課税
あれから3日が経ちました。
お店はいつも通り平常運転、私のつたない料理でもおいしいと言ってくれる皆さんのおかげで繁盛していました。
えぇ、過去形です。
今日は閑古鳥が鳴いています。
「亮君、暇です」
「もうすぐその原因が来るから、それが終わったらまたすぐに忙しくなると思うよ」
亮君は理由を知っているようです。
来るという事はお客さんでしょうか、それも貴族クラスのお客さんでしょうか。
つまりこのお店への立ち入りを規制していると、営業妨害ですね。
「お、来たみたいだ」
そう言って亮君は読んでいた雑誌を棚に戻して立ち上がりました。
私も今まで座っていた席から立ち上がります。
「邪魔するぞ」
そう言って入ってきたのは王様と見覚えのない男性でした。
なるほど王様ですか、初日はあんなに気さくに入ってきたのに今日はまた厳戒態勢ですね。
「単刀直入に言う、蒼井茜にこの建築物及びその周囲30mを所有地として与える。
同時に店の営業権と納税の義務を与える」
「……このお店は元から私の物ですけどね。
でも周囲30mって広くないですか? 」
「亮平が言っていたことだ。
実験もかねての事だと言っている。
このような荒れ地にこだわる事もないのでな」
確かにお店の周囲は荒地です。
雑草が生えている場所もありますけど、土は硬くてボロボロ、農作物を植えるのに適した環境とは言えないですね。
「そうですか、ではありがたくいただきます。
それで納税というのは?
意味は分かりますが詳しい内容を聞かないことにはどうしようもないです」
「ふむ、その通りだ」
そう言って王様が手をあげました。
するとその後ろにいた男性が何やら巻物のような何かを王様に手渡しました。
あとから亮君に聞いたところ、あれは巻物ではなくスクロールといって羊皮紙を丸めて開かないように紐で縛った物だそうです。
「納税の詳細はこれに記されている。
亮平よ、ついでに文字を教えてやってくれ」
「つまり詳細は自分で読み解けと?
お金がかかわっているのに適当ですね」
「強制したところで払えなければ踏み倒す、それくらいの気概は持ち合わせているだろう。
下手をすればこちらが痛手を負いかねん」
私そんなに好戦的に見えるんでしょうか。
痛手を負うなんてそんな……それにお店を経営している立場ですから踏み倒すなんてことはしませんよ、たぶん。
「では邪魔したな、それと今は抑えているが間もなく大量の客が押し寄せる。
頑張れよ」
王様は伝える事だけ伝えるとスタスタと出て行ってしまいました。
これから戦場になるという場所に長居する理由はないでしょう。
その原因は王様なんですけどね。
「亮君、その巻物は私の部屋に置いといてください。
あとでじっくり読みましょう。
厨房で御惣菜温めなおすのでその間にお願いします」
「了解」
「あと乙女の部屋ですからあまりじろじろ見ないこと。
何か見つけても口に出さないこと。
いいですね」
「……そういわれると気にな、あ、何でもないですだから鍋を振りかぶるのやめてください」
バタバタと亮君は走って行ってしまいました。
まあ見つけられたところで私が恥ずかしい思いをするだけなのでいいですが。
あぁいえ、亮君と気まずくなるかもしれませんね。
それはなんか……いやです。
「蒼井ちゃん茶碗蒸しくれ! 」
そうこうしているうちにお客さんが入ってきてしまいました。
「はーい、お待ちください」
「こっちは牛丼な」
「俺親子丼」
「餃子定食」
「サバの味噌煮」
「はーい、亮君まだー」
「いまいきまーす」
注文が殺到して手がまわりません。
うれしい悲鳴というべきか、なんというべきか。
亮君にも簡単なものはお願いしています。
茶碗蒸しなんかは湯煎だけでできる物を使っていますし、料理が出来なくても簡単に作れてしまうので便利ですよね。
「あ、亮君6番卓さんにおしぼりとお冷出しておいてください。」
「うーい」
やる気のなさそうな返事を返してきた亮君が、席におしぼりとお水を運んだ瞬間でした。
お店の喧騒がぴたりとやみました。
「何かありました?
天使でも通りましたか? 」
ひょっこりと厨房から顔を出して確認すると、亮君が顔面蒼白で立ち尽くしています。
その手にはお冷とおしぼり、早くお客さんに渡してあげてくださいよ。
「よう久しぶりだな亮平! 」
「ジョナサン! 」
金髪碧眼の男性です。
名前を呼ばれ、誰なのか確認してしまったことで亮君の顔色はさらに青くなりました。
両手を広げて抱き着こうとするお客さんと、それから逃げようとする亮君の攻防が始まりました。
抱きしめようとしてはするりと抜けて、とびつけばとびのいて、腕を伸ばせば躱してと一進一退の攻防です。
何気に亮君がこの攻防をこなしながらもお水をこぼさずにいるという事に驚きです。
「なんだよ連れないな、久しぶりの再会なんだからハグくらいさせろよ」
「ふざけんなボケ、お前どさくさに紛れて尻とか撫でてくるから絶対に近寄るな! 」
「いいじゃねえか、減るもんじゃあるまいし。
それとも、搾り取ってやろうか?
俺テクニシャンだぜ」
「ひぃ! 」
ここまでおびえる亮君を見たのは初めてです。
持てる能力の全てを生かしてお客さんのセクハラを回避しています。
その途中でお冷とおしぼりをテーブルに置いていました。
うん、教えた通りに綺麗に置いています。
「愛してるぜぇ、亮平! 」
「そこまでです」
さすがに見かねて木製のトレーを間に割って入れます。
亮君は助かったと胸をなでおろして、素早く私の後ろに隠れました。
女の子……というには無理がありますが女性を盾にするのはいかがな物でしょうか。
「おいおい、俺と亮平の愛を邪魔すんじゃねえよ。
このまな板」
「一方的な愛はよくないですよ。
それと当店では従業員への過度なセクハラを禁止しております」
「せく……?
よくわかんねえけど邪魔するっていうんなら……」
「力ずくですか?
やめておいた方がいいですよ」
禁則事項がありますからね。
「やろうってのか、おもしれえ。
と言いたいところだけど店で暴れるのは迷惑だ。
表にでな店員」
「店主です、どうぞおひとりで」
そう言った瞬間でした。
お客さんが慣性の法則を無視して入口に向かって吹き飛びました。
引き戸も自動で開いて放り出されました。
あれ、なんか見たことがある光景です。
「……蒼井さん? 」
「……知りませんでしたよこんなことできるなんて。
不可抗力です」
ぴしゃっという音を立てて引き戸が閉まりました。
ますます見たことがある光景です。
でもすぐに扉を開けてお客さんが入ってきました。
「お前魔法使いか! 」
「違います、ただの飲食店経営者です」
「だが今のは! 」
「お座りください、あまり騒がれますと当店の禁則事項に基づいて罰則が発生します」
「罰則?
今のもそれにあたるのか? 」
「えぇまあ」
「……そうか、失礼した。
ちなみに従業員をアフターに誘うのはありか? 」
「それは本人と話してください」
そう言って亮君に視線を向けます。
私の肩をつかんで顔を隠している様子は、小型犬のようで可愛らしいのですが……いつまで私を盾にしているつもりなんでしょう。
「亮君? 」
「絶対いや! 」
「りょうへーい、連れないこと言うなよなー」
「い・や・だ。
お前と酒飲みにいったら絶対酔いつぶされておぞましい事になる! 」
亮君がガタガタと震えています。
それはそうとそろそろ仕事に戻りたいのですが。
「んー店主命令です、亮君働いてください。
お客様は席へどうぞ、ただし店内でのセクハラは厳禁。
メニューから食べたいモノの注文をどうぞ」
「亮平で」
「メニューに載っていませんので他の物をどうぞ」
「じゃあ亮平のおすすめを」
「……この激辛逆ロシアンタコ焼きがいいぞ」
激辛逆ロシアンタコ焼きとは当店のある意味での人気メニューです。
6個のタコ焼きのうち5個は激辛と名高いサドンデスソースが入っています。
合コンや罰ゲームでは大人気です。
「じゃあそれくれ」
「はいかしこまりー、蒼井さん俺が用意するよ」
「ソースは適量でお願いしますね」
「はいはい、そこはわきまえているよ」
そう言って亮君はタコ焼きの準備を始めました。
けど私は見てしまいました。
亮君が6個のタコ焼き全てにソースを入れているのを。
「……サービスです」
そう言って牛乳を渡したのは、良心の呵責が故でしょうか。
このお客さんが牛乳の意味を理解したのは、6個のタコ焼きをまとめて口に放り込んだ後でした。




