしてきます。
男の人の、太くてごつごつとした腕。
さっきまでとは違う甘いせっけんの香り。
耳元で聞こえる、鼻水を啜る音は聞かなかったことにしましょう。
しばらくは、もしかしたら今日一日くらいはこのままでいてもらう事になるかもしれませんね。




