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戦場

 それから二日かけて、亮平たちは戦場へとたどり着いた。

 何もない平坦な草原、生い茂った草は脚に絡みつきその動きを制限する。

 それは鎧に身を包んだ亮平たちも、軽装である聖国軍も関係ない。


 しかしそのことを気に掛ける余裕は、どちらにもない。

 先に動いたのは聖国だった。

 ほら貝を吹き鳴らし、引き絞った弓から矢を放つ。

 それは雨のように亮平たちに降り注いだ。


「盾兵! 」


 ヴェリスが叫ぶよりも早く、巨大な盾を持った兵士が降り注ぐ矢の雨を盾で受け止める。

 しかしそれで防ぎきれる数でもない。

 いくつもの矢が盾の隙間を抜けて兵士に降り注いだが、殆どは鎧ではじかれることになった。


 遠距離武器には必ず隙ができる。

 次弾の装填が必要だからだ。


 故に隊列を組んでタイミングをずらす事でその隙を無くすのが定石とされている。

 亮平はそのずらしたタイミングの一瞬を狙った。


 亮平の鎧は全身鎧ではなく、急所を守るための物だ。

 関節は動きを阻害しないようにつけておらず、脚を守るレギンスと腕を守る手甲、そして胴体を守る襟とフードの突いた皮鎧だった。

 更に皮鎧の上からローブを羽織り、余分な裾を切り落とす事で防御が薄い事を見抜かれないようにしている。


 そんな亮平は素早かった。

 数百メートルはあるであろう距離を、手甲で矢を弾きながら突進した。

 剣では隙が出来る、それだけの理由だった。


「うぅおおおおおおおおぉおおぉぉぉおおぉおぉ!! 」


 雄たけびを上げる亮平に釣られ、ジョナサンやほかの兵士も続いた。

 聖国は突出した亮平に気をとられるあまり、本隊への攻撃をおろそかにしてしまったためだ。


 これが亮平の、ひいては切り込み隊の役割である。


「あのバカにつづけ! 」


 ジョナサンの叫び声が戦場に轟く。

 それにつられて兵士が雄たけびをあげながら進軍を開始した。


「神御加護を! 」


 聖国の兵士が亮平の頭部めがけてメイスを振り下ろす。

 それを躱さずに、相手の手首を拳で殴りつけて軌道をそらした。

 そしてそのまま、地面に押し倒して首を踏みつけた。

 ごきりという小さな音と共に、聖国の兵士は血の泡を吹いて絶命する。


 だが動きの止まった亮平に兵士が殺到した。


「おいおい、敵は亮平だけじゃねえぞ」


 獲物を狩る瞬間こそが最も危険、猟師がよく口にする言葉だ。

 獲物に集中するあまり周囲の確認がおろそかになって危うくなる、という経験からくる言葉だろう。

 それは戦場においても、否敵味方入り混じる戦場だからこそだった。


 亮平を狙った敵は、ジョナサンと彼の率いる兵士によってあえなく命を散らすことになった。


「おう、お前らは二人一組で適当に殺していけ。

今みたいな状況には気をつけろよ」


 ジョナサンの言葉に短く返事をした兵士は足早に、近場の敵兵めがけて突撃していった。

 それを見てジョナサンは亮平の肩を叩く。


「早く帰りたいのはわかるが突出しすぎだ。

無茶はするな」


「すまんな、命の恩人」


「はっ、馬鹿言うな。

あの程度お前ひとりで余裕だっただろ。

手柄を横取りしただけだ」


「だったら、その分働いてもらうぞ」


 亮平が走りだし、それにジョナサンが続いた。

 変わった格好をした二人組、片や真っ赤な鎧を纏った大柄な男と、鎧ではなくローブを身に纏った剣士。

 その組み合わせは目を引き、そして彼らの記憶にある異国の英雄の話を思い起こさせた。


 有名人というのは戦場において手柄を上げるための駒でしかない。

 たとえ神に忠誠を誓った聖国であっても、手柄というのは重要だった。


「暖色の英雄!

その首貰い受ける! 」


「泥の英雄!

覚悟! 」


 暖色の英雄、それはジョナサンの事であり赤い鎧を着ている事と、男好きという理由からつけられた二つ名だった。

 対して泥の英雄は亮平の二つ名であり、茶色のローブを好んで着ている事に加えてその戦法が原因だった。


「やらねえよ」


「覚悟なんざとっくにできている」


 しかし、所詮前線に出ているのは木端な兵士である。

 英雄とまで呼ばれた二人の男に、正面からぶつかって勝てるはずもなくその場に切り伏せられた。


「さて」


「行くか」



 息の合った連係を見せる二人に聖国は気圧されていた。

 死を恐れない、とはいえ恐ろしい物はある。

 一方的な暴力というのは得てして恐ろしい物だった。


 切りかかった兵士は亮平の殴打を受けて膝をつき、その隙にジョナサンが切りつける。

 剛剣というにふさわしいその一撃は鎧の関節部を寸分たがわず打ち抜き、そしてそのまま首や腕を切り飛ばしていった。


 またジョナサンが撃ち漏らした兵士は亮平がとどめを刺した。


 しかし、その快進撃はある地点で足を止める事となる。

 一人の女性を見つけたからだ。

 戦場に似つかわしくないその人物は一人の少女だった。

 聖国にしては珍しく、ナイフを使って戦うその少女の周りには亮平の仲間の死体が積み重なっていた。


「こいつは……」


「掃除人だな」


 掃除人、それは聖国お抱えの特殊部隊だった。

 暗殺を専門に請け負う部隊であり、異端者や異教徒の抹殺を担う部隊である。

 その存在は表向きには公表されていないものの、裏に関わりのある人間なら誰もが知っている存在だった。

 聖国も見える脅威として掃除人を使い、表向きには異教徒の改宗を勧める。

 暗に改宗しなければ殺すと脅しているに過ぎない。


「こいつは……」


 亮平が顔をしかめる。

 表情無くナイフを持って立ち尽くしているだけの少女だが近づけば一瞬で斬りかかってくるだろう。

 そのことが手に取るようにわかった。


「いや大丈夫だろ」


 しかしジョナサンは意に介さず歩みを進めた。

 それを見てなのか、少女がジョナサンに切りかかった。

 それを、ナイフが届くよりも先に腹を蹴り上げて止めたジョナサンに聖国は非難の目を向けた。


「なんだよ、敵なら殺してしかるべきだろ」


 そう言ってジョナサンは少女の首に剣を突き立てた。

 幅広の剣だったためだろう、枯れ木のような細い首は両断されその場に転がった。

 それと同時に亮平が刀を振り下ろした。

 その一刀はジョナサンの首に刃を立てようとする少年掃除人の頭を打ち砕いた。

 地面に脳漿と血が飛び散る。


「よう、命の恩人」


「はっ、気付いていただろ暖色」


「手柄を譲ってやったんだ泥」


 そう言い合って、にやりと笑みを浮かべた二人は周囲を囲まれている事に気が付いた。

 何時の間にか、周囲を兵士に取り囲まれていた。


 映画などであれば一人ずつ切りかかってきて、大立ち回りを演じるであろう場面だが、現実ではじりじりと円を縮めてていき最後にはなぶり殺しにされるだろう。


「ジョナサン」


「亮平」


 互いに声を掛け合い、背中を預ける。

 そしてつま先で二回、地面をたたいて二人は別々の方向へ走り出した。


 一点を突破しようとした場合、敵の兵力は集中してしまうがこの方法であればどちらを狙えばよいかと考えた兵士の動きが一瞬止まる。

 その隙に相手を殴り、斬り殺しまた円の中央へ。

 そしてまた突進を繰り返し敵の勢いをそいでいった。


 戦場の真っただ中で、不敵に笑ってはこちらを圧倒する英雄2人。

 それは盲信する信仰者から見ても異様な光景だった。


「そら、俺達ばかりに構っていると」


 ジョナサンがそう言った瞬間、二人を取り囲んだ兵士はバタバタと倒れていった。

 後続のヴェリス率いる本営が攻撃を仕掛けてきたのである。


「あらら、遅かったか。

ようヴェリス閣下、重役出勤だな」


「まさしく重役なんでな、露払い御苦労下っ端の英雄」


「けっ、本当にいけすかねえ野郎だ」


 そう言って豪快に笑ったジョナサンは無造作に剣を振る。

 その先にあったのは死体の山だが、そこには小さな子供が隠れていた。


「まったく、掃除人を掃除しなきゃなんねえとか何の冗談だ」


「というか暗殺者を前線に出してくるってどうなんだろうな」


「愚作の極み」


 三者三様に今しがた作られた子供の死体を見て吐き捨てた。

 子供だから女だからという油断は一切ない。

 手心など加えれば明日死ぬのは自分である。

 そのことを理解していたからだ。


 戦場に出ればその生い立ちも年齢も性別も人種も関係ない。

 理由はどうあれ、戦場に立ったのだから命の覚悟をするべきであり、その覚悟がない方が悪いのだ。


「さて、ちゃっちゃとこの宗教屋を片付けてこいつの嫁さんのところで一杯やるとしようぜ」


「賛成だ、だけどまだ嫁じゃない」


「まだってことは狙ってんだろ。

ヴェリスの旦那も行くだろ、こいつのおごりでな」


「げ、俺かよ」


「ふむ、そういう事なら同伴しよう。

生き残った兵士全員とな」


 にやりとヘルムの奥で笑ったのを感じ取りながら、亮平は破産するんじゃないかと戦争が終わった後の事を思い、そして蒼井の事を思いだしていた。

 帰ったら、まず抱きしめてみよう。

 そう考えていた。

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