前夜
戦争へ行く、言葉にすれば簡単な事だ。
亮平はそう考えながら荷造りをしていた。
鞄に必要な物を詰め込んでいく。
携帯食料と水の入った水筒、蒼井からもらったウォッカ、投げナイフとサバイバルナイフ、着替えを詰め込んだ。
そして鎧を引っ張り出し手入れをする。
「うお、こんなところが錆びてやがる」
長らく使っていなかったため関節部に錆が発生していたため、分解してそれらを落として油をさす。
そして予備の剣を取り出して、ため息をついて棚に戻した。
完全に錆びきってしまって鞘から抜く事さえできなくなっていた。
「どのみち使わなかったけどさ……」
亮平は愛刀をつかんで訓練所に出た。
思いのほか時間が余ってしまったため、訓練に出てきた。
刀を地面に立てた巻き藁に叩きつけ、その調子を確かめる。
藁は表面がえぐれはするものの、切れたというには荒々しすぎる傷跡が残されている。
亮平の持っている刀に切れ味がないからだ。
全身鎧をまとった戦いで剣は大して役に立たない。
どこを切りつけようとも無意味だからだ。
だがこの国の人間は剣を愛用している。
理由はこの地の周辺には動物型の魔物が多く出る為だ。
目に見える傷、というのは存外心にダメージを与える物である。
そのため野生の魔物との戦いでは傷をつける事が優先される。
もちろん討伐が目標だが、小さな傷をいくつもつけでなぶり殺しにするという事が多い。
本来ならば使い分けができれば最良だが、剣と打撃武器を併用することは難しい。
練度も訓練も必要になってくる。
だがその時間がないため剣単体で戦う方法が生み出された。
切れ味を重視した剣で鎧の隙間を狙う事。
かなり高い技量が要求されるが、それを専門に訓練を積めば不可能ではない。
しかし亮平にはその技量はなかった。
騎士を目指すものは幼いころからその訓練を積んでいたが、亮平が騎士になった時は既に20を過ぎていたためどうやっても付け焼刃にしかならなかった。
だから技量を得る事を放棄した。
打撃武器の使用、それは今回の敵である聖国の戦法だ。
聖国は異端者の改宗を目的として行動することが多い。
それ故に殺さないことを目的とした戦法を好む。
例えば刃物であれば先述のように血を流すことになる。
それは小さな傷であっても積み重なれば出血死する恐れがあるという事だ。
対して打撃武器ならば、こちらも内出血があり最悪ショック死に至る事も有るが四肢を狙った攻撃であれば、少し加減を間違えた程度で死ぬことはない。
また利点として力任せに叩き付けるだけでよいのだから、必要最低限の訓練で戦力の増強が可能だ。
それは祈りの時間を何よりも優先する聖国にとって重要な事だった。
彼らはたとえそれが戦場のど真ん中であっても、祈りを欠くことはない。
亮平の武器が刃物のような見た目でありながら打撃武器であるというのは、聖国の人間に祈りを欠かしたと罵られ、襲われた事があるからだ。
もとより宗教が生活の一部となっている日本人にとって、露骨な宗教というのは拒否感を抱きやすい。
それらの理由から、亮平はこの聖国を快く思っていなかった。
結果として聖国の人間と思われず、尚且つ使いやすい武器という事で作られたのが刀の形を模した打撃武器だった。
作成当初は試行錯誤の繰り返しだった。
折れず曲がらずと言われる日本刀だが、こちらで一般的に使用される剣を比べると非常に華奢だ。
さらに当時の製法ではただ金属を固めただけの物体だった事も有り、鎧に叩きつけた瞬間に半ばから折れる事や、ゆがんでしまうという事も多々あった。
そして行き着いたのが希少鉱石の混合。
芯の部分には柔軟性の高い金属を使い、その周囲を硬い金属で覆ってしまう。
それにより欠ける事はあっても、折れる事は少なくなった。
だがまだ実践には向かないとわかると、今度は層を作る事にした。
柔軟性の高い金属と、硬質な金属を重ねて折り曲げてと繰り返す事でその両方の特性を生かした。
奇しくもそれは日本刀の製法と同じだった。
こうして亮平の手に入れた武器は、3年分の稼ぎと一年もの時間を費やして完成へと至った。
今も尚問題がないとは言えない。
事実当たり方が浅いと刀身の反りによって威力が落ちてしまう。
それが藁に刻まれた跡だった。
「もう少しちゃんと当てないと意味がないな……だめだなぁ、最近訓練サボってたから鈍ってる」
「なら俺が相手してやんよ」
刀を握りなおして構えなおした亮平の背後から、鋭い一撃が振り下ろされた。
それを見る事無く躱して、その喉元に刀を突き付けた亮平の目に映ったのはジョナサンだった。
「な」
何をする、そう抗議しようとした亮平に対してジョナサンは足元の土を蹴り上げる事で答えた。
思わず目を守ってしまった亮平の腹部に鈍い痛みが走った。
「これで一回死んだ」
見るとそこには鞘によって守られたジョナサンの剣が当てられていた。
怪我をしない程度には威力を抑えていたのだろう。
けれど痛いという事に変わりはなく、亮平は二歩下がって刀を正眼に構えた。
「さぁて、腑抜けた亮平は何回死ぬかな」
「いってろ」
そう言って亮平は、腰の鞘をジョナサンに投げつけた。
咄嗟の判断で躱したジョナサンの目前には刀を振り上げた亮平の姿があった。
だが、それが振り下ろされることはなかった。
「二回目だ」
亮平の喉元にはジョナサンの剣が突き出されていた。
気道を圧迫され思わず急き込んだ亮平だったが、すぐに態勢を立て直して刀を振り上げる。
しかし当たらない、手首をつかまれて剣の動きを完全に封じられてしまい、その隙に胸を叩かれた。
「おら、三回。
どうした、この程度じゃ惚れた女のところへは帰れねえぞ」
「馬鹿言うな、勝てないってわかったらすぐに尻尾巻いて逃げるっての。
そもそもお前レベルの人間がそうやすやすといる訳ねえだろ」
「……騎士様の言っていい言葉じゃねえが、その心構えは気にいった。
前はがむしゃらに進むばかりだったのに成長しやがったな、亮平」
「成長じゃねえよ、老けただけだ」
「いい事じゃねえか、歳くって惚れた女が出来て生きる理由も出来た。
悪い事なんて一つもねえ」
「そうでもないぞ、この年になって女を知らないってのは焦るもんだ」
「あー……」
気軽な会話をしながらも二人の組手は続く。
それに応じて々に亮平が攻撃を受ける回数も減っていた。
「26回」
「だけどお前も五回死んでいるだろ」
「戦場だったら先に死んだお前の負けだけどな」
結局この組手は夜が更けるまで続けられた。
亮平の、鈍っていた腕もある程度勘を取り戻す事で鋭い物となった。
明日は戦場へ、そのことを胸に亮平は布団にもぐりこみ、同じ布団にもぐりこんできたジョナサンを部屋から追い出してから眠りについた。




