アスロック
「俺がこっちの世界に来て……どれくらいの頃だったかな」
「ん」
「あぁそうだ3年くらいの頃だ。
その頃どうにか元の世界に戻れないかといろいろ勉強していた時期にアスロックと出会ったんだ」
アスロック、こちらのお客様のお名前でしょうか。
「あ、こいつの事ね」
どうやらその判断であっているみたいですね。
アスロックさん、覚えました。
「ただ、勉強の末に分かったことは絶対に戻ることはできないってこと。
地球にいた頃でさえ世界の渡り方なんてものは存在しなかったんだから、ある意味あたりまえなんだけどね。
はっきり言ってこの世界の技術は大したことがない。
魔法だってそうだ、こっちの世界特有の化学みたいなものだ。
俺たちは電気を使って機械を動かしていたのと同じように、こっちは魔力という体内エネルギーを使って現象を起こしていた。
たとえるならライター、火花と気化させたオイルで炎を出しているのに対して魔力で代用している。
それだけの違いしかなかった。
強いて言うなら魔力は電気やガスと比べて高いエネルギーを持っているけど、それを精製できる量には上限があって使いすぎると命の危険もあるってことだね。
魔法使いというのは人間の中でも魔力を精製しやすく、放出しやすい人だけがなれるから、使える人は少ないんだよね」
「はぁ……なんか難しいですね」
「原理は簡単だけど、俺達には理解できない範囲だね。
そもそも俺たちは体の構造が違うから魔力の精製はできないし、魔法の恩恵も受けられないんだ」
あぁやっぱり使えないんですね。
女性なら誰もが夢見た魔法少女になれるかと思ったのですが……いえ、私の年齢で少女はおかしいですね。
せいぜい魔女でしょうか。
美魔女とはまた違いますよね。
「話を戻すとその頃には俺は国の騎士の一員で、ついでにそれなりの地位を与えられていたから希少な魔法使いとも話が出来たんだよ。
そしたらまったくしゃべらない筋肉と、喋るけど脳筋馬鹿と、研究以外に興味のない馬鹿だったんだよ。
最後はみんな仲良くなったけど」
仲良きことは美しきかなとも言いますが……亮君は変わった方々とお知り合いになる事が多いですね。
前に来たパフェのお客さんともお尻……いえお知り合いになっていますし。
「こいつも魔法の研究をしたいってことでいろいろ話をすることになったんだけど、他の魔法使いからは異端扱いされているんだよね」
「そうなんですか? 」
「うん、詳しくは話せないけどホースから水をかけるのと、バケツから水をかける事の違いっていえばわかりやすいかな」
まったくわからないです。
でもニュアンス的には垂れ流しか、まとめてばっしゃーんって感じでしょうか。
まったく想像できませんけど。
「あのころは若かったなぁ……。
もうがむしゃらでさ。
だけどアスロックと仲良くなって、他の魔法使いとも仲良くなって。
そんでこいつが街の花屋の娘に惚れているけど話せないからどうにかしたいって相談受けてさ。
そっからこいつが結婚するまで方々に手配して」
「ん……」
「いいじゃねえか、今幸せなんだろ。
思い出したくないこともあるけどね」
「深くは聞きませんよ」
「そうしてもらえると助かるよ。
でもまぁ……アスロックの結婚当日に兵隊連れた貴族女性が集団で乗り込んできたときは笑ったよ。
俺と近衛兵と魔法使いで返り討ちにして、大半が国外追放くらってしばらく国の指揮系統が混乱してやばかったけど最近は落ち着いてきたし」
それを笑いごとで済ませるのはどうかと思います。
というか下手したら国一つなくなるレベルの案件じゃないですか。
「ついでにと言わんばかりにあちらこちらで結婚する奴や、婚約する奴がいたよ」
「亮君も告白されたんじゃないですか? 」
「俺は一部の貴族から嫌われているからね。
上級貴族から娘を是非と言われたけどその頃は地球に帰る事しか考えてなかったからお断りしたよ」
「ふーん、じゃあ地球に帰ろうと思ってなかったら結婚していたんですね」
「いや、だったら騎士になってないから世界中を旅していたんじゃないかな。
今からだってそうしたいくらいだよ」
世界中を旅ですか。
私もそのうち料理研究の旅とかしてみたいですね。
しばらくは無理でしょうけど。
「まぁなんだ、こういうのも思い返してみると意外といい思い出だったりするね」
「そうですね、歳を重ねると嫌な思いをしたというのもいい経験になります。
だからと言って全てがいい思い出になるとは限りませんが、こんな事も有ったなと言えるのは悪い事ばかりではないでしょう」
「おぉ、年上が言うと重みが違うね」
「……亮君、今夜のおかずはもやしだけでいいんですね」
私たち一つか二つしか違わないじゃないですか。
そもそも女性に向かって歳がなんだ、重みがなんだというのはデリカシーが無さすぎます。
「ごめんなさい!
蒼井さんの美味しい手料理が食べたいです! 」
「……ん」
「どうしました? 」
アスロックさんがにこやかに私たちを見比べています。
慈愛に満ちた笑顔ですね。
「いや、夫婦じゃねえよ」
「ん? 」
「なんていえばいいのかな。
従業員と雇い主で、護衛対象と護衛」
「ん」
「奥手って言われてもな、この年になると恋愛なんて気にはなれねえよ。
もうこの年になってくると結婚するかしないかって話だから」
「ん、ん」
「そうはいってもな、結婚なんてのは双方の意思があってこそだから。
お前だって貴族女性あてがわれて困ってたじゃないか」
「ん……」
「そうかぁ?
そうならうれしいけどさ」
さっきから思っていたのですが、よくアスロックさんの言っていることわかりますね亮君。
私はちんぷんかんぷんです。
亮君の応答でかろうじて内容を想像できるだけです。
「ふぅ……ん」
「お?
もうそんな時間か。
蒼井さんお会計だって、俺がやるよ」
「あらそうでしたか、またのご来店お待ちしております」
「まーたこいよー」
こうしてアスロックさんは帰っていきました。
大柄な割にはあまり食べませんでしたね。
「あいつあれで少食下戸なんだよ」
「そうだったんですか」
「あぁ、だけどあの体格だからよく誤解されてどっか行く度に大量の食事を出されて苦労してるらしいよ」
身体が大きいというのは必ずしもいい事ばかりではないのですね。
「それはそうと亮君」
「なに? 」
「さっきアスロックさんなんて言っていたんですか?
想像はつきますけど」
「いい嫁さんを見つけたなって、否定したらサッサと結婚しろって」
「やっぱりそういう話ですか」
結婚ですか……実感がわかないですね。
昔の同級生は半分以上が結婚していますが、私はどうにもそういうのが苦手です。
でも、亮君となら悪い気はしませんね。




