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ヘブンズエッジ  作者: 夏坂 砂
Chapter3 – Awaking
21/46

暗き衝動

鈍い音がしていた。

ズン……ズン……ズン……と一定間隔で響くように、圧迫するように。

目の前は連結部に続く長い通路。薄ぼんやりとした灰色の霧に包まれている様に視界が不鮮明だ。駆ける自身の足音にまぎれ(もっとも足音は足元の絨毯に吸い込まれ鈍く響くだけだが)その音は続いていた。その度に視界がほんの僅かぶれる。

足を止めて休みたい。この音が止むまで、ただ十分に日の当たる場所で眠りたい。そうカインは思った。だけれど今はそんな状況下ではない。

心臓がぎりぎりと握りこまれている様な圧迫感。

苦しい。息が、できない。

「は、ぁ」

圧迫感を散らそうと首を振って、目に力を込める。震える唇をかみ締めて、前を向く。

姿勢を低くしつつ体に力を張り巡らせる。感覚は思い出し、自在に力を使うことも出来るがまだ慣れた訳ではなく、直ぐに発動できるように力を多くまわした右腕がちりちりと焦げるような音を発していた。まだ力が調整できていないのだろうが、感覚が鈍くなっているのか幸い痛みはあまり感じない。だがどんな怪我をしてもたちまち治るこの体でも、自身の力によって付けた傷は治りが極端に悪い。

(また包帯かな……)

指先までぐるぐる巻きにせざるを得ない。力の使いようによってはケロイドくらい残るかもしれない。そう考え苦笑を浮かべようとする。だが顔の筋肉は凍りついた様に殆ど動かなかった。

音が聞こえる。僅かな振動と共に。この妙な拍動は、力を使い出した時から続いている。いや、徐々に強くなってきている。

(呼んでいるのか)

早く自分の役目を果たせと。

まだだ。そうカインは首を振る。

(まだだ、まだ全てを思い出せてはいない。まだ、このままでは制しきれない)

自分を。

「……っ」

かるく頭を振り、視線を先へと戻す。

灰色の通路の先に黒い影が一瞬見えた。丁度ドームとドームを繋ぐ、十字に分かれた連結用通路の手前だ。

足を止めることなくその姿が消えた付近へと走りこむと、ひゅっと僅かな空気音と共に背後に現れた気配。

ガッと振り向きざまに背後から襲い掛かってきた相手の腹部にまわし蹴りを入れる。その瞬間、今五感が覚醒したかのように全てが鮮明になった。灰色の霧が晴れ、白い壁面とその壁に叩きつけられる黒尽くめの男の姿が視界に飛び込んでくる。それと同時に巨大な音の塊が耳に飛び込んできて、その衝撃に思わず軸足をよろめかせた。

体中に血がめぐる。一気に体内で熱がほとばしる。

命のやり取りに、全身の機能が覚醒する。

(鮮やかだ)

炎が夜の闇に舞って、世界は藍色に染まって、足元の土は地面をければ、共に宙を舞って。

「ふっ……」

鮮やかだ。世界が、どうしようもなく。

何とか降ろした足で体制を建て直し、そのまま床を蹴り距離をつめる。既に相手は体制を立て直しかけている。その目の前に間髪居れずに駆け込む。

ヒュッと風を切る音に反射的に首を傾け、チリっと鋭い痛みと共に肩を相手が突き出したナイフの刃が掠めた。冷やりとしたものを感じながらも咄嗟にその腕を胸に抱き込むように掴む。

その瞬間、エメラルドの光の破片が辺りに散り、ビクリと男は体を震わせて失神した。

「…………っ」

男はガクリと膝を再度床へつき、カインは早くなった息を整えながら自身の胸に残された重い腕をのろのろと放した。どさりと床へ落ちた男の腕は、漆黒の教会の制服から黒い煙を上げている。

「はっ……はぁ……はぁ……っ」

止めていた呼吸を再開する。全身におかしな痺れが回っている。疲れにも似た、だが背筋を這うぞくぞくとした感覚。

これで三人目。一人目で感じた倦怠感は、激しい命のやり取りによる緊張と疲れのせいだと思っていた。だがちがう。

こんな感覚は、疲労とは言わない。

これは、

(…………快感だ)

力を行使することへの。ひどく暗い衝動の波だ。

――なんて、浅ましい。

(クラクラ……する)

連絡通路の、壁の白が乾いた瞳に痛い。

喉の奥に絡む息を吐き出して、閉じたまぶたに片腕を押しあてる。黒いまぶたの裏がじくじくと熱く脈打つ。

付け焼刃でも無いよりはましと、自らすすんでシンに教授してもらった足技だが、付け焼刃どころかかなり役にたった。良かった、と嫌な顔一つせずに訓練に付き合ってくれたシンとコマドリの隊員達に感謝する。

――地下でドームとドームを繋ぐ隠し通路。その場所をナイツが見つけるのにそう時間はかからなかった。彼らは闇に聞く『noir』、通称ナイツ黒と呼ばれる隠密部隊だ。何気なく配置された家具の、その違和感に気づくのも早い。

(俺のことにも気づいている……)

敵の誰もがカインの姿を目にすると進行方向を変えて向かってきた。おそらくシンとリーダーであるリズや村の長老のところへも行っているはずだ。シンは捕獲、リズと長老は抹殺だろう。リーダーを潰せば組織が崩れるのは早い。だが自分が教会にとってどのような位置にあるのかは判らなかった。

周囲に気を配りながら急いで倒した男を動けないように拘束し立ち上がる。背後から聞こえてきた足音にはっとして振り返ると、顔見知りの男が駆け寄ってきた。カインの足元に拘束された敵の姿を見て口笛を鳴らす。コマドリの動力室付近でよくすれ違い言葉を交わした相手だ。

「ぼうず、もう少しの辛抱だぞ!あと少し踏ん張っとけ」

すれ違いざまにくしゃりと頭を撫でる大きな手。その体からは硝煙の匂い。

「おー、おじさんもね!」

笑って他の連結部に走っていく姿に軽く手を振り返した。上げた手をゆっくりとおろし、その後姿を見送る。

「……」

撫でられた髪に手をやると、カインは痛み出した焼けこげた指先をきつく握り締める「さっさと出て来い」と潜めた声を発した。

「……手は出させない、というわけか」

風が僅かにゆれる気配。

「お世話になった人たちなんだ」

不意に聞こえてきた声に動じることなくカインは答える。消していた気配を隠す必要がなくなった男は、カインの言葉をフンと鼻で笑ったようだった。

喧騒が遠く聞こえる。

閑散とした通路。だが徐々に大きくなる機動音。再度響いた重い足音に視線を向ける。カインと隊員が話していた間も、ずっと潜んでいた黒尽くめの壮年の男性。

「アラストール……」

相手はそう何かを確認するように口にし、おもむろに取り出した手に収まるほどの四角い何かに向けてぼそぼそと語りかけた。その何かから、間髪居れずにノイズがかった声が返ってくる。通信機だろうか。その間も男はカインから視線を逸らさない。カインもまた同じ。

拘束した足元に転がる男からじりじりと距離をとり、カインは十字路の中央に立った。連結部はなんとしてでも死守。それが出来ねば空の上までも敵を連れて行ってしまうことになる。

――ここから先には行かせる訳には行かない。

「随分と、姿を変えたものだな」

男の言葉にすうとカインが目を細める。そしてひどく凍てついたまなざしで男を見据えた。

「形を与えてしまったのはお前達だろう」

「遠い昔のことだ。関係ない」

「ならば関わるな」

「それはできん」

低く重くかすれた、だがにべもないレンツの言葉にカインは薄く唇を開く。

「――手加減なんて、できない」

そういった口元が、僅かに――笑みの形に弧をかいた。内側からにじみでたどろどろとした感情が脳内を塗りつぶしていく。

無言で男が通信機をいくつものポケットの付いた上着にしまいこむ。


同じポケットに入っていた何かが、チャリ……と金属質な音を立てた。


次の瞬間、二人は同時に床を蹴った。






「総員緊急時マニュアル通りに指定位置へ!各責任者点呼を忘れずに!迅速に対処されたし!!」

口元のインカムへ向けてそう叫びながら、リズは地下道からコマドリ内部へと転がり込んだ。すぐさま廊下に片手を付いて体勢を立て直しつつ、艦長室を目指す。既に配置についていた隊員がリズの姿を認め、地下通路とコマドリ内部の連結口にザッと並び立つ。

「五分よ!五分持ちこたえて!」

背後の彼らに向かってインカムから口を外しそう指示する。威勢のいい声と共に隊員達が能力を発動させる。あるものは半透明に、ある者は皮膚を硬化させ通路の先へと走り出す。空気に彼らから発された力の光が小さく流れて溶ける。

艦長室へ姿勢を低くして転がり込む。すぐさま背後まで来ていた黒い影にありったけの銃弾をたたきつけドアを閉める。

艦長質には次々に伝声管を伝って配置に付いたという報告が部屋へ入ってきていた。ひらけた巨大なガラス窓の先で、もうもうと上がる煙と戦い合う敵味方の姿が見える。部屋に危険の無いことを確認し、リズは伏せていた体を起こすを直ぐに指示を再開した。

『リズ!黒だな?』

「アラン隊よ!」

アラン隊。ナイツ『ノワール』の十数の隠密部隊の中で、もっとも恐れられている部隊だ。隊長の名をとってそう呼ばれて言るらしい。もっとも、本名だかは疑わしいが。

伝声管から聞こえたジェフの声にこたえながら、自身のデスクへ駆け寄ると全ての回線を開く。それぞれが各ドームへとつながっている。全ドームから着々とリズの元へ連絡が入りつつあった。

『C〇九ドーム、現在交戦中。準備完了。総員確認!』

『C〇三ドーム交戦中!準備完了、負傷者12名、総員確認!』

『C十一ドーム交戦終了!厳戒中!準備完了、死者2名、他総員……』

「メインドーム!メインドーム応答しなさい!総員無事?長老とシン君は?!」

最後まで応答が無いメインドームに向けて語りかける。

デスクに付いた手のひらが嫌な汗をかいて滑る。

異変を察知した時リズはメインドーム外に居た。

戦闘艇コマドリ内で出立の準備をカインを含めた数名のメンバーとし、家のあるメインドームへ帰る途中にメインドームで長老の開く勉強塾から帰る子供達とすれ違った。その後、異音を聞きとったキャシーの連絡と突如灯った緊急事態を知らせるライトに、急いでコマドリへと戻った為、リズはメインドームへは行っていない。

(クールになれ……頭を冷やすのよ……)

焦りに取り付かれないように。焦りは全ての動作に支障をきたす。

意識的に呼吸を最小限にする。けれど体のテンポはそのまま。

少しのブランクの後、ようやくブッというノイズと共にメインドーム側の連絡回線が開き、報告が入った。

『メ、メインドーム現在交戦中!内部侵入者一人……!現在追跡中!また現在君<キミ>は交戦中!』

「交戦中……?!何してんのあの子は!」

一瞬唖然としリズはそう毒づく。

「絶対死守しなさい!!」

そう伝声管に向けて叫ぶと全ドーム連絡用のインカムのスイッチを入れる。デスクに設置されたパネルの縦一列に並んだ十六のボタンの最後の一つが、ぱっと灯り緑色に光った。このランプが緊急時に灯ったのはこれが始めて。

「システムオールグリーン!総員確認し次第、全艦離……っ?!」

突然背後からドンという音と、続けざまに何かが転がり込んでくる音がして振り返る。黒い服を着込んだ男の姿。

(ナイツ……!)

男の目が光り、その体がリズを目指し床を蹴ったその時、突然金属の槍が伸びその男を貫いた。声もなく、男は目を見開くと動きを停止する。

『あっぶねぇな!オラ、こんなとこまで進入許すんじゃねーぞ!』

男を追ってきた隊員達が艦長室へ駆け込んできて、ジェフの怒声に身をすくませる。金属の槍、と思ったのは天井を補強する金属部分が不自然に伸びたものだった。既にジェフは艦と同化していたらしい。

「……ありがとねジェフ。貴方たちもご苦労様」

満身創痍の男達にもそうねぎらいの声をかける。それだけ相手が手ごわいということだ。こちらは数で勝っている。だが数の優位がなければ瞬殺とはいかずともやがて制圧されてしまうだろう。それだけの力の差がある。

(アラン隊に間違いないわね……)

軽く頭を振り動悸を沈めると、再度リズはインカムへ声を送る。

「全艦離陸せよ!敵は空から迎え撃つのよ!逃げ場をなくしてしまいなさい!」

不敵な笑みを浮かべ窓の外に視線をやる。

動き出した各ドームの壁面からガラガラと余分なものが崩れ落ち、その合間からライトが一層まばゆい光を放ち夜の闇を切りさきだす。

十三基の巨大艇がいま、空へ舞い上がろうとしている。




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