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ヘブンズエッジ  作者: 夏坂 砂
ヘブンズエッジ 第二部 ==================
44/46

諦めの悪い男

 爆風に破壊された瓦礫を、息を止めて押しのける。まだ巻き上がった埃は周囲を白く覆っていて、シン=エドナーは眉をしかめ、口元を覆った。

「……ルロイ。無事か」

「それなりに。あー、耳いてえ」

 連れに声を掛ければ、背後から瓦を退けながら埃をかぶった茶髪が現れる。コマドリに昨年入った新人だが、とにかくタフで、無茶をしがちなシンの行動にもついていくことができる事から、ここ最近ではペアを組んで行動することが多い。元はコマドリの里の住人だったと聞いた。中肉中背。歳は二十歳のシンの一つ下だったか。正直、シンとしては放っておいてほしいというのが本音だが、二人以上で行動するというのがコマドリの決まりである以上、完全に突っぱねる事も出来ず、とりあえずペアの体だけは取っている状態だ。

(退路は……崩れたか)

 背後を見れば来た道が先ほどの衝撃で崩落している。瓦礫に潰されなかったのは不幸中の幸いか。とりあえず外に出ることが目的ではない今、まずは目的の場所、地下のメインフロアを目指す。

 左手首付近に装着した小さなモニタを覗き込む。リズとキャサリンが共同制作した、周囲五百メートル内のマナの濃度が解る機械『マナ計測器プロトタイプ』だ。

 三年前にマナと呼ばれる力が、この世界に復活した。正確には、「世界に充満しているマナという力を、人々が使う事が出来る様になった」というのが正しいのだと、コマドリサポート役としてふんぞり返っているフレイ=エウリノームが言っていた。

 何らかの原因で人々はマナを使う方法を失っていたが、三年前のディーヴァ・ニナ=ファルナの目覚めと共に、この世界はだれもが自由にマナを使う事が出来る様になったらしい。「誰もが」といっても、もちろん何の知識もない者が突然超能力的な力が使えるわけではない。「誰もが素養のある状態になった」というだけであり、現在「マナを使う術」の研究が活発化している。かねてより遺跡からの出土品には、何を目的にしたものなのか解読できない書物や文様が多くあった。それらがマナの取り扱いに関するものであるのだと、漸く判明したのである。

 そして、マナの封印が溶ける前から術を知らずともマナを使う事が出来た人々が、異端として虐げられてきた『コマドリ』を代表とするヘレシー(異端者)である。だが、ニナというディーヴァの目覚めを境に、少しずつマナへの理解が深まり、ヘレシーへの風当たりは以前より緩やかなものとなっている。

(生きている)

 シンはモニタの上部に表示されている赤い光点が、動き出した事にほっとし顔を上げる。目指す存在は今の爆発でそれほどダメージを負ってはいない様だ。

 大気中にマナは充満しているから、モニタ全体が青く染まっている。その中で、中央のシンと、その横に立つエルネストを示す点が赤くみえ、少し離れた所に先ほどすれ違った男女を示す二つの点。更に離れた所にも何者かの二つの点が見える。恐らく先ほどの男たちの仲間だろう。

 そしてシンが目指す地下メインフロアにもう一つの赤い点。動き出した光点は、忙しなく移動している。建物が崩壊する程の衝撃の、その中心にいたというのに元気なものである。

 その光点にフォーカスしたまま、マナ計測器の側面のボタンを再度押せば、画面が切り替わり、横に流れる紅い線が映し出される。

 フォーカスした存在の持つ力の波形である。

(似ている。かなり)

 コマドリの計測記録に残っていた、ある人物の波形と、今モニタに映っている波形は酷似していた。完全ではない。だが。

(今まで見つけた中で、一番近い)

 シンはその黒い瞳を通路の奥へ向け、足を踏み出す。漸く落ち着いてきた視界の先、通路の奥に白い明かりが見えている。メインフロアの明かりだろうか。

「おい、俺はいくぞ」

「あーはいはい、お供しますよ」

「別について来なくてもいい」

「いやいや、お仕事だから」

 肩を竦めるルロイを一瞥し、足を進める。

 固いものに、同様に固い何かが激しく叩きつけられる鋭く重い音が鳴り響く。それは足を進める度に、段々と近づいた。合間に聞こえる耳障りな高い音は、レーザーが発射される音だ。

(今度こそ……)

 見失った姿を今度こそ見つけるのだ。そして三年前の、あの息ぐるしい衝動の正体を知りたい。

 はやる気持ちに足を速め、そしてフロアの入り口にたどり着く。

 駆け込んだ部屋の先に見えたのは、地上階が崩れ落ちたのか、崩壊した天井の先に広がる赤みを宿した灰色の空。

 頬を撫でる、夕闇の訪れを告げる少し冷えた空気。

 鉄が焼ける錆びた臭い。

 そして――

 まるで宙を舞うような動作で、巨大な獅子型のガーディアンに剣を突きたてる黒い影。

 ケーブルが引きちぎれる耳障りな音と、エネルギーの供給が止まる鋭く重い振動。

 まるで獣が吠える様な響きを上げ、獅子はゆっくりと動きを止める。

 広いフロアの中央で、巨大な十数体ものガーディアン達に囲まれたその影は、正確に獅子のコアを貫いた剣を引き抜き、ゆるりと立ち上がる。上を向いて、顔に掛かった髪を振り払う。綺麗な鼻梁がシルエットでも解る。

 スルトの証ともいえる黒い隊服。その首元に巻かれた長いマフラーだけが蒼い色を、風に揺らしている。細身の、恐らくまだ若い青年だ。

 最後の一機だったのだろう。動きを止めた獅子の上にすらりと立つ彼の表情は、夕闇の赤に縁どられ、窺う事はかなわない。だが、離れた位置にいるにも関わらず、青年は無言でシンたちを見下ろし、――そして、小さく首を傾げたようにみえた。

「……っ!」

 既視感に息を飲み、シンは行く手を阻む瓦礫を飛び越え、その元へ駈け出した。背後でルロイが呼び止める声を発するが、構ってはいられない。

 三年、ずっと探していたのだ。

 視線の先で、すらりとしたシルエットを空に焼き付けている青年は、ただ駆け寄るシンに視線を向けている。

 だが次の瞬間、唐突に彼の背後にもう一つの影が降り立った。背の高いがっしりとした体格の男だ。

(ワイヤー!?)

 突如現れた男の体を見れば、地上階へと延びる黒い線が見える。ワイヤーで降りてきたのか。

 青年と同様に黒づくめの恰好をした男も、シンに一瞬視線をむけた。

 そして小さく笑みを零す。一瞬の、空気を震わせる低い声。

 だが、シンにはその声が誰のものか判った。

 対峙したことが、ある。

「――アラン、カシノ……ッ」

 男は無言で青年の腰に腕を回し、勢いよく獅子の頭を蹴る。

「待てっ!」

 叫び、獅子の足元に駆け寄る。

 だが、遅い。

 巻き上げられたワイヤーに引かれ、瞬く間に二人は地上階へと脱出を果たす。そのまま二人は、驚くほど迅速に崩れた壁から外へ向かう。その姿を見上げ、シンは憤りに歯噛みした。ここから、ワイヤー無しに地上階に上がるのは難しい。浮遊術は使えるが、あれはスピードの出だせるものではない。

「……くそっ」

 思わず悪態をもらし、シンは首を振り、ため息をついた。

「スルトの根城はグニパヘリルだ。焦ることないさ。まあ……奴らのアジトに簡単に入れるとも思えないけどなあ」

「……」

「うわ。これ、全部あの男がやったのか。半端ないな」

 ゆっくり後を追ってきたルロイが、付近に転がる獅子の首を覗き、そう零す。

 マナを使用した気配はない。十数体の獅子の核は全て突き刺された剣によって、破壊されていた。

「で、探してた奴だったか」

「……わからない。だが、似ている」

「だけど、あれは敵だぞ」

 問いかけに答えれば、ルロイは吐き捨てる様にそう言う。

「忘れんなよ。スルトはコマドリの、敵だ」

 だから、お前の敵だ。

 茶の目に憎悪を滲ませるルロイを見遣り、シンは赤い空を見上げる。

「……言われなくても、昔からずっとそうだ」








 シャワーを浴びて濡れた髪をふきながら、シンは窓際に椅子を引き腰掛けた。窓の先には、緩やかに傾斜する坂と、両脇に並ぶ小さな家々の明かりが見える。

 ニヴルヘイムの北の外れに位置する小さな町で、シンとルロイは一泊する事にした。トスカネルに戻るには幾つも山を越えた先の国境を超えなければならない。もとより、シンはそう簡単に母国に帰るつもりはなかった。

街外れにある、四階建ての小さなモーテルだが、こぢんまりとした外見とは裏腹に、結構内部は広かった。三階の二部屋を借り、とりあえず汗を流し、ゆったりとした白いシャツとチノパンに着替えた。

 短く切った黒髪はすぐ乾く。適当に髪を拭きながら備え付けのテーブルに置いておいた茶色い紙袋を、手を伸ばし引き寄せた。ここへ来る途中に閉店間際の惣菜店で買った夕飯だ。中身は肉と野菜がたっぷり挟まれたハンバーガーが三つとハムとエビのサラダ。あと塩のかかったポテトフライ。そして瓶にはいった水だ。

 姉を塔から助け出し、自分自身の自由時間が取れる様になってから、シンは食べる量が格段に増えた。教会の管理された食物に相当飽いていたのかもしれないし、色々な所へ足を運ぶことで様々な味に味を占めたせいもあるのだろう。黙々と膨大な量を食べるシンを見て、リズやジェフが呆れていた。

 組んだ脚の上に袋を置き、一つ目のハンバーガーにかじりつきながらシンは首に掛けたチェーンを持ち上げた。目の前に掲げたチェーンの先で揺れる銀の指輪を眺める。蒼い小さな石がキラキラと光る。シンのものではない。

 三年前、ほんの少しの期間だけ、行動を共にした男がいた。シンよりも一つだけ年上で、シンよりもずっと人生経験が豊富な少年。この指輪はその少年が残したものだ。共に行動したのは、本当にほんの少しの期間で、けれどその短い期間にシンが経験した出来事は、それまでリシュヴェール教会の研究施設で監禁される様に育てられていたシンにとって、今までの人生観が覆るものばかりだった。

 そして、その時感じた感情も。

(きっと)

 『激情』とは、あの感情の奔流を言うのだろう。

 腹の底から湧きあがり、喉が渇き、全てを投げ出して、その存在だけを抱きしめてかみ砕いてしまいたくなる、危うい感情。

 劣等感と無力感に苛まれていた自分に芽生えた、新しい想い。

 三年経って、その想いが湧くことは無くなり、ただ乾きと焦りと、切り捨てられた悲しみだけが残った。

(もう一度、会って)

 会ってどうするのか。

 好きなのだと彼に告げた。それを聞いて彼は酷く怒り、そして泣いたのだ。だがその後、シンを待たずに消えた。必ず戻るとシンは彼に告げたのに。

 十六の、幼い心が生んだ執着だったのかとも考えた。だが、彼から離れ三年経っても、あの時以上の激情を覚える事は無かった。

 もう一度会ってどうするのか。

 この三年間ずっと自分に問いかけてきたが、その答えは出ない。

「シン、リズからメール着てるぞ」

 不意にドアがコンと叩かれ、ルロイが入ってくる。彼も風呂上りか、グレーのスウェットに着替えていた。

「調査早いね、お姉さん」

 手に持ったノート状の電子端末を眺めながらそう言い、端末上の情報を読み上げだす。シンも部屋の端に置いていた革鞄からノートパソコンを取り出し開く。スリープを解除すればすぐウェブメール画面だ。なるほど、リズからのメールが届いている。

 スルトについてと銘打ったそのメールはかなり長い。

 箇条書きで書いてくれればいいものの、リズらしく完全口語文で書いてあるから余計長くなっている。時折ジョークやら嫌味やら、旧ナイツ黒への罵声やらを交えたその文面を 目で追っていけば、彼女らしく機知にとんだ表現でスルトの情報が綴られていた。

 元リシュヴェール教会の騎士団は表の面を担う部隊と、謀殺等に特化した裏の部隊があった。アラン=カシノ率いる元傭兵達からなる裏部隊「黒」は、三年前騎士団総長であるエミール=ヴィルヘルムが行方不明になり、騎士団が混乱に陥った際に、アランが騎士団から独立したことにより、実質解体している。

 一部の者たちはアランについていく形で騎士団を退団し、アランがニブルヘイムで結成した「スルト」という武力組織に参賀。行っている事は受けた依頼を報酬の代わりにこなす傭兵稼業である。

 規模は精鋭数十名といわれるが、正確な数は不明。

 アラン直下に精鋭中の精鋭数名からなる直属部隊がいる事が判明している。もとより闇に生きる者たちだ。顔写真などが出回っている訳もないが、コマドリがなんとか傍受した通信記録や戦場の記録写真から、数名の若い男性と一人の女性からなる部隊である事が判っている。

(夕方に会った、あいつらか)

 ネル内部ですれ違った、男女を思い出す。黒い装束に身を包んだ黒髪の青年と桃色の髪の少女。どちらも隙のない身のこなしをしていた。黒髪の青年は整った顔をしていたが、ここら辺では見かけない類の顔をしていた。違う土地の血が入っているのかもしれない。

 桃色の髪の少女は気の強い目つきをした美少女だったが、その足を覆っていたのは細工入りのブーツだ。大方足の先に鉛やナイフを仕込んでいるのだろう。

 そして――十数体もの獅子のガーディアンを一人で倒した青年。

 逆光で顔は全く窺えなかった。印象に残ったのは、首に巻かれた蒼いマフラーと、二刀流なのか、両腕に持ったふたふりの剣。軽やかな身のこなしと、……小さく首を傾げる姿。

「お、姉さんグニパヘリルの地図まで添付してくれてる。どうすんだ、シン。いくのか」

 ルロイの問いに三つ目のハンバーガーを平らげながら頷く。ルロイがそれを見て、「胸焼けがする」とぼやくのを無視し、新は再び胸元のネックレスを目の前に掲げた。

 指輪の青い石がチカリと光る。


「俺はあきらめが悪いんだ」

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