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終業後

「お会計頼むぜー亮平」


「お客様、先ほど言った通り本日のお代は結構です」


「そうもいかねえ、大分貴重なもんを食わせてもらったからな。

これで支払わなければご先祖様に申し訳がたたねえ。

子孫はいねえだろうけどな」


「いえ、この度は当店の落ち度でしたので。

それに金額にしても銀貨一枚でおつりが出る程度です」


 私の言葉にパフェのお客さんが驚いたような顔をします。

 他のお客さんもこちらを見てからメニューを睨みつけています。


「おーいこっちにチョコレートパフェ」

「こっちはイチゴパフェだ」

「マンゴーパフェを」


 途端に方々からパフェの注文が飛んできました。

 亮君ががんばって作り上げていますが、あれだけの数を正確に作れるというのはすごいですね。

 私だったらもっと形が崩れます。


「そういう話なら今回は甘えておくか。

流石に銅貨単位でがたがたいうようなご先祖様はいないだろうからな」


「えぇ、そうしてください。

どうしても気になるというのであればまた来店してください。

そして沢山食べて沢山飲んで沢山支払ってくださればそれで充分です」


「おぉ、おっかねえな嬢ちゃん。

だから女は嫌なんだよ、可愛い面してその裏に化けものを飼ってやがる。

でもあんたの事は気にいったぜ、また来るからその時は頼むぜ。

せっかくだから仲間内にもこの店教えておいてやるぜ」


「それはそれは、ぜひ宣伝お願いしますね」


 宣伝してもらえるというのであれば喜んでお願いします。

 ただし悪評はご遠慮願いますけどね。


「蒼井さん、ちょっと運ぶの手伝って」


「あ、はーい。

それではまたどうぞ」


 パフェのお客さんに挨拶して厨房からパフェを運ぶ作業にかかります。

 亮君が作って私が運ぶ、最初は逆だったんですけどね。

 ……あれ、もしかして人気があって、料理が出来て、接客も出来て、体力もある亮君って私より有能ですか?


「蒼井さん、泣きそうな顔になってるけど大丈夫? 」


「……えぇ、ちょっと自信を打ち崩されただけですので」


「自信? 」


「お気になさらず、それじゃあ残りも運んじゃいますね……」


 亮君の前では少しへこんだ姿も見せましたが、お客さんにそれを見せるわけにはいきません。

 空元気で明るくふるまって接客をこなしました。



 それから数時間、ようやく閉店の時間になりました。


「今日来ていたパフェのお客さん、亮君のお知り合いなんですね」


「ジョナサンね、あいつとは2年前に知り合ったんだ。

この国にはない制度なんだけど、ハンターって言ってモンスターを狩る事で生計を立てる職業があるんだ。

俺が国の仕事で他の国に行ったときにハンターに助力を頼んだらあいつが来たんだよ」


 ハンター、ゲームとかではよくある話ですね。

 日本でも狩猟というのは、特に害獣駆除の仕事はありますし珍しい事でもないでしょう。


「その時の仕事は大型の魔物の討伐だったんだけどね、これがもう手ごわいのなんの」


「大型……」


「たぶんこの店よりでかいね」


 このお店は二階建ての居住スペースありなので、それより大きいとなると……どうやって戦えばいいのでしょうか。

 ミサイルとかバズーカーとか使えれば倒せるかもしれませんけど。


「弓と剣で牽制しながら盾で防いで魔法でとどめだったよ。

その切り込み隊長が俺とジョナサン。

その時俺の武器が特殊だったから気にいられたみたいでね」


 武器、というとあの刀でしょうか。

 無造作に傘立てに突っ込まれているあの刀でよくそんな大きな敵と戦おうと思いましたね。


「ん? あぁ、あの刀はここ最近使い始めたんだ。

厳密に言えば刀じゃないんだけどさ。

その時は棍棒みたいな野球バットで戦ってたよ。

こっちの鍛冶師に作ってもらった特注品」


「騎士らしくはないですね」


「今だってそうだよ、あんな武器騎士らしくない、もっと重厚な武器と鎧を着て馬にまたがり敵陣を駆けるべきだ、なんて言われているよ」


「騎士様も大変なんですね」


 お仕事にはそれぞれ悩みがあります。

 例えば私なんかはお客さんがその時々で変わるのでマニュアルに従った接客が出来ないことや、水仕事で手が荒れてしまう事などが挙げられます。

 また料理をするのでお化粧も気を付けなければいけません。

 ナチュラルに、だけど気づかれないように、更に見苦しくない程度には整える必要があります。


 それと同じように亮君も見栄えを気にしろと言われているのでしょう。

 ただその場合亮君は命をかけなければいけないので拒否する理由は十分だと思います。


「まあ面倒事は多いよ。

一時期はジョナサンみたいなハンターにも憧れたしね。

けど結局ここにいるってことは……ごめんかっこいいこと言おうと思ったけど思いつかなかった」


「珍しくまじめそうなので何かあったのかと心配しましたよ。

大丈夫です、亮君はいつもかっこいいですから無理をする必要はないですよ」


「そうかなぁ」


「同じくらいかっこ悪いところもありますけどね。

でもかっこ悪い事はだめではないですから。

ほら、自分の尻尾を追い掛け回す犬とかお馬鹿で可愛らしいじゃないですか」


 他にもどんくさい猫とか、うっかりものとか自分が被害にあわなければ可愛いですよね。


「おれは蒼井さんの悪いところとか知らないのに不公平だなぁ」


「私は悪いところいっぱいありますよ。

悪女です」


「こんなに可愛い悪女を知らないんだけど。

でもこれから長い付き合いになると思うし、ゆっくり探させてもらうよ」


「この時、私が亮君の悲しげな表情に気づいていればまた違った未来もあったのでしょう。

だけどいくら悔やんでも、その時はもう戻ってきません。

だから私は未来を向いて歩くのです」


「ちょっ、それ俺死んでるよね」


 ふふっ、と笑って見せます。

 柄にもない事を言った亮君への仕返しはうまく言ったみたいで、ちょっと悲しそうだった亮君の表情はいつも通りの笑顔に戻りました。

 たぶん、元の世界に私たちが帰れないという事を考えていたのでしょう。

 5年間、それだけの歳月は人をあきらめさせるには十分な時間ですから。


「まったく、さっそく蒼井さんの悪いところを見つけちゃったよ。

そうやって煙に巻くところ、俺は好きだけど悪いところだ」


「言ったでしょう、悪女ですって」


 私の言葉に亮君は声をあげて笑いました。

 そして違いない、といってまた笑うのでした。


 こういうのも、幸せというんでしょうね。

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