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終戦

 戦争というのは数が多ければ勝てるという物ではない。

 戦術、戦略を整えて運を味方に付ける、それが勝利の秘訣だとヴェリスは考えていた。

 しかしどうだ、聖国は戦略も戦術もない。

 子供の戦争ごっこのように武器を振り回して突撃してくるだけだ。

 どころか協力する様子も見れない。

 完全に個人が個人として動いている。

 まさしく烏合の衆であった。


 故に、おかしいと感じていたヴェリスは本軍へ伝令を走らせた。


 戦争において攻撃隊と防御隊に分かれる事が多々ある。

 攻撃隊は相手の拠点を攻め込み、防御隊は攻め込んでくる敵を迎撃する。

 このバランスが崩れると防衛線や総攻撃となる。


 今回ヴェリスが伝えた内容は敵殲滅の意見具申だった。


「亮平、まだ生きているか」


「生憎死にそうだよ」


 そう言った亮平の表情からは余裕が感じられたものの、死体の上に腰かけて最前線に目を向けている。

 亮平の武器はあくまでも打撃武器であり、当たり所が悪ければ即死させることも可能だが剣と比べると死に至る機会は少ない。

 そのため後方で休憩をとっていた。


 代わりにジョナサンは最前線で嬉々として剣を振るい敵をなぎ倒している。

 この剣戟音のとどろく戦場でもその声はよくとおっていた。


「はははははっはっは、どした!

まだたりねえぞおら! 」


「元気だねえ」


 その声に亮平はため息をつきながら周囲を見渡した。


 何かおかしい、いや違う。

 何度も経験している感覚だ。

 これはなんだ、そうだ殺意だ。


 そう気づいた瞬間、亮平の右手にはナイフがつかまれていた。

 もし亮平が止めなければヴェリスの首に突き刺さっていたであろうそれを、飛んできた方向へ向けて投げ返した。


 そこには死体の隙間に身を隠した掃除人だった物がいた。


「どう見るヴェリス」


「戦争ではないな。

殺し合いにさえなっていない」


「そうだな、聖国は何を考えているんだろうな」


 一方的な虐殺になっていた戦場で英雄と将軍は歯噛みする。

 先の見えない戦闘、その理由さえも分からず、人命のみが消費されていく。


「戦術もくそもない、だが陣形はこのままだ。

攻撃隊は全軍突撃、切りこみ隊を再編成してからだ。

かかれ」


「了解だ、ヴェリス将軍」


 ヴェリスの判断に笑みを浮かべながら刀を担いで前進する。

 そして相変わらず高笑いをしながら敵を切り殺していたジョナサンの肩を叩いて、その援護をしながら指示を出した。



 結果は聖国の全滅による勝利だった。


「釈然としないな」


 亮平の言葉は、その場にいた誰もが思っていたことだった。

 開戦前はあれほど高まっていた士気も今や地の底である。


 子供が戦場に出てきている事、それらを殺さなければいけなかったことなどを初めとして今回の戦争は不快な事が多くあった。

 また勝ったとはいえ、まともな戦争ではない。

 そんな予感をだれもが抱いていた。


「おいヴェリス、なんか言ってやれよ」


「この状況で何を喜べと言えばいい、自分達より圧倒的に劣る子供を殺したことか。

それとも仲間の屍を乗り越えて生き残ったことか。

もしそうなら断る、お前がやれ」


 ジョナサンの言葉に怒りを隠そうともせずにヴェリスが答えた。

 それを見てため息をつきながらジョナサンはタバコを取り出した。


「悪かった、だけど落ち着け」


「……そうだな」


 そう言ってジョナサンの差し出したタバコを受け取り、近くにいた兵士のたいまつから火をつけた。

 大きく煙を吸い込んで、吐き出し、そしてそれを繰り返して短くなったものを握りつぶして放り投げた。


「亮平、お前さっきから黙りこくってどうした」


「……いやすまない。

ヴェリス、馬を一頭かしてもらえないか」


「だめだ、余っていない。

そもそもお前が馬はいらないといったんだろうが」


「そうなんだが……いやな予感がする」


「予感……? 」


「あぁ、今回の戦争について考えていた。

もしもこれが、壮大な陽動だったらどうする」


 亮平の言葉にジョナサンとヴェリスは顔をしかめた。

 50万の命を懸けた陽動、それだけの犠牲を払って攻め込む先は……言わずもがなである。


「王都……いや違うな。

今回の戦争の現況とされた人物……蒼井嬢か! 」


「王都の可能性も捨てきれないけどな。

そういう事だ、声と顔に出していないだけで焦っているんだ。

頼むヴェリス」


「……だめだ、規律を乱すわけにはいかない。

今お前の勝手を許せば隊の規律が乱れ、小さな乱れは全体へと拡散する。

その恐ろしさを知らないわけではないだろう」


「…………」


「だがな、報告に人を走らせる必要がある。

ちょうど乗り手がいなくなってしまった馬も一頭いるんだが……二人ほど引き連れて言ってくれる奴はいないだろうかと思っているところだ。

できるだけ戦える奴が好ましいのだが」


 ヴェリスがそういうと、亮平は一瞬呆けた顔をしてから笑みを浮かべた。

 その後ろでジョナサンもやれやれと苦笑いを浮かべてため息をついている。


「その任務、泥の英雄御坂亮平が請け負う」


「ふむ、では頼もう。

タイタス! レギン! お前たち二人は伝令に走れ。

この泥の英雄と共にだ!

そこに余らせている馬を使わせろ! 」


 ヴェリスが声を張り上げると二人の騎士が一礼して隊列から外れた。

 そして馬を連れた兵士が亮平に馬を託した。


 そして互いにタイミングを計り、3人は伝令として走った。


「……よく考えれば店から出なければ安全だよな蒼井さんは」


 ふと思い出した亮平だったが、店から出た場合の事を考えるといてもたってもいられなかった。

 もしも、もしもという言葉が何度も頭の中にこだましていた。

 

 それから三日かけて来た道を、一日で駆け抜けた亮平は蒼井の店にたどり着いた。

 それと同時に、店の扉が開いて人が飛び出してきた。


 聖国特有の打撃武器と神官服を身に纏った女性だった。

 気を失っているらしいが、目立った外傷もなければ命に別状もなさそうだ。


「蒼井さん! 」


「亮君……」


 入口から亮平が声をかけると蒼井は顔をしかめ、そして一歩二歩と後ずさりした。

 そして自分の格好を見て、亮平は理解した。


 土と血にまみれた姿だ。

 平和に慣れた日本人、それもまだ若い女性であれば悲鳴を上げて気絶してもおかしくない。

 失態だった。


 そう思った瞬間だった。


 蒼井が怒鳴ったのは。

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