珍客
「明日からメニューを夏仕様に変更しようと思うのですが、どうでしょう」
「夏仕様? 」
「はい、春は山菜のてんぷらなどを使った料理を提供していましたが夏はウナギやスイカを提供しているんです」
スイカは一口サイズに切った物を盛り付けます。
残った皮は表面のまだら模様になっている部分と、赤い実の部分をそぎ落としてぬか漬けにします。
「ウナギにスイカか……ウナギは蒲焼? 」
「そうですね、蒲焼とうな重です。
ちょっとお金がかかってきますけど人気商品なんですよ。
それと夏季はビールを安くしています」
夏は仕事の後に一杯、という人が多いですからね。
春はお花見の季節ですが皆さん公園などに行かれるので、お店に来ることは少ないのです。
秋はつうじょうどおりのきんがくですが、炊き込みご飯などがたくさんあるので学生さんが増えますね。
冬は体を温める為にも日本酒を安くしています。
四季折々のメニューがあります。
「確かに暑い日にビールとかコーラをぐッと行くと美味しいもんね」
「えぇ、そろそろ熱くなってきましたしちょうどいいかなと。
それで亮君にお願いしたいのですが……」
「メニューの翻訳でしょ、任せておいて」
「それもなんですけど、文字を教えてもらえませんか? 」
納税の話が出たときから結構経っていますが、いまだに覚えきれていません。
30目前になってくると物覚えの方もちょっと……。
「別にいいけど、今度こっちの本買ってくるからそれで勉強したら? 」
「うーん、お店のメニューくらいは覚えておきたいんですよね。
でもこちらでの固有名詞を覚えないといけませんから……うーん」
「ふむ……じゃあこれくらいは覚えてもらおうかな」
そう言って亮君がさらさらと何かを書き初めました。
なんでしょうこれ、文字というのはわかりますけど意味はよくわからないです。
「あなたを愛しています、って意味」
「物凄くどうでもいいですね」
まったくお仕事に関係ないじゃないですか。
ラブレターでも書けというのでしょうか。
いい歳してラブレター出しても引かれるだけですよ。
中学生の頃にやっても引かれたくらいですよ、私は。
「えー、じゃあこれ」
「結婚してくださいとかですか」
「いんや、おかえりなさいませご主人様」
「亮君の趣味暴露はどうでもいいです」
「えーいいじゃんメイドさん。
こっちのメイドさんは俺に盛大なトラウマを植え付けてくれたけどさ」
「そうですか、私もそれなりにトラウマを植え付けられたのでこの話はおしまいにしましょう」
同性に全身の隅々まで洗われるって結構な屈辱でしたよ。
穴という穴まで、となりそうだったので多少の抵抗はしましたけど。
と、トラウマになった日の事を思い出していたらお店の引き戸が開かれました。
厨房は亮君に任せてお出迎えします。
そこには筋骨隆々の男性が立っていました。
「いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」
「ん……」
男性は頷きながらカウンター席へ腰かけました。
大柄なせいで物凄く小ぢんまりとしたように見えます。
大男がスプーンでオムライスを食べているような違和感がそこにありますね。
「メニューをどうぞ、わからなければ従業員にお声かけください」
「ん」
「決まりましたらおよびください」
そう言って厨房に戻ってコップにお水を注ぎます。
それとおしぼりを持って先ほどのお客さんの前に置きました。
「ん」
ちょいちょい、と手招きされたので近づいていきます。
そしてメニューを指さしながら首をかしげていたので説明をしました。
「これはアスパラという野菜を肉で包んで焼いたものです。
触感も味も絶品ですよ。
そっちはビール、空気の混ざったお酒ですね。
苦みが強いですがのどを通り過ぎる瞬間の爽快感を楽しむものです」
「ん」
「はい、では肉巻アスパラとビールですね。
他にご注文はよろしいでしょうか」
「ん」
「あぁ、唐揚げもですね。
かしこまりました」
「ん」
無口なお客さんですね。
体格がいいのに無口だと威圧感がすごいです。
でも不思議と優しい雰囲気をまとっています。
いい人なんでしょうね。
「亮君、肉巻アスパラお願いします。
私は唐揚げ作りますので」
「アイサー、できたら先に持ってっちゃうから」
「はい、ビールもお願いしますね」
「了解」
亮君はアスパラとお肉とベーコンを、私は鶏肉を取り出して調理を始めます。
と言ってもある程度の下ごしらえはしてあるのでこちらは揚げるだけですけどね。
亮君はアスパラをお肉を巻いて爪楊枝を刺しています。
相変わらずお料理上手でうらやましいですね。
私の方も油の温度がいい感じになっているので唐揚げを仕上げてしまいます。
お皿にはキャベツを盛り付けて小皿にマヨネーズを乗せてあるので出来立てを持っていくだけですね。
そう思っていた時でした。
亮君の声が聞こえました。
ビールと肉巻を持って行ったみたいですね。
でも驚いたような声でした、さっきのガタイの良いお客さんは亮君のお知り合いでしょうか。
「ただいまー、から揚げできたら持っていくよ」
「はい、お願いしますね。
何か声が聞こえましたけどお知り合いでしたか? 」
「あーうん、まあね」
何やら歯切れが悪いですね。
気にならないと言ってしまえばうそになりますけど、余計な詮索は野暮という物ですから聞く必要はないですね。
「なんていえばいいのかな……ある意味王様よりも偉い人」
「へぇ……王様より偉いってことは代えのきかない人なんですね。
もしかして前に話していた魔法使いさんですか? 」
「察しがいいね、その通り。
30代だけど嫁さんがいるから魔法使いにして魔法使いに非ずっていう面白い奴だよ。
無口だけど気さくでいい奴だしね」
30代で魔法使いではない……あぁ、スラングですか。
その手の話題は知っていますが、どうにも一瞬考えてしまうんですよね。
それに奥さんがいるのですか、どのような人なのでしょうか。
「奥さんは……なんというか一緒に歩いていると犯罪にしか見えないような人だよ」
「あら、酷い表現ですね」
失礼だと思いますけど、私でもあの体格の人と一緒に歩いていたら犯罪に見えてしまいそうですね。
「んー、奥さんはね。
俺と並んでも頭三つ分くらい低いんだ」
「それは犯罪的ですねぇ……」
亮君は私より頭一つ分くらい背が高いです。
そんな私と比べて頭二つ低いという事は……140cmもないんじゃないですかね。
対してあの人は私よりも頭三つくらい背が高かったですから……あぁ。
「本人も奥さんも気にしていないんだけどさ……よく買い物のときとか肩に奥さん乗せて出かけてるし」
「いい御夫婦なんですね」
「いいのかな……」
そうして話しているうちに唐揚げも出来上がったので盛り付けて亮君に運んでもらいます。
私は油と火の片づけをして、お水を一杯いただきます。
やっぱり厨房は熱がこもってしまいますね。
「あ、亮君今他にお客さんもいないですし休憩していていいですよ」
「いいの?
お言葉に甘えちゃうけど? 」
「どうぞどうぞ、最近はお客さんの数も落ち着いてきましたし。
それまでは亮君にたくさん働いてもらいましたから」
「そういう事なら」
お客さんの数は落ち着いてきましたが、みなさん来てくださると沢山注文していかれるので売り上げが落ちたという事はないです。
むしろ来る回数を減らした分、たくさん飲んで食べてという人が多いので少し売り上げが増えていますね。
「隣いいか? 」
「ん」
「久しぶりだな、おおかた魔法の研究でもしていたんだろ」
「ん」
「相変わらずしゃべらない奴だな。
で、どうだ。
美味く言ってるのか?
奥さんも魔法も」
「ん」
「そりゃよかった、今度土産持って遊びに行くと伝えておいてくれ」
「ん」
いけないことだとわかっていますけど、聞き耳を立ててしまいます。
随分親しげですね、亮君にも友達がいたとわかってホッとしました。
「どうぞ、サービスです」
一足早く取り寄せたスイカを一口サイズに切ってお客様に出します。
聞き耳を立ててしまったことに対するお詫びも兼ねています。
「ん」
「ありがとうだってさ」
「どういたしまして、亮君こちらのかたとの関係とかって聞いてもいいんですか?
下手な詮索は野暮だと思っているのですが、仲がよさそうでどうしても気になってしまいました」
「ん」
「別にかまわないよ」
そう言って亮君は語り始めました。




