亮君
夜が明けて、カーテンの隙間から差し込む日差しで目が覚めました。
お店の立地が変わったことで朝日が起こしてくれるようになりました。
地球にいた頃は隣の建物のせいで日差しが当たらなかったのでじめじめとしていたんですけど、今は邪魔するものが何もないので気持ちのいい朝を迎えられます。
とりあえず今日はやる事が沢山あるので、急いで着替えを済ませます。
パジャマは洗濯機に放り込んで……明後日まで放置です。
それから鉢植えに水を上げて、布団を干して叩きます。
あとはいつも通りお店の準備をしているうちに亮君が来ました。
本当なら亮君にもいくつか手伝ってもらうつもりだったのですが、それは後回しにして私の部屋に来てもらいます。
「亮君、大切な話があります」
「……俺蒼井さんとなら結婚してもいいですよ」
「そうですか、なんで上から目線なんですか。
っと、今はそうじゃないですね。
昨日亮君と地球の頃の話をしたの覚えていますか? 」
「えぇ、ニュースとか調べさせてほしいって」
「昨日調べてみました」
私がそういった瞬間、ごくりと喉を鳴らして汗をかき始めた亮君にタオルを渡します。
少し息も荒くなっていますしいろいろ思うところがあるようです。
少し落ち着くのを待ってから話を再開します。
「単刀直入に言います。
私たちは行方不明、このお店は地盤沈下で倒壊したという事になっているようです」
「地盤沈下……行方不明……」
「どうやらお店の後には大きな穴が開いていたことから地盤沈下と記述したみたいです。
けど専門家曰く、あれはもっと別の何かだと言っているニュースもありました」
「………………蒼井さん、俺の事もニュースで? 」
「はい、大学生が行方不明になったと。
甲子園出場のピッチャーだったと」
「そこまでばれているんだ、ネットって怖いね」
現代社会において情報を簡単に得られる、というのは素晴らしい事です。
反面何か問題を起こせば、いえ起こさなくても何かの拍子に自分の情報が多方面へ表示されてしまうというのは恐ろしい事です。
私もお店の店主という事で口コミサイトなどで撮られた写真がインターネットに何枚か表示されています。
「それで亮君、ここからが本題です」
再び亮君が汗を流して喉を鳴らしました。
「亮君は……」
「はい」
「何歳ですか? 」
「え……? 」
「いえ、亮君こっちに来たときすでに居酒屋という物になれているみたいでしたから。
もし未成年の頃から飲んでいたならちょっとお説教をしないといけないかなと思いました」
口を開けてぽかーんとしていた亮君が、顔をうつぶせにして小刻みに震え始めました。
怒ってしまったのでしょうか。
でも居酒屋の店主として未成年飲酒は見過ごせません。
「はっはっはっはっは、蒼井さん本当にどんな神経してんのさ。
この状況でよりによって聞く事が年齢って、あ、だめだ腹痛い」
大口を開けてお腹を押さえながら亮君が笑っています。
怒っているわけではなさそうですけど……ここまで笑われるとちょっと頭にきますね。
どんな神経って、普通の神経ですよ。
ちょっと図太いかもしれませんけど普通です。
「はーこんなに笑ったのも久しぶりだわ。
やっぱり蒼井さんがいると楽しいよ。
それでえーと、俺の年齢だっけ?
大丈夫今26歳、21歳の時にこっちに来たんだ。
それで、ちょっと俺のニュースを見せてもらえないかな 」
「どうぞ」
昨日のうちにいくつか印刷しておきました。
それを亮君に差し出すとペラペラと読んでいきます。
そして途中手を止めて、感極まったように涙を流し始めました。
「亮君? 」
「ごめ……蒼井さん……」
鳴いている亮君はそう言ってまた泣きはじめてしまいました。
こういう時どうすればいいのでしょうか。
ハンカチを差し出す?
でも亮君には汗を拭くためにタオルを渡してありますしいらないですよね。
優しく包み込むように抱きしめる?
そんな空気じゃないですね、看板胸ですし包み込めません。
そっと出ていく?
さすがに部屋に男の子を残していくわけにもいきません。
信用していないわけじゃないのですが、ベッドの下とかにいろいろ隠している物もあるのでうっかり見られたらちょっと気まずいので。
「………………」
とりあえず泣き止むまで待つことにしました。
といっても3分くらいでしょうか。
亮君は泣き止んでくれました。
「あーごめんね、恥ずかしいところ見せた」
「いえお気になさらず。
ちなみに理由を聞いても? 」
「いいよ、ほらこのニュース。
友達を探してビラ配りってやつ」
亮君に見せてもらったのは行方不明になった大学生の友人たちが街かどで情報求というビラを配っているニュースでした。
写真も何枚か掲載されて、若い子たちが汗を流しながら亮君のために頑張っているという物でした。
これは確かに感動的です。
「別にこのニュースに感動したわけじゃないんだけどね。
ほら、この写真」
亮君が指差したのは他の人たちが半袖やタンクトップでいる最中一人だけ長袖を着た男の子でした。
顔にはモザイクがかかっているのでわかりませんが、髪の長さから言って男の子でしょう。
「こいつ俺の高校の頃の同級生なんだ。
同じ野球部で俺とメンバー争いしててさ。
けど事故で腕の健を痛めちゃったんだ。
その時大きな傷が出来て、それを隠すために何時も長袖を着るようになったんだよ。
一時期は自殺するんじゃないかってくらいに落ち込んでて、何度も泣いているのを見たんだよ。
俺に突っかかってくることもあって疎遠になっていたんだけど、俺のためにこんなに頑張ってくれているんだなって思ってさ」
「そうだったんですか」
「あぁ蒼井さん、よかったらなんだけどさ」
「いいですよ、それ差し上げます」
「ありがとう、蒼井さん」
座ったまま亮君が頭を下げてきました。
悲しい理由ではなくてお姉さんは一安心です。
……そういえば亮君は26歳って言っていましたね。
私と2つしか変わらないんですか。
それだとお姉さんというのもちょっと違う気がしますね。
「んー」
「なに、どうしたの」
「いえ、私亮君に対してお姉さんぶっていたと思うのですよ。
でもたった二歳差でそれもどうなのかなって思いまして」
「姉さん女房とか大好きですよ」
「いえ亮君の性癖はどうでもいいんです。
問題は私がどう亮君に接すればいいかなんですよね」
「えーちょっとは興味持ってくださいよ」
「それはまた今度の機会にしておきましょう。
ふふ、やっぱり亮君相手に変に気取る必要もないですね。
今まで通りで行きますよ」
「そうしてもらえると、俺もうれしいよ」
そう言って二人で笑い合っていました。
しばらくしてそろそろお店の準備もしないとまずいという事に気付いて、あわてて厨房に降りました。
その際に忘れていた料理の味見を亮君に頼んで、もうちょっと何かインパクトがほしいという事で試行錯誤の継続が決定しました。




