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プロローグ

 8月某日、夏の日差しが険しい今日この頃。

 居酒屋青柳は草原のど真ん中に建っていました。


 居酒屋青柳、私こと蒼井茜が齢27にして親から引き継いだ小さな居酒屋です。

 えぇ、街の中にある居酒屋です。


 それがなぜ草原のど真ん中に建っているのか、まったくわかりません。


 昼過ぎに仕込みを終えて店の外で植木に水をやろうとしたらこのざまです。

 幸い2階は住居となっていること、なぜか電気水道ガスインターネットが通じていることなどから救助を要請できそうなのですが……電話だけは通じません。

 メールなどでヘルプを出していますがでーもんさんがあらわれます。

 インターネットの掲示板などに書き込もうにもエラーが発生して書き込めません。

 それ以外の、サイトの閲覧などは問題なく行えるようですが私はどうしたらいいのでしょうか。

 誰か説明お願いします。




 そう考えていると夕方になっていました。

 時刻は4時半。


 あと30分で開店です。


 こんな時にと思うかもしれませんが日課というのはこなしてこそ意味があります。

 特にお仕事というのは訳が分からなくともこなさなければいけないものだと両親から教わってきました。

 しかたなく暖簾を掲げて音楽を流して準備をします。




 当たり前ですけどお客さんが来ません。

 いつもなら会社帰りのおじ様方や学生さんでにぎわうのですが、これほど静かなのは珍しいです。


 そう思っていると店の戸をたたく音が聞こえました。

 ガラス張りの引き戸なので叩かれると割れてしまうかもしれないのであわてて表に出ます。

 そこには、全身金属の物体がいました。


「何者だ」


 それはこちらのセリフです。

 店を開けて待っていたら金属で覆われた人物とご対面、悲鳴を上げなかったことをほめてほしいくらいです。

 よく見ると腰から剣を下げています。

 これは今はやりのコスプレというやつでしょうか。


「何者だ」


 全身金属さんもといコスプレさんが同じ質問を口にします。


「蒼井茜、この居酒屋を切り盛りしています」


「居酒屋……?

まあいい、ここは何の店だ。

なぜこのような場所に店がある。

昨日までは何もなかったはずだ」


 この人は……なんでしょう。

 何か威圧感を感じます。

 コスプレとは違う、まるでサバイバルゲームの帰りの学生さんと本物の軍人さんの違いのような。


「説明できないのか」


「あ、はい。

私にも何が起こったのかわからなくて」


「ふむ……では最初の質問はどうだ」


 最初の質問……あぁ、何の店かという事ですね。

 居酒屋で通じないとなると外国?

 だけど日本語で会話していますよね。


「料理と酒を出すお店、で通じますか。

あまり大きな店ではないので品ぞろえがいいとは言えませんが」


「そうか、料理屋か……今すぐに食事は可能か」


「ちょっと待ってくださいね」


 仕込み自体は終わっていますが今すぐに出せと言われても限度があります。

 刺身なんかは簡単に出せますが汁物は温めなおす必要がありますし、肉料理なんかは焼かなければいけません。

 冷蔵庫の中は問題なさそうですけど。


「特に問題ないですね」


「そうか、ならば10人分何かふるまってもらおうか」


 そう言ってコスプレさんは店の外に出ます。

 そしてすぐに人が入ってきました。

 ひぃふぅ……えぇ確かに十人います。


「ではお品書きをどうぞ」


「……おい誰か読める者はいないか」


 最初に入ってきたコスプレさんの言葉にその場にいた全員が手振りで読めないと伝えました。

 やはり外国なのでしょうか。

 でもなんで店ごと?

 拉致するだけなら私単身で十分なはずなのに。


「そういうわけだ、すまないが料理の説明を頼む。

それと酒は抜いてもらいたい。

生憎巡回中の身でな」


「えぇわかりました」


 居酒屋は意外とこういうお客さんもいます。

 これから仕事があるけど小腹がすいたので何か食べたいという人もそれなりに来ます。


「おすすめはこれです、えーと肉と芋と人参、玉ねぎ白滝を醤油とお酒で煮込んで塩と砂糖で味を調えた料理です。

お酒は少量ですしアルコールは揮発していますから問題はないはずです。

それから今日はいい魚があるので塩焼きにするとおいしいですね。

あとは……あぁそうだ、丼ものなんかは良いですよ。

えーと、天丼かつ丼牛丼すき焼き丼、それと海鮮丼ですね」


「てん……?

それに塩に砂糖とは……」


「てんぷらの丼です。

魚は秋刀魚です、脂がのって美味しいですよ」


「よくわからんがそれをいただこうか」


「わかりました、ではお好きな席にどうぞ。

それと……」


「あぁ鎧は脱ぐ。

このように華奢な椅子では鎧のまま座れば壊れてしまうだろうからな」


 それを聞いて安心しました。

 うちの店は木製の椅子なのであんな金属を擦りつけられたら簡単に傷がついてしまいます。

 そうなると座った時にとげが刺さったりするので丸ごと交換しなければいけなくなります。


「ではしばらくお待ちください」


 そう言っててんぷらを用意します。

 肉じゃがは弱火で温めなおして秋刀魚は塩を振ってグリルに放り込んでタイマーをセットします。

 あくまで目安ですけどね。


「ではできた順番から、天丼です」


 てんぷらを揚げ終えて人数分の天丼を用意します。

 うちのてんぷらはかきあげを使っています。

 ツユは甘みを抑えた物を使っています。


「続けて肉じゃがと秋刀魚の塩焼きです」



 料理を出し終えたところで皆さんが丼などを持ち上げながらしげしげと眺めている事に気づきました。


「これはどうやって食べればいい? 」


「……お箸の使い方わかりますか? 」


「橋?

使うも何も渡るための物だろう」


「……スプーンとフォークです。

上のかきあげを崩して下のご飯と合わせて食べてください」


 どうやらこちらの国では日本食は有名ではないようです。

 かきあげ丼の食べ方としては邪道ですし日本でやれば怒る人もいるかもしれませんが、スプーンで食べるためには必要な措置です。

 魚も手づかみで食べてもらいましょう。

 肉じゃがはフォークで食べられるでしょう。


「………………」


 みなさん無心で食べています。

 そんなにお腹が減っていたのでしょうか。


「ふぅ……」


 食べ終えたところで最初に入ってきたコスプレさんが顔を上げます。

 金髪碧眼、初めて見ました。

 顔つきはいかにも外人といった彫の深さです。

 そんな人がほっぺにご飯粒をつけているのが可愛らしくてなんか笑ってしまいました。

 失礼な事なのであわてて謝罪を入れてほっぺを指さします。


「これは失礼、では本題だ。

君には城に来てもらう必要がある。

理由の如何はともかくここは王国の領土だ。

そこに店を構えるとなると何かと手続きが必要だ。

それに、君はこの国の人間ではないだろう」


「まぁそれは仕方ない話ですよね。

店舗の事を国が把握していないというのは問題でしょう。

この国がどこなのかは知りませんが、日本でないというならそうでしょう」


「ニホン、という国は聞いたことがない。

何処にある」


「えーとちょっとまってくださいね」


 そういって居住スペースに置いてある地球儀を持ってきます。

 小学生の頃にお金を貯めて買ったやつです。

 購入から3ヵ月で北国の名前が変わってしまったためある意味レアものですけどね。


「これです」


「……なんだこれは」


「地球儀ですけど? 」


「ちきゅ……? 」


 どうにも話がかみ合いません。

 日本語では限界があるのでしょうか。

 でも困ったことに外国語は一切喋れません。

 その容姿から察するに欧米系の方々だとは思うのですけど英語もからきしで。


「とにかくこんなものは見たことがない。

恐らく地図の一種なのだろう。

書かれているのは国名だろか」


「えぇそうですよ、これがアメリカでこれがアフリカ」


「……しらんな」


 困りました、まさかアメリカを知らない国があったなんて……。


「これはやはり……」


「やはり? 」


「ふむ、貴公は迷い人のようだな」


 迷い人?

 私迷子になったつもりはないのですが。

 人生は軽く迷子になっていると思いますが、道に迷った覚えは……あぁいやでも今迷子みたいなものですね。

 どこに行けばいいのかもわからず、何をしていいのかもわからないので。


「おい、食べ終えたら誰か馬を出して国王へ報告。

それから今代の勇者様をここへお連れしろ、何かわかるかもしれん」


「はっ!

ではおかわりを! 」


 後ろの方でコスプレさんの一人が敬礼をしながらお椀を差し出してきます。

 それに合わせて他の方々もお椀を差し出します。

 うち、おかわりはやっていないんですけどね。


「おかわりはできません。

もう一度注文してくださいね」


「では丼で何か肉を使った物があれば」


「……じゃあ塩カルビ丼で」


 冷蔵庫の中に入れておいた塩カルビを軽く焼いてご飯に盛り付けてねぎを大量に乗せたものを渡します。

 人数分渡したところで、最初に受け取った人からもう一度別のをと言われたので牛丼を差し出しました。

 どれだけお腹減っていたのでしょうか。


「では不肖デリク、王の元へ伝令に行ってまいります」


 天丼、塩カルビ丼、牛丼を平らげたコスプレさんが敬礼をして鎧を着始めました。

 そのまま店の外に出て行ってしまい、どうなったのかはわかりません。

 他の方々も各々鎧を着て店の外に出ていきます。

 あのお勘定は……。


「代金はこれで足りるか? 」


「……なんですこれは」


 差し出された金貨を見てため息が漏れます。

 差し出された金貨はいびつな円形のものです。


「500円……ではなさそうですね。

これはどれくらいの価値があるのですか」


「一枚でこの槍と同等だろう」


 いや、平穏な日本人としては槍の値打ちなんて知りませんしそもそもコスプレ用の槍って結構いいお値段なんじゃないでしょうか。


「貨幣価値、というのは難しいのだがな。

金があれば見せていただきたい、その価値に換算して支払おう」


「はい、じゃあこれが」


 致し方ないので説明します。

 一円から一万円までを順に説明して、先ほどの牛丼が一杯400円だと伝えます。

 その上で他の野菜や塩を取り出して値段の説明をしたところ、渋い顔をしてコスプレさんは金貨の詰まった袋をどさりと置きました。


「すまないが手持ちがこれしかない、どうにかまからないか」


 言われて中に入っていたお金を数えます。

 金貨が21枚、銀貨が13枚、銅貨が8枚、それと宝石がいくつか入った小袋が1つ。

 貨幣の方は別にして宝石は明らかに多すぎます。

 質のよさそうな物ばかりなので一個数十万円はするでしょう。

 これだけあれば店の建て替えも出来そうです。


「……この宝石はそちらの価値でいかほどですか」


「だいたい銀貨30枚だな」


 計算してみます。

 この宝石の一つが10万と仮定してそれ銀貨30枚。

 銀貨1枚が3000円くらいでしょうか。

 そうなると今の飲み食いの代金を考えると……銀貨5枚といったところでしょう。


「おつりは出せませんよ」


 そう言って銀貨を5枚抜き取ってあとは返します。


「……安すぎではないのか? 」


「こんなもんじゃないですか? 」


「いや、だが砂糖や塩を使った料理など……」


 そこまで言ってコスプレさんが入口に顔を向けて直立不動の姿勢で敬礼しました。

 私もそちらへ目をやると立派なひげを蓄えたダンディなオジサマが、王様のようないでたちで立っていました。

 またコスプレが増えた、と思っていると黒髪の男の子……というには少し背丈が高いですね。

 大学生くらいの青年が入ってきました。

 その腰には日本刀を差しています。

 やはりコスプレ集団ですか。

 私は今日心労で倒れそうです。

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