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ヘブンズエッジ  作者: 夏坂 砂
Chapter4 – follen
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少女達の選択

胸の奥に溜まった重い光の塊を指先に引きよせて、両の手を振り下ろす。途端、サラの前に立ちふさがった二人の警備兵は巨大な何かに吹き飛ばされたかの様に後ろへと吹っ飛ばされた。その場所へすかさず小さな少女の体は駆け込んで、黒髪を優雅に靡かせながら倒れなかった一人の顎を蹴り上げる。その勢いでくるりと一転するとふら付きながら起き上がってきたもう一人の鳩尾に、滑らかな動作で肘を入れた。滑らかだが、鋭い。

「ぐふっ」と呻き声をあげて男はそのまま崩れ落ちる。たん、と少女は漸く動きを止めて、顔にかかった黒髪を後ろにはらった。長い睫に縁取られた赤と紫のオッドアイが現れる。

彼女の動きは滑らかで、そして隙が無かった。的確に相手の急所を捉え、そこへ鋭い一撃を叩き込んでいく。

「他愛のない」

息を少しも乱さずに、倒れた兵士を一瞥すると、黒髪の少女サラは鈴の鳴るような声でそう吐き捨て、手のひらで着物の埃を払う。そしてひんやりと冷えた廊下にまた足をふみだした。

カラン、コロン……

彼女の履いた下駄が柔らかな木の音を立てる。

同じ窓が延々と続く。飾り気のない、ただ大きく透明なガラスのはめ込まれた窓。その先は暮れた空と数十機の個人用飛行器具が浮かび、交戦している。

(確か、リガと……エンケね)

これから向かう同胞たちが使用しているエンケの丸い姿が、教会の者たちが使用する単人用戦闘機『リガ』へと銃弾を放っているようだ。戦況は、コマドリ側の優勢に見えた。

(黒は……出ていたわね)

教会の主戦力はナイツの白軍と、傭兵達で組まれた黒軍の二つだ。白は云わば権威と威厳を見せ付けるためのお人形の様な部隊。トスカネルに住む貴族達で作られらた部隊は、軍事訓練は受けているものの、兵士の質と言う点では、鍛え抜かれた黒の面々の足元にも及ばぬだろう。忠誠という点に関しては、黒は非常に信頼の置けない者達だが。

その黒の面々はコマドリの隠れ里を叩くため、この本部からは大方で払っている。コマドリの面々はその追撃から逃れ、黒の持たない高速飛行艇でこの場所まで来ている。機動力をぎりぎりまで隠し、教会の隙をついた。教会も予期せぬ事態だっただろう。残された兵達や研究者達は浮き足立っていた。

(最も、そんなに長くはもたないのだろうけど)

総長のエミール=ヴィルヘルムはそんなに侮れる男ではない。まずいと判断すれば、表に出せない戦力も使用しかねない。水面下で確実に作られているだろう、キメラなどの異形や、大戦前の未だ地下に眠っているという多くのアンドロイドすら、起動さえできれば投入してきかねない。

そして公の場では、あの持ち前のルックスとさわやかな笑顔で『予期せぬ事故』とでも言うのだろう。自分たちの所業はひた隠し、全ては過去の遺物のせいにして。

エミールとはそういう男だ。

(でも注意すべきは白だけじゃない)

アラン=カシノ率いる黒の部隊も早急に引き帰す行動をとり、この場所に迫っているに違いなかった。

(でも、あまりにあっけなさすぎやしないか)

何を考えているのか知らないが、――忌々しい。

サラは表情に出さずに、だが僅かに瞳を細める。

たどる道への迷いは無い。少しずつ近づいてくる自分と同じ波動。愛おしい半身。その力へ少しでも近づく様に進めば良かった。

――と、不意に視界に何かが過ぎった気がして、足を止める。通路の左手。走るうちに入り込んでいた、赤い絨毯が敷かれた要人の住居エリア。その細かな掘り込みのされたドアの一つから、何か白いものが覗いていた。

「……誰?出てきなさい」

足を止めて声を掛ける。ドアの合間から僅かに覘く小さな手と青い瞳が怯え、震えた様に見えた。

「……大丈夫よ。危害は加えない」

キィ……

サラの言葉に僅かな時間の後ドアが開き、その合間から六歳ほどの小さな少女の姿が覗いた。青い大きな瞳は怯えた色を宿し、真っ白な髪は肩の上あたりで切りそろえられている。今は扉の向こうの暗がりに隠れているが、その背には無理やり餓え付けられた鳥の白い小さな羽根がついている筈だった。以前教会のデモンストレーションで飼い主であるエミールの服にしがみついていたのを見た覚えがある。

キメラの少女だ。

「ああ、貴女だったのね」

怯える少女の前に屈みこんでその青い瞳を見据える。

「ねえ、貴方のご主人様はどこかしら。得体が知れない、さわやかに作った笑顔がとても憎たらしいナイツ白の総長様よ」

一度その首を絞めたい気分なの。

微笑んで「ねぇ、どこなのかしら」と首を傾ける。この少女は人間の言葉が理解できない。だが、その声音の含む感情だとかを理解したのだろう。じっとサラの瞳を見つめ返すと、獣の様に低いうなり声を上げた。その青い瞳に怯えと悲しみと、サラに対する警戒心が滲み震える。

「そう……、教えたくないのね」

それじゃあしょうがないわ。と肩をすくめ、ふわりと立ち上がる。

そして視界の端にまた別の影を認め、赤絨毯の引かれた通路の奥を見据えた。

「サラ様」

「――ザキ」

瞳を細めて美しい微笑みを浮かべると、少女はすっとその足を彼の方へと踏み出した。一歩一歩近づきながら、その桜色の唇を開く。

「何をしにきたの」

「サラ様、お戻りください」

メタリックな、赤絨毯に不釣合いな肌をしたアンドロイドの青年は、少女にそう訴えかける。

「いやよ」

そう微笑みを絶やさずに少女は答える。傲慢に、不遜に、――そして優雅に。

「ねえ、何をしたいと思う?」

「サラ様っ」

青年の声を無視し、少女は歩みを進める。

「貴方は心を持ちえたプロトタイプアンドロイドの癖に、随分と愚鈍で従順なのね」

「サラ様っ……」

ずい、とザキの眼前に迫ったサラは、その機械の瞳を見上げて微笑む。酷い言葉と共に。

細い指先はそっとその硬質なシルエットをなぞり、赤と紫の光を宿すその瞳は決してザキの目から逸らされることは無い。

「命令に従うだけが能じゃないわよ。『貴方』が選びなさい」

「……サラ……様」

「貴方は、何をしたい?」

この私を好きなのでしょう?

残酷に、そして可憐に微笑んで、少女は桜貝のような繊細な爪でザキの硬質な胸板をキイ……と引っかく。微笑んで見つめる視線は酷く残酷で、途方もない強制力を伴った呪縛だと、ザキは思った。

お前の主は誰?そうサラはザキに聞いている。ザキの「心」に。

「――共に」

搾り出すように、命令に背く振るえを押さえ込みながら青年は少女の前に頭を垂れた。

「共に、往かせて下さい」

「…………いいわ。おいでなさい」

その途端、機械の青年の言葉に満足そうに鮮やかな笑みを浮かべると、サラはふわりと振り返った。

「貴女も来る?」

そう声を投げかける。

ドアの合間からそっと様子を伺っていたキメラの少女は、突然自分へと向けられた問いかけにびくっと体をゆする。そして、数秒考えた後、ふるふるっとその小さな頭を横に振った。

「そう……ご主人様が好きなのね」

少女の青い瞳を見つめ、サラはふわりと今までと違った苦笑を伴った微笑みを浮かべた。このキメラの少女はこの教会でそう良い思いはしていないだろう。人として扱われることの無い、ただペットとしての生活。それでも、この少女は自身の飼い主を選ぶと言うのなら、自分に少女を連れて行く理由は無い。

「しっかり、戦いなさい」

貴女も。

そう一言残してサラは踵を返す。廊下の更に先へ走り出したその背後に、ザキが音もなく続いた。

キィ……、と小さなキメラの手はドアをまた内側から閉めた。


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