パフェ
「死ぬかと思ったぜ……」
激辛たこ焼きを食べたお客さんが肩で息をしながら牛乳をがぶ飲みしています。
私も食べたことがありますけど、あれ辛いではなく痛いんですよね。
「あとで亮君にはきつく言っておきますので」
「あんただって止めなかっただろ」
「そりゃまあ、従業員にセクハラするようなお客様ですからね。
だいぶおびえていましたし、これくらいの仕返しならと思いましたから。
代わりに今日のお代はサービスさせてもらいますよ」
限度はありますけどね、ある程度までならただでいい事にします。
「俺としては亮平のサービスを受けたいんだがな……。
けどあんたそんなに亮平を想っているなんて……あいついい女捕まえやがったな」
「え? 」
「え? 」
「いえ私別に亮君と付き合っているわけじゃないですよ」
確かにかっこいいですし、可愛いですけど恋愛感情とはまた違う気がします。
庇護欲に似ているかもしれません。
「亮平も苦労しているんだな……」
「そうですね、たくさん働いてもらっていますから」
「あぁうん」
「まあそういう意味じゃないのは分かっていますよ。
でも非常事態で双方恋愛に現を抜かすわけにもいかず、ついでに万が一別れたりしたら関係修復が難しいですからね。
だから今はそういう事にはならないですよ」
「……くえねえ女だ」
「メニューにありませんからね。
それで注文は何にしますか? 」
「辛くない物を、できれば甘い物がくいてえな」
甘い物ですか。
うちで扱っている物だとパフェとかプリンとかおはぎでしょうか。
「ここが甘い物ですけどどうします」
「じゃあこれを」
お客さんが適当に指差したのは黒ゴマパフェでした。
フレーク、クリーム、黒ゴマアイス、黒ゴマ黒糖ソースを使った甘さ控えめのパフェです。
「亮君、パフェの作り方教えるんで見ていてください」
そう言ってお皿を洗っていた亮君を呼びました。
順に食材をパフェ皿に入れていきます。
それだけの簡単な工程ですが見栄えを良くするためにはなれが必要です。
私も上手というわけではありませんが、それなりの物は作れます。
「じゃあこれさっきのお客様に持って行ってくださいね」
「……はい」
物凄く嫌そうな顔をしましたね。
でもお仕事ですから嫌なこともあります。
頑張ってくださいね。
「お待たせしました」
「ほう……見たことないが綺麗なもんだな」
「こちらのスプーンでお食べください」
「ふむ、いただこう」
影からちらちらと見ていましたけど今度は普通に対応されたみたいですね。
おびえている亮君は、確かに可愛かったですけどそれ以上に不憫でしたから。
お客さんの方はがつがつとパフェを食べて時折こめかみを抑えています。
見目麗しい男色の人が黒ゴマパフェをがっついている絵面というのは面白いですね。
「あ、亮君お茶漬けの注文がいくつか入ったんで手伝ってください。
こっちで梅とおかか作りますから亮君は鮭焼いてください。
もう残りが少ないので」
「了解、それと梅干も減ってきてるから後でもってくるよ」
「お願いしますね」
お茶漬けはできたモノから順番に運んでいきます。
熱々とお茶碗を持ってはふはふと掻き込むお客さんたちを見ると幸せな気分になります。
「追加でイチゴパフェ」
さっきのセクハラさんから新たに注文が入りました。
「亮君、練習のためにやってみてください」
「うっす」
さてどこまでできますか。
お客さんに出せるかどうかも見極めないといけませんね。
「えーとこうやってちょいちょいと、こうした方がいいなっと」
「ん? 」
思っていたよりも手際がいいです。
慣れている、わけではなさそうですね。
だけど綺麗に盛り付けていきます。
「んでジャムをかけて、ミントを乗せて完成。
どう、蒼井さん」
「え、えぇ百点です」
百点どころか百二十点です。
私が作った奴よりも上手に作れています。
あぁこれ嫉妬ですね、なんかむかむかします。
「私が運ぶので亮君は鮭焼いといてくださいね」
「うーい」
「お待たせしました、イチゴパフェです」
「おおう、赤いな……辛くないよな」
「大丈夫ですよ、とっても甘いです。
それと、これ亮君が作ったんですよ」
「そいつは……絶対に食わなきゃな」
そう言ってスプーンにジャムをつけてぺろりと舐めました。
すぐに辛くないと理解したらしく先ほどのようにがつがつと食べてこめかみを抑えています。
まさしく、アイスクリーム頭痛ですね。
「それではごゆっくり」
そう言って厨房に戻ると亮君の姿がありません。
鮭は焼いたものがお皿に乗っていたので梅干しを取りに行ったのでしょう。
鮭は一つだけ半分に切られた物が乗っていました。
……ちょっと汗をかいたしつまみ食いでも。
そう思って一口鮭を食べてみます。
ほろほろとほぐれて塩加減もいい感じ、亮君もしかして私よりも料理上手かもしれません。
「梅干し持ってきたよ、って蒼井さんずるい。
綺麗に焼けてたのに」
「あら見つかっちゃいました?
でもおいしく焼けてますね、今度教えてください。
私よりも上手ですね」
「まあ……慣れかな。
それより俺にもちょうだい」
「いいですよ、はいあーん」
「あー」
亮君の口に鮭を放り込みます。
厨房からお店の中は見えますが、お店の中から厨房を見る事はできない形になっているのでお客さんには声が届かなければつまみ食いも問題ありません。
「もうちょっと塩控えめでもよかったかな」
「私はこのくらいが好きですよ。
って、そうだ注文。
早くお茶漬け作って持っていかないと」
「あぁそれならもう出したよ。
蒼井さんがイチゴパフェを辛くないって説明しているうちに」
「あらそうでしたか、ありがとうございます。
亮君本当にいい子ですね。
正社員として雇いたいくらいですよ」
「跡継ぎでどう? 」
「まだ人柄が把握できていないのでまたの機会です」
「相変わらずガード硬いなあ」
「おーい、御坂殿蒼井ちゃん、注文いいかい」
お客さんから声がかかります、亮君にはこの場を任せて注文を取りに行きます。
「えーとコークハイとビール、お前は? 」
「おれはカシスソーダと蒼井ちゃん」
「コークハイとビールとカシスソーダですね。
私はメニューに載ってないのでだめですよー」
「そうだぞ、蒼井ちゃんは御坂殿の嫁さんだ」
嫁……?
どこからそんな話が出たのでしょうか。
「さっき奥であーんって声が聞こえたとあのお兄さんから」
聞かれてたんですか、失敗しました。
でもあのお兄さんというと……あぁパフェの。
いい笑顔でこちらに手を振っています。
あれは私ではなくてこのお客さんに対してでしょう。
目からなにかいやらしい物を感じます。
「……失礼しました」
「いんや、俺も英雄御坂殿にいい相手が見つかったてんなら祝福するさね」
やっぱり亮君はみんなに好かれているのですね。
でも英雄ってなんでしょう。
今度きいてみましょうか……やめておきましょう。
亮君の事だから苦労話で、いつの間にか勝手にそう呼ばれるようになっていたという話でしょう。
本人が話さないという事は面倒くさい話か自慢話です。
だったら触れない方がいいでしょうからね。
「他に注文はございませんか」
「ないよ」
「ないな」
「チョコレートパフェ」
「かしこまりました、お待ちください」
そう言って厨房に戻ると亮君が顔を赤くしてチョコパフェを作っていました。
話を聞いていたみたいですね。
確かにちょっと恥ずかしいですね、これ。




