亮君の帰宅
蒼井さん視点に戻ります
また物語の進行上少々時間をさかのぼります
亮君がお休みをとってもうすぐ1週間になります。
戦争ですから殺し殺されの世界なんでしょう。
私には想像もつかない世界ですが、今できる事は3つ。
1つ目は亮君の無事を祈る事。
2つ目は亮君が帰ってくるこのお店を守る事。
3つ目は私自身の身を守る事。
今回の戦争は私がこの世界に現れたことで、あらぬ疑いをかけられたことが発端だそうです。
それはつまり、私や亮君も危ないという事です。
けれど亮君は強いですから、私は弱いです。
正確に言うなら局地的な強さというのでしょう。
私はお店にいる限りは身の安全が保障されていますが、外に出てしまえば非力な女です。
だからこの1週間は亮君との約束通りお店から出ていません。
けどお店は通常通りの営業です。
少し売り上げは落ちていますけど、非番の兵士さんとかがよく来てくださいますね。
亮君が根回しでもしてくれたのでしょう。
みなさん非番だ、休暇だと言っていますが完全武装です。
「こんにちは」
そうしているとお客さんが入ってきました。
見慣れない女性です。
時刻は午前11時、お店の開店が12時なのでまだ営業時間ではありません。
「いらっしゃいませ、まだ開店まで時間がありますので提供できないものもありますがそれでよければお好きなお席へどうぞ」
それでも、お迎えはします。
見慣れないという事は遠方からお越しいただいた可能性もあります。
それに見覚えのない服装ですし、やはり他国の人かもしれません。
「そうね、じゃあひとつ注文を」
そう言ってお客さんは腰のあたりから金属製の何かを取り出しました。
いやな予感がします。
「あなたの身柄をちょうだい」
そう言って殴りかかってきました。
あぁ、やっぱりこういう事になるんですか。
「私は非売品です、それに予約も……いえ何でもありません」
私がそう言い終えるのと、お客さんが出した何かが空中で止まり、直後にお店の外へ吹き飛ぶのは同時でした。
それをお店から出ずに確認していると、そこには見慣れない格好の、だけどよく知った顔の男性がいました。
亮君です。
「蒼井さん! 」
「亮君……」
帰ってきてくれたことは何よりもうれしいです。
けれど、私は思わず後ろに下がってしまいました。
血と泥で汚れた亮君を直視できなかったからです。
「蒼井……さん……」
「ごめんなさい、亮君」
口元に手を当てて、目をそらして、思わず謝ってしまいます。
けれどこれは耐えきれません。
ふらふらとした足取りでお店に入ろうとしてきた亮君に声を荒げてしまっいました。
「入らないで! 」
自分でも驚き、そして亮君の顔を見て思わず泣きそうになってしまいました。
あぁ私はなんてひどいことを言ってしまったのだろう。
思わず泣きたくなります。
けれど、そんな余裕は私にはありません。
「……ごめん、蒼井さん」
「いえ、私こそごめんなさい。
でも亮君、お店に入らないでください」
「……うん」
「物凄く臭うんです。
それに汚いですよ、少しは体を洗おうとか考えなかったんですか?
それじゃあどこに隠れていても臭いでばれてしまいます」
亮君の全身からは血と泥と汗の香りが漂ってきました。
もう目に染みるほど。
思わず顔をそむけて鼻をふさいで怒鳴ってしまう程に。
お店の衛生管理には気を使っていますからね。
「……へ? 」
「いやだから、お店に入るならその汚れと臭いをどうにかしてください。
衛生的に良くありませんし、目に染みるんです」
「いや、あの怖いとかそういうのは……? 」
「あるわけないじゃないですか。
今の私の気持ちは一番、亮君が帰ってきてくれてうれしい。
二番、亮君がくさくて悲しい。
三番、面倒なことに巻き込まれそうでいやだ。
この3つですよ」
「あ……はい……」
亮君が呆れたような、うれしいような、そんな微妙な表情を向けてきました。
後ろにいた兵士さんも同様に微妙な表情をしています。
なんでしょう、馬鹿にされているわけじゃないのですが……いい気分ではありません。
「それより、3人とも裏口の水道で体を洗ってきてください。
じゃないとお店に入れませんからね」
「あ、うん……じゃなかった。
この女は? 」
亮君が足元に転がっているお客さんを指さします。
すっかり忘れていました。
さっき襲ってきたときにお店の能力で追い出されて、その時打ち所が悪かったのか気を失っているみたいです。
「その武器で殴られそうになりました」
「大丈夫なの!? 」
「見ての通りです」
怪我らしい怪我はありません。
というよりこのお店で他人から故意に傷をつけられることはないんじゃないですかね。
「あーうん、わかった。
あおいさん、スズランテープでも何でもいいから縛れるもの持ってきて。
タイタス、レギンの二人はこの女の身体チェック。
それから周囲に伏兵がいないか調べるから蒼井さんがロープ持ってきたら縛っておいて。
舌噛み切ったりしないようにさるぐつわも、毒使うかもしれないから口の中も念入りに調べてね。
あ、そだ。
間違っても蒼井さんを店の外に出さないように、これは階級を利用して命令するから」
亮君の珍しく勇ましい姿に一瞬見とれてしまいましたが、いつまでもそうしているわけにはいかないので裏からロープを持ってきます。
段ボール箱とかをまとめるために使っていた物です。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
亮君の連れてきた兵士さんにロープを渡して、お店の中でいすに腰掛けます。
それからふと思い立って、厨房でオレンジジュースを3つ、コップに注いで持っていきました。
「喉が渇いていたらどうぞ」
「いや、これはありがたい」
「助かります」
二人の兵士さんはそのわずかな間に女性の服を全て脱がして、チェックを行っていたみたいです。
何というか……犯罪の現場に遭遇したような気分ですね。
同じ女としてみていられないのでバスタオルを持ってきて差し出します。
意図を理解したのか、女性の体に巻きつけてくれました。
「伏兵なし、そっちはどうだ」
亮君が帰ってきて二人の兵士さんに確認をとります。
「口内に毒物はありません。
ただし肛門に油で湿らせた紙で包んだ針が数本、おそらく暗器でしょう。
それと服の下は武器でいっぱいでした」
聞きたくないことを聞いてしまいました。
なんてところになんてものを隠しているのでしょう。
それではまともにご飯食べられませんし、座る事も出来ないでしょうに。
「聞くだけで痛々しいんだが……」
「そうですね、それとそちらの女性から差し入れが」
「お、ありがてえ。
ここんところ味気ない食事ばかりで蒼井さんの味が恋しくなっていたところなんだ。
ありがとう、蒼井さん」
「亮君、それ誤解を招くのでせめて私のお店の味と言ってくださいね」
「ん……? あぁそういう事ね」
ちょっと気恥ずかしいのですが亮君も理解してくれたみたいで何よりです。
デリカシーは元から欠乏していましたが、理解が早いというのは助かります。
「さて、蒼井さん。
俺たちはこいつを城の牢獄に放り込んで、王様に今回の戦争は搖動の可能性があるってことを報告に行かなきゃならない。
だから帰ってくるまで、大人しくしてい……」
「失礼、泥の英雄。
こう言ってはなんですが、この女を牢獄に放り込むのは私だけで充分です」
「同じく、報告も俺だけで充分です。
なので英雄殿にはこの女性の警護をお願いしたいのですがいかがでしょうか」
亮君の言葉を遮るように二人の兵士さんが口を挟んできました。
その表情はにやにやと締まりのない笑みを浮かべています。
なるほど、冷やかしですか。
恋のキューピット気取りですか。
こんなにごついキューピットがいてたまりますか。
「いやだけど」
「どのみち必要な仕事ですから」
「……わかった、すまんな」
「いえ、人の恋路を応援するのも騎士団の務めですから」
騎士団のお仕事範囲広すぎませんか?
愛の騎士というやつなのかは知りませんけど。
「では後は頼む、おれは今夜はここに泊まるから」
「亮君、言い方」
「あーえっと、居候しているんでな」
「えぇ、ごゆるりと」
この人、絶対にいろいろ邪推していますね。
まあいいですけど、あまり深く踏み込んで自爆なんてしたくありませんし。
「では行ってまいります」
「おう、頼んだ」
そう言って二人の騎士さんは馬にまたがって行ってしまいました。
私は亮君に向き直ろうとして、顔をそむけます。
やっぱりくさいです。
「亮君さっきは怒鳴ってごめんなさい。
思わず酷い事も言ってしまいました」
「いや、確かにこれは臭うわ。
石鹸貸してもらっていい?
裏で洗ってくる」
「はい、じゃあ待っててくださいね。
それとその間にお風呂沸かしちゃうので入ってください。
着替えは亮君の部屋から持ってきますから」
「あーいいけど男の下着とか触れるの? 」
「別に大丈夫ですよ、男の人の下着が平気というわけじゃないですけど。
亮君のですからね」
「蒼井さん、その発言は誤解を招くから気を付けようね」
「そうですね。
じゃあ亮君、あらためて言っておきますね」
「ん? 」
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
こうして亮君は無事、いえ臭いは無事ではないのですが大きな怪我もなく帰ってきてくれました。
とても、幸せです。
この鼻と目を刺激する臭い以外は。




