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進軍

 朝日が昇ると同時に亮平とジョナサンの所属する隊は出発した。

 反対方向に向けてアスロック率いる隊が進軍する。

 西と東、それぞれを撃退するための作戦だった。


 西の帝国はこの国に攻め入る際は木の生い茂る山か、鉱山を抜けなければならない。

 この鉱山は見晴らしがよく狙い撃ちにされる可能性が高いため、山を抜けてくるだろう。

 仮に高山を抜けるのであれば、坑道を利用する事が予想される。


 それらの対策としてアスロックが向かう事となった。

 また帝国は人数こそ多い物の、その結束力は弱く気概をそぐ事は容易い。

 故に少数精鋭による奇襲と夜襲の組み合わせという作戦を組むこととなった。


 対する聖国は亮平やジョナサンといった、戦闘を得意とする者達を中心とした部隊での正面からの迎撃戦である。

 こちらには策もなければ、準備もない。

 向かってくる敵を殺し、捕えるだけだ。


「全軍前進! 」


 隊長を務めるヴェリスが馬上から声を張り上げる。

 亮平はその進軍を馬車の中から眺めていた。


 乗馬は亮平もできる、こちらに来てからの5年間で習得している。

 だが、戦場では亮平は馬を使わずに単身敵をなぐり殺すという戦法を用いる。

 そのため馬を使って移動した場合、亮平が乗っていた馬は余ってしまう。

 馬一頭、その食料を用意するにはそれなりに労力を要する。

 それなのに馬は移動にしか使わないとなると、それは無駄でしかない。


 馬車の揺れを好む者は少ないが、亮平はその揺れを心地よく思っていた。

 図太い神経を持ち合わせているのだろう。

 進軍の最中でありながらうたた寝を始めた亮平は、その晩見張りとして立たされることになったがそれは余談である。


 その日は道程を三割ほど踏破したところで野営となった。


 一方聖国と帝国の動きは間諜の働きによって定期的に報告が行われていた。

 現在この位置にて待機中等、必要最低限のものではあるが要所は抑えられている。

 その情報から判明したことは帝国は140万の兵士を引き連れ奇襲ポイントまで4日の位置に、聖国は戦場予定地まで3日の位置に50万の軍勢が迫っていた。


 対して亮平たちの軍は20万人、アスロックの軍勢に至っては10万人しかいない。

 国の守護や、国民への指示に50万人の兵士を割いているからだ。


 数の上では圧倒的に不利、死を覚悟する兵士も少なくない。

 それでも逃げ出すものがいないのは日ごろの訓練の賜物か、愛する祖国の為か。

 士気も高く、武器の手入れは入念に行っていた。

 中には拾ってきた木の枝で組み手をする者もいた。


「どうみる、亮平」


「空元気、やけくそ」


「それが普通の、いや市民の見識ってやつか」


「小心者の意見だよ。

お前はどう思う、ジョナサン。

それと、ヴェリスさん」


「空元気だな」

「やけくそだろう」


 亮平と全く同じ答えを返した二人は、苦笑いを浮かべていた。

 兵士の士気は高い、だが負ける可能性も高い。

 はっきり言ってしまって勝てる戦いではない。


 仮に戦争を仕掛けてきたのが聖国か帝国のどちらか一方であれば勝つことも視野に入れることができた。

 だが、今回は防衛で精いっぱいだ。

 特に聖国は最後の一人になろうと異端者の討伐、他主教の改宗を謳っているため厄介だ。


 死を恐れない兵士、それは脅威だった。


「しかたがない、もう少し士気を上げておこう」


 そういったヴェリスは亮平とジョナサンの襟首をつかんだ。

 そのままずるずると引きずりながら訓練をしている兵士のもとへ向かって声を張り上げた。


「ここにいる切り込み隊長二人のどちらかに有効打を与えたものには、明日の夕飯を大盛りにしてやるぞ! 」


 ヴェリスの言葉に一瞬動きを止めた兵士たちはぎろりと亮平とジョナサンに視線を向けた。

 そして各々落ちていた木切れや棒を手に、二人に襲いかかっていった。


「ヴェリス!

てめぇこの野郎! 」


「ちょ、さすがに素手でこの人数はきついって! 」



「聞いたかお前ら!

亮平は素手ではこの人数はきついそうだ、今がチャンスだぞ! 」


 ヴェリスは二人の抗議を無視して再び兵士に声をかけた。

 それに反応を示した者たちは雄叫び声をあげながら、突進して亮平に襲いかかる。

 それを、人の方や頭を踏み台にすることで回避を続ける亮平を、襲い掛かる兵士を投げ飛ばしながらジョナサンは見ていた。


「みんな、生きて帰りてえもんだな」


「そうだな」


 その言葉にヴェリスが短く返した。

 かなわぬ望みと知りながらも願わずにはいられなかった。


 しばらくして泥まみれになった亮平が疲労困憊といった様子でヴェリスの前にしゃがみ込んだ。

 結局有効打を取ることができなかった兵士たちだったが、それが逆に彼らを勇気づけることとなった。


「お前たち全員が束になってもあしらわれるほどの男たちがいるんだ、落ち込むことはない。

それにこいつらは武器を使っていなかったんだぞ」


 ヴェリスの言葉を誰もが聞き逃すまいとしていた。

 それは一言一言が自身の力になる言葉だったからだ。


「敵は50万、たったの50万だ。

こちらは20万、お前たちのない頭で考えろ。

3人だ、一人が3人を殺せばこちらの勝利だ。

いいか、殺すことは考えずに生き残ることだけを考えて二人掛かりで一人を殺せばいい。

それを六回、そうすれば戦争に勝てる。

お前たちは生き残れる」


 それはまるで悪質な宗教の洗脳のようだった。

 宗教国家相手に洗脳した兵士で戦う、これほどの皮肉があるだろうか。

 相手は神を盲信する、こちらは人の言葉を盲信する。

 それだけの違いしかない。


 だが姿かたちを持たずに声も届かない神と、ふれあい語り合える人間の言葉は重みに違いがあった。

 少なくとも宗教というものに興味のない兵士たちにとって、自分たちが体感した圧倒的な強さの一端と尊敬する人物の言葉は大きな励みだった。


 その結果、野営地は勝てるという言葉がちらほらと漏れ出すようになり、先ほどまでは無心で剣を振っていた者たちも歌え騒げというほどに士気が向上した。


 少々やりすぎたかと思ったヴェリスも、これで士気が上がるならとそれ以上考えることはなかった。

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