来客
「とりあえず生」
大学生らしき青年が刀を鞘ごと引き抜いて傘立てに突っ込みました。
持っているのが傘ならまさしく日本の大学生だったんでしょうけどね……。
「わしも同じものを」
「はいただいま」
まだ日は出ているのに酒かよ、と思わないでもないのですが店員が口をはさむのも野暮なので大人しくジョッキにビールを注ぎます。
それを差し出すと青年は砂漠でオアシスを見つけたかのような喜びを眼に浮かべて、ひげダンディは初めてテレビに触れた古代人のようにしげしげと見つめています。
「んじゃ王様、乾杯」
「乾杯」
青年が差し出したグラスに、ひげダンディがグラスをぶつけます。
王様ですか、確かに風貌的にはピッタリなあだ名です。
「っぷはー、超久しぶりにビール飲んだ!
ちょううめぇ!
あ、お姉さんお品書きどこ」
「そちらに」
「お、これね。
えーと肉じゃが2つとご飯大盛り1つと刺身でマグロタコイカサーモン、それから豚汁2つ」
「はいお待ちを」
この一気に頼む感じがまた日本の大学生みたいです。
歳を重ねると量を食べられなくなるのでちまちまと注文するお客さんが多いんですよね。
「まず豚汁、肉じゃがとご飯二つです」
差し出した料理を先ほどと同じようなリアクションをとりながら口にしていきます。
その最中青年はぽろぽろと涙を流し始めました。
「故郷の味最高!
あー母さんの料理なんて知らねえけどこういうのがおふくろの味だよな」
失礼な、子供がいてもおかしくない年齢とか言われますけど私はまだ未婚です。
お客さんじゃなければ尻位は叩いていたかもしれません。
……いき遅れじゃないですよ。
「刺身です」
「醤油最高! 」
「生ではないか……」
青年はテンションを上げて料理を掻き込んでいますが、王様の方はフォークとスプーン片手に躊躇しているようです。
ご飯を食べては味がないといい、刺身を見ては生だといい、豚汁を見ては泥水という。
まさしく外人のリアクションですね。
「あーそっか、王様には忌避感が強いか。
んーじゃあ焼き鳥3点セットを塩とタレで2つずつ」
「焼くんで時間かかりますよ」
「構わないよ!
あ、王様次の料理までご飯は残しておいて」
仕方なく焼き鳥を焼きます。
3点セットは皮、つくね、ネギまのセットです。
炭火でじっくり焼き上げて、塩を振った物とタレを塗った物で焼き上げていきます。
「お待ちどうさま」
「肉汁ぱねええ! 」
「……これはうまいな」
「王様、それご飯に乗っけて食ってみ」
「ほう……なるほどなるほど! 」
たった二人のお客さんなのに店の中はいつも以上に騒々しいです。
久しぶりの故郷の味に喜んでいるのはわかりますがマナー的には静かにしてもらいたいところです。
「あ、お姉さんウーロンハイ。
王様どうする、これ芋の酒なんだけどどうよ」
「ではそれをいただこうか」
「そういうわけで芋焼酎1つね」
「はいどうぞ」
ウーロンハイはやり取りの最中に仕上げていたので芋焼酎をコップに注いで渡します。
「む、強いな」
「ウーロンうめえ」
こうしてテンションを上げ続けた二人は、一時間後見事に酔っぱらって眠ってしまいました。
コスプレさんは直立不動のままでしたが、鎧を通してもお腹がなっているのが聞こえました。
「これ、サービスです」
そう言って余った焼き鳥と醤油漬けにした刺身を乗せたミックス丼を渡すと、刺身を見て微妙な顔をしていましたがぺろりと完食してしまいました。
一応大盛りにしていたんですけどね。
「この二人はどうします」
「連れて帰らせてもらいます。
それから明日、今度は我々がご招待させていただきたいのですが予定は大丈夫ですか? 」
「予定?
コスプレパーティですか?
私そういう衣装持っていませんよ」
「お気になさらず、こちらで用意させていただきますので」
コスプレパーティ……一生のうちに一回くらいは体験してもいいかもしれませんね。
もう30目前ですし……自分で言ってて悲しくなってきました。
「まあいいですよ」
「そうですか、では明日夕暮れ時に」
時間の指定はもう少し明確にお願いします。
そう言おうとしたところでコスプレさんは二人を担いで出て行ってしまいました。
それからしばらく経って傘立てに置き去りにされた日本刀を見つけて対処に困っていました。