研究
それから7日、事前にお休みにしますと告知してから休日にしました。
よくよく考えると亮君には働いてもらってばっかりですし、これからは毎週定休日にしましょうか。
今までは私一人だったので定休日はいらなかったんですよね。
何かの予定があれば休ませてもらっていたので。
「亮君、この辺りの名物料理はなんですか? 」
「この国は山間部に作られた国だからね。
狩猟が盛んなんだよ。
だから肉系が強いね。
逆に海が遠いいから新鮮な魚は川魚のみで、塩も手に入りにくいから結構高価なんだ。
だから薄味だったり、素材の味を生かしている料理が多いよ。
一押しは果実の汁と肉で作った料理でガレヴォっていうんだ。
酢豚に近いかも」
酢豚ですか……私はあまり好きじゃないんですよね。
パインの酵素が肉を柔らかくするのも知っていますけど、どうにも甘いとの辛いとの酸っぱいのが混ざり合っているのが苦手で……。
「そういえば蒼井さんのお店って中華系少ないよね。
チャーハンと餃子くらい? 」
「そうですね、あとは焼売でしょうか。
どれもフライパンで作るものなので、本格的な物は作れませんけど」
チャーハンはぼそぼそ、餃子と焼売は焼くだけの市販品ですけどね。
こちらの世界に来てからは根強い人気があるメニューですね。
「あとは川魚を香草に包んで焼いたレウォンとかもおいしいよ」
包み焼ですか、今度アルミホイルでやってみてもいいかもしれませんね。
でも川魚だと臭みがあるから香草じゃないと食べられないのかもしれません。
その辺りは食べてから考えましょう。
「では亮君、今日は護衛と道案内お願いします」
「了解、任せておいて」
そう言って亮君は私の手を握ってきました。
不意打ちですね、お店で培ったセクハラ耐性で取り乱したり顔を赤くするようなことはありませんでしたけどドキドキします。
もしかして私亮君から好意を持たれていますか?
それは嬉しいですけど、直接聞く気にはなれませんね。
「あ、ごめん蒼井さん。
人の往来が激しいからはぐれちゃだめだと思って」
「亮君、そういうのは漫画の中だけで結構です」
「ばれました?
一度やってみたかったんだよね」
「そういうのはお姫様にやってあげるべきですよ。
私のようなおばちゃんに片足突っ込んだ人間にやる事じゃありません」
アラサーというのは結構あれですよ。
心も体も痛いものですよ。
「姫様ねえ……でも俺にとっては蒼井さんがヒロインですよ」
「口説いているつもりならもうちょっといいセリフを選んでくださいね。
それはたぶん、恋愛マンガじゃなくてギャグ漫画のヒロインでしょう」
「あ、これもばれた? 」
思わず亮君の腕を捻りあげます。
手をつないだ状態なのでやりやすいですね。
「いだだだだだ」
「まったく、馬鹿な事を言っていないできびきび案内してくださいね」
「蒼井さんイタイイタイイタイ」
「大丈夫です、人間は慣れる生き物です」
「無理無理無理無理!
これ腕がぁぁぁあぁ」
さすがに無理かな、と思い手を放してあげました。
肩をさすっています。
「もう、しょうがないですね」
そう言って手を差し出します。
「これ加害者が言っていい言葉でもないし、やっていい事でもないよね」
亮君は警戒しながら私の手を握ってきました。
さっきは気付きませんでしたけど、亮君の手結構大きいですね。
剣を振っているからでしょうか、タコとかもあってごつごつしています。
「なに? 」
「いえ、がっちりしているなー男の子だなーと思いました」
「まあ……鍛えているからね」
それから軽快に笑って見せた亮君に引かれて酒場に着ました。
お酒のマークの看板があってまさしく酒場といった井出達です。
なるほど酒場と居酒屋、似たようなお店ですからメニューの研究にはもってこいです。
「フィフォン、ジョネル、キュロス、ナードを一皿ずつ。
あと取り皿くれ」
「あいよ」
「なんですか?
今の呪文は」
「全部料理の名前だよ」
内容は秘密、といった亮君の額を小突いておきます。
なんか生意気ですね。
「はいよ、おまち」
そうしてじゃれている間に料理が運ばれてきました。
どれも見覚えのない料理ですね。
「これがフィフォン、こっちがジョネルで、こいつがキュロス。
最後にこいつがナード」
説明を受けても何が何やら。
とりあえずフィフォンと呼ばれた魚料理に手を伸ばします。
焦げ目の突いた小魚が10匹ほど、とろみのついた餡がかかっていますね。
一つ齧ってみるとスパイスのようなピリッとしたからさと香味が口に広がりました。
カレーとはまた違う、中華料理のような香りです。
これに醤油を加えたらおいしくなりそうですね。
今のままでもおいしいのですが、少々物足りないです。
ジョネルと言われたのは、これはなんでしょう。
野菜炒めですかね。
一口食べてみると魚と肉の味がします。
野菜はトロトロですが、うまみの無い野菜です。
おそらく弱火で焼いたのでしょう、うまみがすべて逃げてしまっています。
ただトロトロになった野菜が肉や魚によくからんで、なかなか。
これはもしかしたら肉と魚を揚げ物にしたらいいかもしれません。
うまみを衣に吸わせたらとてもおいしそうです。
キュロス、ただの肉塊です。
切り出した肉をそのまま焼いたような。
亮君がナイフでザクザクと切ってくれました。
豪快な料理ですね。
食べてみると味も見た目のまま、肉そのものを味わう料理ですね。
かすかに香草の香りがします。
それにお酒と……臭みを和らげるための下ごしらえに使ったんでしょう。
これは塩がほしいですね。
でも注文すると高いんですよね。
小皿ひとつで銅貨1枚、瓶一つになると銀貨を払わなければいけなくなりますからね。
お酒と香草……カレーで代用できそうですね。
臭いを消すのには牛乳を使えばカレーとの相性もいいでしょう。
ヨーグルトを使えば酵素でお肉を柔らかくすることも出来そうですね。
最後のナード、これはもうなにがなんだかわかりません。
ゼリー、いえ煮凝りでしょうか。
それに黒くてかたいパン。
でもやけに白いです。
恐る恐る舐めるように一口……これ脂ですね。
動物の脂、たぶん豚でしょうか。
それを鶏肉の煮凝りに加えたのでしょうか。
マーブル模様になっています。
おいしいんですけどくどいです。
味も不味いわけではないんですけど、これ以上美味しくする方法がわからないですね。
未知の料理です。
「蒼井さん難しい顔しているけどそれ食べ方違うよ。
ナードは横にあるスパイスをつけてパンに塗るんだ」
「あ、そうなんですか」
勘違いしていたみたいですね。
言われたとおりパンに塗りつけてみると納得です。
これはなかなか、脂にもしっかり味はついていたようですね。
クラッカーに載せて出せばおつまみにできそうです。
「ふぅ、御馳走様でした」
私は小食なんですけどね。
珍しい食事にいろいろなアイデアが浮かんでたのもあって亮君と二人で全部食べてしまいました。
「いろいろ、地球風に作れそうです」
「それはよかった、それでこの後はどうする? 」
「そうですね……せっかくなので街並みを見てみましょうか。
環境や習慣に合わせた食事というのは重要です。
この街の風土に合った物が作れれば、料理として良い物が出来そうです」
「わかった、じゃあ案内させてもらうよ。
でもそれほど見どころもないだろうから時間が余るかもね」
「お願いしますね。
時間が余ればうちに戻ってのんびりしましょう。
亮君漫画は読みましたけどインターネットはまだですしね」
「そう……だね」
私の言葉に亮君の表情が濁りました。
喜び半分恐怖半分といった様子です。
「どうしました? 」
「あぁ、いやうん。
俺地球ではどういった扱いになっているのかなって……」
扱い、あぁそうですね。
亮君も私も地球から落ちてきた迷子です。
だったら、もしかしたら私たちは行方不明かもしれません。
はたまた死亡扱いかもしれませんし、下手したら存在しなかったことになっている可能性もあります。
「そういえばそうですね。
私はどういう扱いなんでしょう」
「……怖くないの? 」
「いえ別に、好奇心はありますけど怖くはないです」
妙ですね、自分がどうなっているかが気にならない。
これは本心です、だけど何かがおかしい。
自分では他人の意見なんてと思っている節はありました。
だけど、自分の生死がかかわってくるとなると……それを何とも感じないというのはおかしな話です。
「もしかしたらこれが亮君の言う補正なんでしょうか。
恐怖を感じない、いえ感じていても抑え込まれてしまう。
平常心とでもいえばいいでしょうか。
これが私自身への補正なのかもしれませんね」
「……平常心。
ということはあのお店は蒼井さんの能力なのかな」
「ある程度の自由は効きますけど、たぶん違いますね。
なんとなく、あくまでなんとなくなのですがお店は私の補正の大半を受けているんだと思います。
その主導権は私にありますが、強力な力、例えば亮君が持っているようなものは全てお店にあるのでしょう」
「それ映画とかで主導権奪われるパターンだよね」
「ですよね、そう考えると内心どっきど……いえ、びくびくです」
「蒼井さん何気に楽しんでいるよね」
「はい」
「はいじゃねーよ」
先ほどまでの陰鬱とした空気はいつの間にか霧散していました。
亮君の濁った表情は、今では明るくなっています。
少しは気がまぎれたのでしょう。
また同じようなことになった時はどうにか取り持ってあげないといけませんね。




